あなたの言葉はなぜ他人の心に響かないのか?オープンソースソフトウェアの育て方(7/7 ページ)

» 2009年09月29日 08時00分 公開
[Karl Fogel, ]
前のページへ 1|2|3|4|5|6|7       

 人間の脳には、表情を認知する領域があります。通称は“fusiform face area”です。その機能の大半は先天的なもので、後から身につけるものではありません。個々の人物を見分ける技能は生き延びるためにきわめて重要なものなので、専用の特別なハードウェアが発達してきたということだったのです。

 インターネットを使用した共同作業は、心理学的には少し奇妙なものといえるでしょう。だって、緊密な連携をとっている相手のことを、自然で直感的な方法では決して認識できないのですから。例えばどんな顔なのかも分からなければどんな声なのかも分からない、そしてどんな背格好なのかも分からないといった具合です。これを補うには、特定のスクリーンネームを決めてあらゆる場所でそれを使用するように心掛けましょう。メールアドレスの先頭(@記号より前)の部分やIRCのユーザー名、リポジトリのコミッター名、バグ追跡システムのユーザー名などなど、すべての場所でこのスクリーンネームを使用します。この名前が、オンラインでのあなたの「顔」となります。短い文字列で、実際の顔と同じ働きをさせるわけです。残念ながらわたしたちの脳にはこれに直接反応するハードウェアは内蔵されていないわけですが。

 スクリーンネームは、あなたの実名から直感的に得られるものにしましょう(例えばわたしは“kfogel”にしています)。メールヘッダなど、場合によっては実名を実際に表記することもあるでしょう。

From: "Karl Fogel" <kfogel@whateverdomain.com>


 実際のところ、この例には2つの内容が存在します。先ほど説明したように、スクリーンネームは実名と直感的に対応します。しかし、実名は実際の名前です。つまり、これは次のような何らかの作り上げた名称とは異なります。

From: "Wonder Hacker" <wonderhacker@whateverdomain.com>


 The New Yorkerの1993年7月5日号に掲載されたポール・シュタイナーの有名な漫画で、ある犬がコンピュータ端末にログインするというものがあります。影の声がこう言います。“インターネット上では、誰も君が犬だなんて思わないだろう”この手のことを考える人たちの頭の中にはきっと「オンライン上での立場をよりよくしたい」「オンライン上で有名になりたい」といった気持ちがあるのでしょう。“Wonder Hacker”と名乗っておけば周りの人たちに本当に凄腕のハッカー(wonderful hacker)だと信じてもらえると思っているようです。

 だけど事実は事実。たとえ誰も気づかなかったとしても、君が犬であることには変わりありません。オンラインで仮想人格を作り上げたところで、読者を感動させることはできません。周りの人たちは、あなたのことを単なる夢想家かあるいは臆病者と見なすでしょう。周囲とのやり取りには実名を使うようにしましょう。もし何らかの理由で匿名でいたい場合は、いかにも本名っぽいハンドルを作成してそれを使用しましょう。

 オンラインで一貫した「顔」を使用し続けることに加え、あなたをより認識してもらいやすくする方法が幾つかあります。もしあなたが何らかの肩書き(医師、教授、監督など)を持っているのなら、あまりそれを見せびらかさないようにしましょう。また、直接それに関する話題になったときは別にして、肩書きについて言及することも避けましょう。ハッカー界、そして特にフリーソフトウェア文化においては、肩書きに頼る人は排他的な臆病者とみなされます。例えばメールの最後に書く署名の一部として肩書きが登場するくらいなら問題ありません。ただ、議論の際に自分の立場をよくするためにその肩書きを使うのは避けましょう。間違いなくそれは裏目に出ます。あなただって、肩書きなんかじゃなくあなた自身を認めてもらいたいでしょう?

