「サービスストラテジ」――何をするかではなく、なぜするかを問う差のつくITIL V3理解(2/2 ページ)

» 2008年10月21日 08時00分 公開
[谷誠之,ITmedia]
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サービスの定義

 ITIL書籍では、サービスとは次のように定義されている。

サービスとは、顧客が特定のコストやリスクを負わずに達成することを望む成果を促進することによって、顧客に価値を提供する手段である。

 この1文は、サービスなるものを、みごとに説明している。しかし分かりにくい部分もあるので、3つのキーワードに従い詳しく見ていこう。


※その前に。ITIL V3では、サービスを提供する組織のことを「サービス・プロバイダ」という。この用語は先にはっきりさせておかなければならない。


 まずは「顧客」という言葉である。ITIL V3では「顧客」とは「商品やサービスを購入する人。サービスレベル目標値を定義し、それに合意する人またはグループ」と定義している。比較的分かりやすいといえる。ここで重要なのは、顧客は顧客なりのサービスレベル目標値を持っている、ということである。

 例えば電車に乗る人は、電鉄会社というサービス・プロバイダからサービスを受ける顧客である。電車に乗る顧客は、電鉄会社に対して顧客なりのサービスレベル目標値を持っている。「安全に目的地に到着すること」とか「時間に正確に、遅れても数分以内に到着すること」とか「乗り物酔いしないように上手に運転すること」とか、顧客ごとにそのサービスレベル目標値はさまざまであろう。そのようなサービスレベル目標値を持って、サービス・プロバイダからサービスの提供を受けるのが、顧客である。

 次に、顧客がサービスに求めるものは何であるか、考えてみる。

 顧客は「コストやリスクを負わずに達成することを望む」というのが、2つめのキーワードである。コストやリスクというのは文字通りの解釈でいいだろう。顧客が、自らコストやリスクを負う必要がない、あるいは負ってもかまわないというのであれば、サービス・プロバイダに対してサービスを求めるようなことはしない。例えば自家用車をすでに持っており、ガソリン代を払うというコストや自分で運転するというコストがかかっても構わないだとか、あるいは駐車場に困るかもしれない、途中で事故に合うかもしれない、といったリスクを負っても構わないのであれば、電車を利用することはないだろう。

サービスによる価値創出の論理 図2:サービスによる価値創出の論理

 そして3つめ。顧客はサービスに対して、価値を求める。当たり前のことだ。価値のないサービスは、サービスとはいえない。では具体的に、価値とは何だろう。ITILでは、価値を「有用性」と「保証」とに分類している(図2)。

 有用性とは、顧客が望むものを得られるかどうかにかかわる部分である。自家用車での移動ではなく、電車での移動を考慮している顧客にとっては、「目的の時間に到着するか?」とか、「自分が運転する必要はないか?」といったところが、これに当たるだろう。

 対して保証とは、有用性がどのように提供されるか、という部分にかかわる。電車は安全に走行するかとか、揺れて乗り物酔いしないかとか、息苦しいほど混んでいるといやだなとか、そういった部分がこれにあたるだろう。

 顧客は、目的に適しているが使用に適していないもの、あるいは使用には適しているが目的に合わないものには、価値を見出さない。


 ここまでで、サービスというものがどういうものであるか、お分かりいただけたであろうか。電車での例を挙げたが、これは飛行機でも、バスでも、あるいは銀行でも、電話でも、ホテルでも、どんなサービスに対しても同じことがいえる。もちろん、ITに対しても同様だ。つまり、顧客が求めている有用性と保証を正しく理解し、設計、導入、運用のすべての事象において提供できる価値を適切にコントロールして、初めてITが顧客に価値を提供できる、ということである。そのためにはITが価値を提供する相手、すなわち組織の事業そのものを深く理解しておく必要がある。

 優秀なサービス・プロバイダは、顧客が負いたくないと考えているコストやリスクを最適化する能力を持っているものだ。少なくとも顧客が同じことをやる(自家用車で目的地にたどりつく)よりも、サービス・プロバイダがサービスを提供する(電車で目的地にたどりつく)ことのほうが低コスト・低リスクであるように、サービス・プロバイダはコストやリスクをコントロールする専門家でなければならない。そこに顧客が求める有用性も保証も兼ね備えているとするならば、顧客はそのサービスに価値を見出すに違いない。

 ITIL書籍では、サービスマネジメントを次のような文章で定義している。

サービスマネジメントは、顧客に対し、サービスの形で価値を提供する組織の専門的な能力のセットである。

 サービスを適切にコントロールし、顧客に継続的に価値を提供し続けらるように活動することがサービスマネジメントであるとするならば、サービス・プロバイダは、まさにサービスマネジメントを行うための専門家集団でなければならない。その意識と、そのための活動をもって、サービスマネジメントを最適化することが重要である。そのための手引きとなるものが、サービスストラテジなのである。

※本連載の用字用語については、ITILにおいて一般的な表記を採用しています。

谷 誠之(たに ともゆき)

IT技術教育、対人能力育成教育のスペシャリストとして約20年に渡り活動中。テクニカルエンジニア(システム管理)、MCSE、ITIL Manager、COBIT Foundation、話しことば協会認定講師、交流分析士1級などの資格や認定を持つ。なおITIL Manager有資格者は国内に約200名のみ。「ITと人材はビジネスの両輪である」が持論。ブログ→谷誠之の「カラスは白いかもしれない」


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