和泉法夫――野鴨が感じた恩義と権腐十年の思いBusiness Maestro(1/2 ページ)

IBMにはじまる35年のキャリア、日本SGIに移って10年目という節目に、日本SGIの代表取締役社長CEO、和泉法夫氏は自身の退任という決断を下した。その背景には何があったのだろうか。野鴨として生きる同氏に迫った。

» 2008年01月17日 04時33分 公開
[西尾泰三,ITmedia]

 日本SGIの代表取締役社長CEO、和泉法夫氏は不思議な魅力を持つ人物だ。眼鏡の奥に光るヘーゼル色の瞳からは長年の間培われたビジネスマンとしての知性が、その口調からは胸に宿るビジョンが軽やかに語られる。

 過去、幾度も和泉氏に取材を行う機会を得た記者は、和泉氏に会うたびに、伝え聞いていた同氏のビジネスマンとしての能力を再確認させられてきた。ビジョナリーとして先進的なソリューションを口にするだけでなく、それを実現していくセンスに長けた同氏は、60歳を迎えた。それは同時に、IBMにはじまる35年のキャリア、日本SGIに移って10年目という節目でもある。そんな2008年、和泉氏は大きな決断を下そうとしている――自身の退任である。

 2007年12月21日、日本SGIからアナウンスされたのは、和泉氏が2008年3月末に退任すること、その後任はリクルーティング・コミッティーを設置し、社内外から人選を進めるというものだった。

 メインフレームからPC、インターネット、コンテンツと時代が移り変わっていく中で常にビジョナリーとして振る舞ってきた同氏の胸中は――。和泉氏に聞いた。

和泉法夫氏 和泉法夫氏。退任するとすればIPOの後かと思っていたと記者が聞くと、「IPOして退任、という方が無責任かもしれませんよ。『IPOしてさっさと辞めちゃった』――これはカッコよくありません。確かに、さらに積極的な展開ができたかもしれないという意味ではIPOに少し時間が掛かっていることは残念ですが」と話す

10年目の退任、その理由

―― 2008年がはじまりましたが、日本SGIにとっても、和泉社長にとっても2008年は大きな変化が起こりそうですね。昨年末、2008年3月末日をもって退任されることを発表されましたが、キャリア35年、日本SGIに移って10年目という“キレイな”数字の裏にはどういった思いがあるのでしょう。

和泉 余力を残したくらいで退任するのが美しいのではないでしょうか(笑)。それはともかく、元首相だった細川護煕氏が熊本県知事だったとき、3期目は不出馬を表明しました。彼はこのとき、「権腐十年」という言葉を残しましたが、この言葉と似たところがあります。代表取締役社長CEOという地位にあるわたし、そして、日本SGIという企業のどちらも、長きにわたって同じ組織では、そこによどみが生まれる危険性があるのです。

 四文字熟語つながりで「創業守成」という言葉もあります。「創業は易く守成は難し」というこの故事は、国を興す(創業)のはたやすいが事業(国)を受け継いで維持する(守成)方が難しいという意味です。(今後も)わたしがやった方が……とは思いつつも、斬新な発想による新しい飛躍のためには、やはり次の方に託すのがよいと考えています。

―― 和泉さんが掲げてきた「コンテンツが中心の時代」や、そうした時代で求められるであろうソリューションを体系化したSiliconLIVE!は、本当に実現されたのでしょうか。

和泉 ここ最近の新聞などをみても、「コンテンツ」という言葉が頻繁に用いられ、かつ、それが情報資産であるという論調が見て取れます。その意味では、コンテンツに対する理解が進んだように感じており、「コンテンツが中心の時代」がはじまったといえるのではないかと思います。

価値を見抜いてくれた人への恩義

―― わたしは和泉さんをビジョナリーだととらえています。先ほど話されたように、コンテンツが中心の時代というのがはじまったのだとしたら、そこでビジョナリーとしての役割は終えたと判断し、新たなビジョンを実現していくのに日本SGIでは窮屈に感じて今回の決断に至ったのだと推測するのですが。

和泉 わたしは過去から一貫して「これまでに転職したことなど一度もない」といっています。さまざまな事情で会社が変わることはあっても、目指しているところは何も変わっていないのです。会社にしがみついていないとならないという発想はないんですよ。

 わたしが日本SGIを次のキャリアに選んだ最大の理由は、当時、SGIのビジネスは斜陽といってもおかしくないほどの状態であり、残っていたのはブランドと人材だけ、サイズ的には昔のタンデムと同じくらいだったことです。身の丈にもあっていたし、いろいろな新しい取り組みができることが魅力だったのです。

―― 後任はリクルーティングコミッティーから選任されるということですが、“和泉イズム”を受け継ぐような人物を和泉氏自ら後任に選ばれるという選択もあったかと思います。

和泉 確かに、わたしは少し強い個性で引っ張ってきたところもあるかもしれませんからね(笑)。歴史をみればトップの人間が後継者を選出するということもあります。しかし、そうした場合はカラーが決まってしまうのも事実です。また、資本の論理なども働くなど、必ずしもオープンとはいえないものだったりもします。

 今回、リクルーティングコミッティーに名を連ねている方々は、日本SGIという企業の価値が何であるかを理解し、その価値を維持しつつ、次の時代を担っていく人を選出できると思いますし、そのあたりが分からないような人物を選任するようなコミッティーではありません。

 日本SGIは過去、口さがない人に「あんな会社」などとも口にされたことがありますが、当時の米SGIだけをみているとそう見えても仕方ないところがありました。先ほどいい意味でビジョナリーと言っていただけたのはありがたいですが、早く手掛けすぎるとそれは実らないことは、あのSecond Lifeでもその原型が10年以上前にあったことを考えても明かです。

 そうした中でも、日本SGIの価値を信じ、出資や第三者割当増資をはじめ、さまざまなサポートをしていただいた方もいる。わたしにとって、金杉明信(NEC前社長)、村瀬治男(現キヤノンMJ代表取締役社長)、大木充(現TOKYO MX代表取締役社長、ソニー時代に)の各氏にはいまだに足を向けて寝られないほどです。

 そんな中でも、金杉さんに対する恩義は非常に強いものがあります。お亡くなりになったからということもありますが、金杉さんが生きておられる間に、日本SGIのソリューションをもう少し形を見せてあげたかったと思っていて、それが残念ではあります。

 ともかく、今回のリクルーティング・コミッティに名を連ねている鈴木正慶さんは、金杉明信さんの思いを理解している方です。そうした人たちの思いを受け止め、わたしの後任に変な人など選任しないでしょうし、それができる方々だと信じられます。

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