未履修と「いじめ」の問題がITに示唆するもの教育におけるITの利活用を考える 第2回

教育現場で問題となっている必修科目未履修と「いじめ」の問題。実は、教育分野にふさわしいITの利活用について考えるのに大きく関連する。それは、情報社会全体の発展を考える上でも非常に重要となる。

» 2007年02月06日 07時00分 公開
[成川泰教(NEC総研),アイティセレクト編集部]

 昨今、教育現場で大きな問題となっていることが2つある。一つは高等学校を中心とした必修科目未履修の問題。もう一つが「いじめ」の問題である。前者と後者では問題の深さや原因となるところにおいて次元の違いがあり、同じレベルの問題として扱うのには多少違和感も伴うが、いずれも現代の日本の教育問題の重要な一面である。そして、それがこの分野におけるIT活用の問題に示唆する部分もまた、意外に大きいものがある。

民間法人のIT利活用に学ぶべきことあり

 まず必修科目の未履修は、学歴社会と受験戦争というものの存在を改めて印象付けた。注目すべきは、塾や予備校などが数多く存在する都会よりも、そうしたものが相対的に少ない地方において、そのことがより顕在化していること。加えて、皮肉なことに塾や予備校などの受験産業は、広い意味での教育市場の中でも極めてIT導入が盛んな産業だということだ。

 学生情報の管理や受験対象大学ごとの偏差値推計など、サービスの基盤となる領域はもちろんのこと、センター試験の回答速報や合否判定を学生向けにウェブサイトで提供したり、最近ではブログやSNSを利用した進路相談を実施するなど、この業界のIT活用は他産業と比較してもある意味先進的である。

 こういう話をすると多くの人が、受験産業と学校教育は目的や組織、資金など多くの点で大きな違いがあると指摘するだろう。しかし、受験制度の是非はともかく、少なくともその領域で学校教育に期待されている役割について民間法人がITの利活用を進め、成果を挙げていることには、学校として少なからず学ぶべきところがあるのではないだろうか。

情報社会にふさわしい規範と倫理の教育が必要

 また、最近の「いじめ」の問題が情報社会に示唆するところは、全く別の意味でより喫緊のものがある。それは、インターネットを介して組織化されて行われたり、メールによる嫌がらせだったりと、ITを利用した行為という点だ。

 これも皮肉なことに、教育現場でITの利活用が進まない一方で、若い世代において携帯電話やパソコンなどのITが日常生活の必須アイテムになっているという事実を浮き彫りにしている。そこでは、広い意味ではポルノ画像などの有害情報の問題や出会い系サイトに関連した性犯罪などへの対応と同じく、その利活用に伴う、情報社会にふさわしい人間としての社会的規範や道徳倫理に関する教育が求められているわけだ。

 しかし、そうした教育を目的として高校の履修科目に新設された科目「情報」が、未履修問題では歴史や地理などと同様に、他教科履修の「隠れみの」として利用されたことはさらに皮肉なことだ。社会の進展が、教育現場に求めるニーズの尋常ならぬ複雑さを物語っているといえるだろう。

教育を良くするためのIT活用を考える

 このように、いま教育現場で騒がれている2つの問題は、教育に期待される役割の両極を象徴しているように思われる。もちろんいずれの役割も人間形成の観点で非常に重要であることは疑いない。だが、それに対して学校という組織はどのように機能すればいいのか、現場で働く教職員が持つべきスキルは何かといったことについて、ある意味「要件定義」に相当する部分が非常にあいまいなままに、抽象的な議論に終始している面があるようだ。

 単にITを利用すれば教育は良くなるというつもりは毛頭ないが、教育を良くするためにITをどのように活用すればいいかという観点で、教育とITに求められる要件を十分に検討することは大きな意味があるはずだ。個人的には、最近議論されつつある「ソーシャルウェア」という考え方が、教育現場にふさわしいIT利用を考える上で非常に大きな役割を果たすと期待している。その意味で新世紀の情報社会が進んでいる方向性は問題の解決に沿ったものであると思う。教育現場におけるITへの正しい意識の高まりを期待したいところである(「月刊アイティセレクト」掲載中の好評連載「新世紀情報社会の春秋 第十回」より。ウェブ用に再編集した)。

なりかわ・やすのり

株式会社NEC総研 調査グループチーフアナリスト

1964年和歌山県生まれ。88年NEC入社。経営企画部門を中心にさまざまな業務に従事し、2004年より現職。デバイスからソフトウェア、サービスに至る幅広いIT市場動向の分析を手掛けている。趣味は音楽、インターネット、散歩。


Copyright© 2010 ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

注目のテーマ