「ITmedia エンタープライズ書評」第9回。今回は『孫正義名語録』をご紹介します。
著者の三木雄信氏は、ソフトバンクの元社長室長という人物であり、ソフトバンクが通信業に乗り出すなど激動の時期(1998年〜2006年)に孫正義氏の最も近くでその経営をサポートした人物の1人です。
どのような名言集・箴言集でも、収録された1つひとつの発言を深く理解しようとすれば、その背景を知ることが大切になってきますが、その点で、孫氏の言動を一番近いところで見てきた人物によって説明が施されていることの意味は大きいでしょう。
本書は、見開き右のページに孫氏の言葉、左ページにその言葉に関する三木氏の解説が記される2ページ完結型で、孫氏の思考プロセスや経営指針を、それら多くの発言から切り取る、という趣旨になっています。
独立した発言が100個並んでいる本なので、読み方の自由度が高く、ここから何を得るかという範囲も広いのですが、読み進めていくうちにいくつか共通する要素を感じ取ることになると思います。
孫氏の「圧倒的で徹底的な、数字と量へのこだわり」も、そのなかの1つです。
孫氏の経営の発想は、根本的に数値のケタが違うということに圧倒されます。
- 「ビジネスプランは1000通り作ってからこい」(P. 30)
- 「1年後に月100万円稼ぐので仕送りはいらない」(P. 76)※留学中に親に宛てた言葉
- 「1万本ノックで分析します」(P. 120)※1万項目の経営指標を追う
- 「ソフトバンクは1兆、2兆と数えてビジネスをやる企業になる」(P. 164)※ソフトバンク創業日の朝礼にて
これらは、今読めばこそ「さすがの名言」の類に入るかもしれませんが、その言葉が発せられた場に居合わせた人にとっては、それが名言とはとうてい感じられなかったはずです。発せられた瞬間に、けだし名言! という類の言葉が少ないことも、孫氏の語録の特徴でしょう。
実際、10年前にはソフトバンクに関する書籍や報道については、肯定的なものがほとんどなかったように記憶しています。この本に名語録として収められている数々の発言についても、当時は否定的・胡散臭いと評されていたものがたくさんあります。
そのようなことを踏まえて、本書に収められた100の語録の全体を眺めていると、孫氏の発言の多くが、過去や現在を詠(うた)うために発せられたものではなく、その後の行動で証明するしかない未来についての言葉ばかりなのだ、ということにも、あらためて気付かされます。
最初は受け入れられないとしても、自ら信じるところをまず発言し、それを名言にしうる実績やプロセスを自分自身が作り上げていくことこそリーダーにとって重要なのである、というメッセージを本書が発しているように思います。
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