高専カンファレンスから伝播する高専生の「高専道」高専カンファレンスリポート

高専生という存在のパワーを間近で感じることができる「高専カンファレンス」が東京で開催された。さまざまな分野で力を発揮する彼らの可能性はとどまるところを知らない。

» 2008年12月08日 01時53分 公開
[西尾泰三,ITmedia]

 12月6日、東京・新橋にあるミラクル・リナックスにて「高専カンファレンス2008 Winter in 東京」が開催された。2008年6月にウノウで開催された第1回を皮切りに、9月には北海道で、そして再び東京での開催となった。

「リーマン社長はジョーカー」――ミラクル児玉氏が明かす「社長への道」

 今回のカンファレンス開催を全面的に支援したミラクル・リナックス。その代表取締役社長兼最高経営責任者(CEO)の児玉崇氏も、鈴鹿高専を卒業した高専OBだ。

 その児玉氏の基調講演で幕を開けた今回のカンファレンス。「高専生から社長への道のり」と題されたこの講演では、社長のタイプとして「家業継承」「ベンチャー起業」「リーマン社長」を挙げ、リーマン社長となった自身の人生をつまびらかに語った。

 「就職率100%、しかも名だたる企業ばかり。これしかないと思った」と鈴鹿高専に入学した理由を語る児玉氏。バブルの時代に就職期を迎えた同氏は「ファンだった南野洋子がちょうどFM-77のテレビコマーシャルに出てたから」という理由で富士通に入社するが、社会に出てみると学歴の壁を感じたという。

 「同じ仕事をしていても大卒の同期と給料が違う。能力では負けていないと思って上司に直談判したりもした」と不満を募らせていた若き日の児玉氏は、24歳のとき、富士通と比べれば当時まだ小規模といってよい日本オラクルへと転職した。ここでは詳細は述べないが、転職を決意したのは、当時のプライベートな事件が大きく影響していると打ち明けた。

 その後「(富士通入社時)TOEICで300点程度だったが、やる気と根性だけで」(児玉氏)シリコンバレーにわたったのが27歳のころ。エンジニアとしてのキャリアを積み重ねていった同氏に大きな変化があったのは、30歳のときだったという。

 「スーパーJavaエンジニアに出会って(エンジニアとしての)自分の限界を知ってしまった」と児玉氏。このことが、同氏を「技術も分かる経営者」の道に進ませることになったという。自分のスキルセットを振り返り、経営者となるために欠けている部分を習得すべく、自分への投資を行っていったという。「まず簿記だ、と思い簿記3級の取得から入り、通信大学の経営講座なども受講した」(児玉氏)。その後、35歳のとき、ミラクル・リナックスに出向、そして2008年7月、40歳の児玉氏はミラクル・リナックス代表取締役社長兼最高経営責任者(CEO)に就任した。

 児玉氏は、自分なりに社長になれた理由を以下のように語っている。

児玉氏

周りの人たちがわたしという存在を知ってくれたことも大きいし、海外勤務、海外交渉の経験やベンチャー投資の経験なども寄与している。こうした状況につながったわたしの内部的なことでいえば、やはり高専卒というよい意味でのコンプレックスがあったのだと思う。しかし、自分の情熱と使命感が導くままに自分の知らない世界に飛び込んでいったことが大きいのだと思う


 また、こうした場でしか語られることのないような話題にも話がおよんだ。つまり、「社長の報酬とはどのくらいなのか」である。具体的な明言こそ避けたが、社会に出てからの給与の推移を棒グラフで示した児玉氏。富士通時代の初任給の14万5000円という数値と、「20年で8倍(の年収に)」(児玉氏)と明かしたことで、おおよその額は予想できる。こうした内容もあけすけに語られるのがこうしたカンファレンスの魅力でもある。

 そんな児玉氏は、社長への道をこう語る。

 「ユニークな人になろう。ユニークな人とは、人より”少し”違うことをやる人で、それはつまり人のいやがることを進んでやること。難しい仕事は失敗しても評価は下がらないが、成功すれば大きな成果として認められる。そして、人より“少し”努力しよう。こつこつと少しずつやればよい。特に通勤電車の時間をどう使うかが後に大きな差を生むのだから。そして最も重要なのは、成功の道を選択すること、つまり、チャレンジすることだ。チャレンジの向こうに失敗はない。チャレンジして目標に到達できなくても、それは失敗ではない。そこから得るものがあれば自分にとっては成功である」(児玉氏)

 「高専生は変なやつが多い」と笑う岡田良太郎氏も神戸高専を卒業した高専OBだ。テックスタイル代表取締役CEOを務め、さまざまな分野で精力的に活動する同氏は、ピーター・ドラッカーの「7つの機会」を紹介しながら、イノベーションは必ずしも新規構築的な部分だけに存在するわけではなく、既存の立ち位置でもイノベーションは起こせるのだと話す。