 メールの署名欄について補足します。できるだけ小さくて上品なものにしておきましょう。何なら署名なんてなくってもかまいません。あらゆるメールの末尾に法的な注意書きをでかでかと掲載するようなことは避けましょう。特に、フリーソフトウェアプロジェクトへの参加と両立しない意見を述べるようなときに、これは致命的です。例えば、わたしが参加しているある公開メーリングリストの参加者の中には、すべての投稿の末尾にこんな様式の文書をつけてくる人がいます。

重要な通知:

あなたが誤ってこのメールを受け取ってしまったり、われわれのメールに関する免責条項の声明や監視ポリシーを読みたい場合は、以下の声明文を読むか、このメールの送信者と連絡を取ってください。

このメールでのやり取りはDeloitte & Touche LLPから発信されたものです。Deloitte & Touche LLP は 登録番号 OC303675 でイングランドとウェールズ地方に登録された有限事業組合です。組合のメンバーの名前は以下の住所で閲覧可能です。Stonecutter Court,1 Stonecutter Street, London EC4A 4TR, United Kingdom. ここは組合の主たる営業所であり、登録済みの事務所です。Deloitte & Touche LLPは、金融サービス機構(FSA)が認証し、管轄しています。

このメールと添付された内容は秘密のものであり、閲覧に特別な許可が必要な場合があります。これは送信者が意図した受信者のみが利用できます。仮にあなたがそうした人でない場合、このメールに含まれているやり取りや情報を開示したり、コピーしたり、利用したりすることは強く禁じられており、違法行為です。あなたが仮にこのメールを誤って受け取ったのであれば、「間違って受け取りました」というタイトルをつけて IT.SECURITY.UK@deloitte.co.uk に返送するとともに、このメールとそのコピーを破棄してください。

電子メールによるやり取りは、盗聴されたり、破損したり、改ざんされたり、配送の途中で失われたり、配送が遅延したり、中身が不完全な場合があったり、コンピュータウイルスが含まれることがあるので、エラーがなく安全であるという保証がありません。わたしたちはこのような事態やそれが引き起こした結果生じる不利益を受け入れることはできません。電子メールでわたしたちと連絡をとりあう方々は、全員がこのリスクを受け入れているとみなされます。

わたしたちの顧客と連絡を取る場合、このメールと添付される内容に含まれるいかなる意見やアドバイスも、Deloitte & Touche LLP 顧客契約書で示されている諸条件によって制約を受けます。

わたしたちのビジネスに関係ない意見やアドバイス、そのほかの情報がこのメールに記されている場合、それはわたしたちが発信したものでも、認めたものでもありません。


たまに出てきてちょっと質問するだけという人がこんなことをするのだったら、馬鹿らしいとは感じるかもしれませんがそれほどの害はないでしょう。しかし、もしこの人物が本格的にプロジェクトに参加したいといい出したらどうしましょう? この法的文書がきっと問題になってくるでしょうね。

 ここには、少なくとも2つの危険信号があります。まず、この人物は自分のツールを完全にコントロールできるわけではないということ。もしかしたら、社内のメールサーバが強制的にこのメッセージをメールに付加しており、それを迂回する手段がないのかもしれません。そしてもう1つは、彼の所属する組織はフリーソフトウェア活動に関する理解がほとんど(あるいはまったく)ないということ。もちろんこの組織はメーリングリストへの投稿を明確に禁止しているわけではありませんが、彼の投稿は明らかに歓迎されざるものでしょう。まるで、機密情報が外部にもれるリスクの回避が最優先されているようです。

 「外向けのメールには必ずこういった文書をつけておけ」というような決まりのある会社で働いている方は、無料のメールアカウントを取得してそのアドレスでプロジェクトに参加することを検討しましょう。無料のメールアカウントは、例えばgmail.google.comやwww.hotmail.com、そしてwww.yahoo.comなどで取得できます。

著者:Fogel Karl

翻訳者:高木 正弘

翻訳者:Takaoka Yoshinari(a.k.a mumumu)

製作著作 © 2005, 2006, 2007, 2008, 2009 Karl Fogel, 高木正弘, Yoshinari Takaoka(a.k.a mumumu), under a CreativeCommons Attribution-ShareAlike (表示・継承) license (3.0, 2.1-jp)


よいフリーソフトウェアを作ることは本質的に価値のある目標です。その方法を模索している読者の皆さんが、本連載「オープンソースソフトウェアの育て方」で何かのヒントを得てくだされば幸いです。


前のページへ 1|2|3|4|5|6|7       

content on this article is licensed under a Creative Commons License.

注目のテーマ