桜木花道は今も燃えているか――「スラムダンク」にみる好敵手の効用マネジメントの真髄(1/2 ページ)

あなたにライバルはいますか? こう問われてあなたの脳裏に思い浮かぶ顔は果たして何人いるだろうか。

» 2008年10月23日 09時53分 公開
[城戸誠,ITmedia]

スポ根ものに秘められたエッセンス

 好敵手。ライバル。競争相手。

 スポーツ、勉強、ビジネスシーンとあらゆる状況、そして勝ち負けが存在する全てのシチュエーションで、その力をはかるべき相手は存在する。しかしながら、その相手すべてを「ライバル」と認知するわけではない。では、その認識を分けるある種の相性、アドレナリンとドーパミンを噴出させるDNAレベルの差異の正体はいったい何であろうか。

アニメ化15周年を記念しリリースされた「SLAM DUNK DVD-Collection VOL.1」のジャケット(提供Kプレス)

 本年、漫画家として上野美術館で"最後の絵画展"を開き話題になった井上雄彦の出世作「スラムダンク」。30代の読者には熱狂的なファンも多いこの作品にはいままで様々な分析がなされてきた。

 ストーリーの骨格はいわゆるスポーツ根性ものではあるが、バスケットボールという、それまでエンタテインメントの世界では(特にコミック界では)なかばタブーとされてきたマイナースポーツにフォーカスを当てたに関わらず、結果バスケットボールそれ自体の地位を向上させるほどの一大ブームを巻き起こした革命的なコミックである。

 高校での全国制覇を前提としたインターハイ出場という共通の「目標設定」、そして湘北高校バスケ部の支柱である赤木と顧問である安西先生の絆=「信頼関係」、7人の侍を模したかのような5人のタレント=「技術力」とその絶妙なバランス=「チームワーク」、そして主人公桜木花道を中心とするミッション遂行の圧倒的な「情熱」、それらはそのままビジネスシーンでも置き換えることができる構造を持ったストーリーといえよう。

純粋さと貪欲さを忘れてしまった現代人

 そして、この物語にはさまざまな形の好敵手が登場する。

 中学時代MVPを獲得し、有頂天のまま高校に進学した三井寿。しかし自分より背の高い赤木に注目が集まり、プライドをズタズタにされ自暴自棄に陥り、一度はバスケットを捨てる。コンプレックスと過剰な自意識は見るも無残に青春期の貴重な約2年間を台無しにさせた。当の赤木は赤木で、宿敵対綾南高校戦でビッグジュンの異名を取る魚住へ敵対心をあらわにする。怪我を圧して出場し、更には勝たんとする気概の源泉は全国制覇の情熱だけではなくライバルと決めた男への競争心そのものであったかもしれない。更には若き天才1年生ルーキー・流川と、既にその力を認められた2年生の天才・仙道の死闘。正に技と技、スピードとスピードの競演ともいえるその戦いは実に見事である。

 それらの対立軸の中でもこの物語の主軸となるのは、それまでバスケットボールどころかスポーツも満足にしていなかった完全なドシロウト桜木花道と、既に中学からその才を萌芽していた流川楓(るかわ・かえで)である。

 花道は高校入学と同時に赤木晴子という少女に一目ぼれする。たまたまその少女がバスケットボール部キャプテン赤木剛憲の妹であったこと、彼女にバスケ部に誘われたことで、バスケットボールというスポーツと運命的に出会う。同時にそれは流川という永遠のライバルとの出会いでもあった。

 初めて2人が顔を合わせるシーン。花道が3年生の不良に屋上に呼び出され、行ってみると既に3年生らは流川にのされた後だった。本当なら花道がやっつけていたはずの相手を先んじてやっつけてしまった流川。しかも一目ぼれした晴子が思いを寄せる相手、となれば意識するなというほうが無理というもの。雄としての本性的な部分でガチンコ勝負せざるを得ない相手。互いに恵まれた体格、身体能力を持ち、基礎となる資質では引けを取らない2人はある意味似たもの同士かもしれない。

 初心者とは到底思えないスピードでその才能を発揮し始める花道。しかしその眼前には圧倒的なまでにその才能を開花し、更にストイックに自己鍛錬することで、遠く先を走る流川の存在があった。

 その才能に嫉妬することが逆に花道の心に火を点けてゆく。

 それまでケンカに明け暮れていた花道の闘争心が別の形で火を噴いた形だ。プリミティブな欲求だからこそ純粋であり、貪欲なまでに練習を続け、練習するそばから技を体得していく花道。この物語が今でも多くの人を惹きつける理由は、計算高い現代人がどこかにおいてきた花道の動物的な闘争心や、気恥ずかしいほどの純粋さかもしれない。

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