インタビュー
» 2009年01月30日 12時00分 公開

オルタナティブな生き方:学歴無し、社員経験無しからの出発 (1/2)

ITmediaのビジネスブログ「オルタナティブ・ブログ」で「平凡でもフルーツでもなく、、、」を執筆する佐々木康彦さんに、有名アーティストのバックバンドを経てホームページ制作会社を立ち上げた半生や、ブログを書くことの意味などを伺った。

[土肥可名子,ITmedia]

何となく回ってきた人生

 ボクは青森県の結構田舎の方の出身です。家は神社で、爺さんは神主をやりながら小学校の校長をしているような人物。親父は国鉄、母親は小学校の保健の先生、姉貴が中学校の音楽の先生という公務員家族でした。両親が年食っているせいもあってしつけが結構厳しくて、テレビを見る内容も完全に父親の管制下にあったので、当時のアイドル、野口五郎とかのことは、小学校3年生ぐらいまで知りませんでした。

佐々木康彦さん 「平凡でもフルーツでもなく、、、」 佐々木康彦さん

 中学3年生のときにイマドキな感じですと、いわゆるイジメに遭いまして。そこで人間観が変化して、群れないタイプに変わったんですね。そこからタガがはずれちゃって、家庭環境の急激な変化などもあり、あんまり勉強しない人間になっていきました。その結果として出来の悪い高校に入ったんですが、そこでバンドをはじめようとしたんです。そうしたら学校から「バンド活動なんか禁止だ」といわれまして。癪にさわったんで軽音楽クラブを立ち上げて、堂々と練習できるようにしました。

 高校卒業後に上京してミキシングエンジニアの専門学校に通い、卒業と同時にタムコという音響関係の業界ではそれなりに有名な会社の契約社員としてつくば万博会場に派遣されて、PAの仕事などをやりました。ここで100カ国ぐらいの人と仕事をして、この経験はいまの自分に大きな影響を与えていますね。今日はソ連、明日はタイ……。と毎日毎日いろいろな国の人と仕事をするうちに、単語程度しか英語は話せませんでしたが、音響エンジニアが仕事で使う単語は万国共通でしたし、これにジェスチャーも交えて日々何とかこなしてきました。このおかげで、いきなり英語でまくしたてられても思考停止しない、そういうタイプの人間になったかなと思います。

 万博期間が終わり正社員採用の打診をいただいたのですが、やはり自分はギターを演奏する方が好きだったので、アルバイトをしながらアーティストのバックバンドの仕事をはじめました。2〜3年たってからでしたでしょうか、デビュー当時のドリームズ・カム・トゥルー(以下ドリカム)のバックバンドに入りました。ほぼ無名に近かった彼らのデビューから300万枚という当時では例のないCDセールスを記録するまでの4年ぐらいを一緒に過ごさせてもらいました。いい時期に一緒にやらせてもらえて1番の思い出になっています。

 その後、ドリカムのバックバンドをクビになり、仕事面ではここからしばらく停滞期に入ります。すでに結婚もしていたので、専門学校の講師をしながら食いつなぎつつ、音楽を作る仕事なんかもしていました。インターネットと出会ったのもこのころです。Midiのデータを発注してくれたお客さまにデータを送るためにメールを使わなきゃいけない。それで、初めてネットに接続して、ニフティのアカウントをとって……。

 自分でいろいろやってみるようになって、講師をしていた専門学校で、高校時代の軽音楽クラブと同じノリで、「みんな面白いよ、ちょっとやってみない」ってな感じでホームページ制作のゼミを立ち上げた。そうしたら、その学校がインターネットの専門学校を作るので来てくれないかということになって、そこで新たな仕事を得て……。とまぁ、ボクは何となくうまく回るような身の上みたいで、これまでの人生を回ってきております(笑)。

社員経験無しからの起業

 ボクはいま、CMパンチというホームページやブログの制作などを行う会社を経営し、大手商社など名だたる企業とお取引させていただいてます。IT系の会社にいたわけでなく、音楽というまったく別の世界からスタートしたのに、ホームページ作りますよって会社をはじめたただのド素人が、日本を代表するような企業と仕事をさせていただくようになった。これは少し誇ってもいいかなと思います。

 商売を大きくしたいとは思っていないんですけど、大事なのは自主独立の精神でいきたいなというところです。従業員が何人いるから月いくら売り上げないといけない、だからイヤな仕事も請けない、といけないということにはできるだけならないように心掛けています。いざとなったら周りに迷惑をかけないように、借金の返済とかにも充てられるよう退職金の積み立てなんかもやっています。

 ミュージシャンの仕事は1回1回が勝負ですから、この仕事はギャラが高いから一生懸命に、この仕事はギャラが安いから手を抜いて演奏しよう、ということができません。だからいまの会社でも、デザイン料が安いこの仕事は簡単に仕上げちゃえっていうのができないんですね。その辺、スタッフとたまに軋轢が生じます(笑)。

 ボクがいたテレビ業界は、5秒遅れたら放送事故として始末書を出さないといけないという世界です。15秒といわれたら15秒キッカリなんです。1秒でも遅れたら、それは遅れ。そういうところが、いまの若い人とは感覚的には合いませんね(笑)

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