 「自分と未来は変えられるが、他人と過去は変えられない。世の中が変わるのを待っているなら自分で変えに行った方が早い」(岡田氏)

さまざまなトピックは高専生の興味の証

 本カンファレンスでは、テーマに掲げた「the Nature style」のとおり、各自が得意の専門分野についての話を持ち寄り、他分野の人たちとその面白さを共有するものとなった。すべてのセッションに共通していたのは、どれも人を引きつけるプレゼンだったということだ。形式張った資料やしゃべり方などを捨て、遊び心がふんだんに詰め込まれたそれぞれの発表は、時間が過ぎるのを忘れるに十分なものだった。

 例えば、久留米高専卒の松岡浩平(machu)氏は「11分30秒で分かるOpenID入門」を(発表資料はこちら)、五十嵐邦明氏(群馬高専卒)は、「量子力学と量子暗号の簡単なおはなし」と題して、難解な量子暗号の仕組みを数式を用いることなく解説した(発表資料はこちら)。また、jigブラウザの開発などを手掛けるjig.jp代表取締役社長CEOの福野泰介氏(福井高専卒)は「高専生が世界を取る方法」というセッションで自らのたどってきた軌跡を紹介しながら、高専生が世界を変えるに十分な力を持っているとあらためて説いた。

 「グーグルに性癖をインデックスされた男」と自らを紹介する井上恭輔氏の講演もまるで舞台を見ているかのような楽しさに満ちていた。自身がなぜ地元から離れた津山高専を選ぶに至ったか、そして津山高専という環境で磨きが掛かっていくその能力がいかにして社会とつながっていったのかが絶妙のプレゼンテーションで紹介されていった。

井上恭輔氏

与えられることには限界がある。作り出すことには限界はない。高専というフレームから飛び出して、外の世界に出てみよう。それも、何となくではなく明確な意志を持って。大海を知った変態はきっと最強だ。ものづくりは世界を変える。Do it ourselves!

濃密な5分間、Lightning Talks

 各自が5分程度の持ち時間で軽量の発表を行う「Lightning Talks」もそれぞれの趣向が凝らされていた。

 世の中の隠れた法則性を見つけ出そうとする複雑系について語ったのはjune29。「Webと複雑系」と題したこのセッションでは、複雑な事象も両対数グラフでべき乗分布を見てみると直線上にプロットされると紹介。文字だけでは難しい説明も、フォントや図の配置、スライドのタイミングなどを工夫することで分かりやすく説明していた(june29の発表資料はこちらから)。

 そのほかにも、現役茨城高専生である湯浅優香さんの「女子高専生の本音」、栄養ドリンクなどに含まれるビタミンB2を利用した即興の化学実験を披露する佐藤潤氏(一関高専卒)、はてなのアルバイトとして流体力学を考慮した新サーバの設計を手掛ける濱崎健吾氏(北九州工業高専卒)、秘密のベールに包まれていた商船高専の卒業式の様子を明かすむらやま氏(鳥羽商船高専卒)など、ベクトルも深度もそれぞれ異なる発表がめまぐるしく展開され、参加者は未知の世界が語られるのを楽しげに聞き入っていた。

編注:初出時、佐藤氏の卒業校を福島工業高専としていましたが、正しくは一関高専です。おわびして訂正します。

 高専生や高専卒業生が世間一般と少し変わっている、ありていに言えば「風変わり」であるという印象は、彼らにとっては半ば勲章のようなものだ。それを「高専道」と称する者もいたが、言い得て妙だと感じる。ミケランジェロは「わたしは叡知に導かれて、石の中にひそむ芸術作品を取り出しているに過ぎない」と口にしたが、高専生にも通ずるところがあるのではないかと感じた。いったん焦点が定まれば、とてつもない集中力と努力を持続する彼らだけに、最終的に削り出されるものはきっと世界を変える力となる。そう思わずにはいられない。

 高専生の意気軒昂(いきけんこう)な様子が十二分に伝わってきた今回の高専カンファレンス。広範な産業で高専生が活躍していることにあらためて気づかされた。今後、“目的ではなく手段としての”組織化も視野に入れ、活動していく予定であるという。上述の福野氏もカンファレンス終了後、「高専カンファレンスin福井」の実施を決意したと自身のブログで語っており、今後の広がりが予想される。勉強会などに参加したことがない方にも強くお勧めしたいカンファレンスだ。なお、今回のカンファレンスの様子は川手俊憲氏により後日公開される予定なので、そちらも見てみるとよいだろう。

カンファレンス後はビアバッシュで交流を深める参加者。朝までその交流は続いたという(その様子の一部はこちらなど)

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