第2回 個人の意思決定力をどう強化するか“「考える組織」への変革”を促すビジネスインテリジェンス(1/2 ページ)

近年さらにその必要性を増してきたBIの意義について、個人の意思決定力を強化するものとしての観点で論じてみたい。

» 2008年12月02日 07時00分 公開
[米野宏明(マイクロソフト),ITmedia]

意志決定とは何か?

 意思決定とは「選択すること」である。例えば、同業にディスカウンターが登場し、自社の収益の悪化が懸念されている状況にある場合、どう行動すべきかという選択に迫られる。自社製品の価格を下げて追随するのか、それとも独自の付加価値によるポジショニングの違いで価格を維持するのか。どちらで行くと都合がよいのかを考え決断するのが意思決定だ。もちろん二択でなくても構わないし、「する」「しない」の選択でもよい。

 ただし、あくまで「しない」ことを「決断する」のが意思決定であって、悩んだ揚げ句何もしなかった、というのは意思決定したことにはならない。

 選択肢を作るには「仮説」が必要である。先の例でいえば、追随と維持で、それぞれの選択肢が何にどのような影響を与えるのかを予想しなければならない。競合となるディスカウンターの財務的な体力(値下げ合戦に勝てるかどうか)、参入障壁の高さや代替品の有無(ゲームの参加者が増えないか)、価格弾力性や製品のライフサイクルステージ(値下げで顧客のすそ野が広がるかどうか)、独自の付加価値に対する顧客の感度や追加的なコスト(独自性が十分な利益を生み出すか)など、収益に影響を与えそうな各パラメータを分析し、選択の結果が各パラメータにどのような影響を与え、どの程度最終的な収益に影響を与えていくのか、という構造を理解する。この構造が仮説である。

いくつもの仮説構造から戦略を選択し、最終的に最も望ましいものにたどり着く

 仮説構造の中から最適なパス(近道)、すなわち「戦略」を選択するには「比較」による検証が必要である。再び先の例でいえば、ディスカウンターの財務的な体力を自社の体力と比較することで、血みどろの値下げ合戦に突入した場合どちらが勝利するのか分かる。しかし、対象製品がほかの製品よりも価格弾力性に乏しかったりすでに市場が成熟していたりすれば、限られたパイの奪い合いに終始し収益性は大きく低下するし、そもそも値下げの必要がない。独自の付加価値を提供するに越したことはないが、付加価値に対する顧客の好意度が薄かったり、そのためにコスト構造が今よりも大きく悪化したりするようなら、収益性の改善は望めない。

 これらの複合要因の総合的な比較の結果、どれが最も利益をもたらしそうな方法であるかが分かってくる。

 つまり、意思決定のプロセスは仮説検証のプロセスなのである。意思決定の最小単位は個人であるから、個人の意思決定力の向上のためには、個人の「仮説構築能力」と「仮説検証能力」を磨く必要があり、BIとはそれを助けるものでなければならない。

 それでは、BIが持つ仮説検証能力から見ていくことにしよう。

「仮説検証」は2種類のグラフで十分可能

 仮説検証の手段として有名な統計学上の技法としては、「カイ二乗検定」や「t検定」などがある。これらは観察対象を平均や分散、分布などで比較して、仮説が正しいかどうかを確率的に判断する方法である。単一の尺度を使って違いの度合いを表わすことができる、という点では学術研究には必要なのだが、一般的なビジネスシーンにおいてそれほど重宝するものではない。なぜなら、直感的に理解しづらい上に、基本的には分析対象データのボリュームが大きくないと精度の高い答えが出せないからだ。

 しかし先に述べたように、仮説検証は比較によって行われる。ビジネスシーンにおいては「グラフ」を目視で比較するだけでも十分である。何も違いの度合いを統計的な尺度で表現する必要などなく、実務上は「違うこと」が分かればよいからだ。

 グラフの形を見れば、何が似ていて何が似ていないのか、直感的に判断できるだろう。それらがどの程度どう違うのかを数値化したければ上記のような統計手法が必要になるが、ビジネスにおいてはそんなことよりも、「意思決定スピード」のほうがよほど重要であるのは言うまでもない。

2つのグラフで十分 棒グラフと折れ線グラフの2つを活用しよう

 ではどんなグラフを使えばよいのか。Excelにはいろいろなグラフが用意されているのでそれぞれお試しいただきたいところだが、自分が意思決定するための分析ツールとしては、誰もが知っている「棒グラフ」と「折れ線グラフ」で十分事足りる。データの背景を十分に理解していない人に対するレポートとしては、円グラフや散布図、バブルチャートなどで表現すると分かりやすい場合もあるだろう。しかし意思決定のためにデータの比較をする、しかもそれを繰り返し行うことを想定すれば、大量・多種のデータの取り回しが最も容易な棒グラフや折れ線グラフが向いている。そして個人的な経験上でもこの2つ以外のグラフを使用したレポートをほとんど見かけない。あってもせいぜい円グラフがいいところだろう。

 言うまでもないが、時系列での変化を比較するには折れ線グラフ、系列間での分布を比較するには棒グラフが適している。仮説が正しいかどうかは、個々の要素をこの2つのグラフを使って繰り返し検証することで、ほとんど導き出せる。多少の慣れは必要かもしれないが、しかし難しく考えることなど何もない。BIを統計解析の一種と捉えてしまいがちなため、チャレンジもせずに断念しているだけだ。

 ビジネスでは、1つの式ですべてを解決する必要もなく、その精度すらも重要視されない。今の時代は、長い時間をかけて100%の答えを出す人よりも、60%の精度で迅速に意思決定し間違っていたらまた迅速に修正できる人のほうが、総じて競争力が高い。あらかじめ個々の要素を比較し理解しておけば、ひとまず最も都合のよさそうなパスを選べるし、違っていたらすぐに修正できる、という話なのであって、学会に発表するフレームワークを作っているわけではないのだ。

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