スティーブ・ジョブズ氏が見せた技術革新への情熱

哀悼の意を込めて、コンピュータ技術革新への情熱を物語るジョブズ氏のエピソードを2つ紹介したい。

» 2011年10月07日 08時00分 公開
[松岡功,ITmedia]

「I love making computers.」

 10月5日に亡くなった米Appleの創業者で元CEOのスティーブ・ジョブズ氏の真骨頂は、コンピュータ技術革新へのあくなき情熱にあったと、筆者は確信している。それを強く感じた昔のエピソードを2つ紹介したい。

タキシード姿でプレゼンテーションを行うジョブズ氏(1989年7月10日)

 まず1つは、1989年7月10日に日本で行われたあるイベントから。東京ディズニーランドに隣接する千葉県浦安市の東京ベイNKホール(当時)で開催されたそのイベントは、ジョブズ氏が1980年代半ばからおよそ10年間、Appleを離れていた時期に推し進めていた一大プロジェクトの、日本でのキックオフの場であった。

 当時、ジョブズ氏がCEOを務めていた米Next Computer Systems(NCS)社の新製品「NeXT」が日本で初めて披露され、しかもそのプレゼンテーションを同氏自らが2時間にわたって行うとあって、会場は招待客や業界関係者でぎっしりと埋め尽くされた。

 「私たちは次の10年間のコンピューティング・ニーズをとらえたパソコンを開発した」

 ステージにひとりスポットライトを浴びたタキシード姿のジョブズ氏が開口一番こう言い放つと、2500人を超える聴衆からどよめきの声が上がった。

 そして、「コンピュータのアーキテクチャは10年の寿命を持っており、たいてい中期にピークを迎える。アーキテクチャから見てこれまで、77年に出現したAppleII、81年に出現したIBM PC、84年に出現したMacの3つのコンピュータがある。だがIBM PCはすでにピークを過ぎ、Macも今年ピークを迎えるだろう。NeXTは第4の波になる」と声高らかに宣言。直後に行われた記者会見でも、NeXTの普及に向けた強い意欲を見せていた。

 その後、NeXTは結果として「第4の波」を起こす存在にはなり得なかったが、ジョブズ氏の革新的なコンピュータを生み出そうとする情熱を物語るエピソードとして、先述のプレゼンテーションとともに、業界関係者の間では今も語り草となっている。その象徴的なコメントを記者会見で聞くことができた。

 「I love making computers.」

 この思いこそがジョブズ氏の原点だろう。

 このエピソードについては、より詳しい関連記事があるので参照いただきたい。

アラン・ケイ氏が語ったジョブズ氏の情熱

 もう1つのエピソードは、1994年3月中旬の話。当時、新聞記者だった筆者は、「パソコンの父」と呼ばれるアラン・ケイ氏に単独インタビューする機会を得た。

 アラン・ケイ氏といえば、かつて米Xeroxのパロアルト研究所(PARC)でマルチウィンドウ型ユーザーインタフェースやオブジェクト指向技術を発案したコンピュータ・サイエンスの第一人者である。1970年代初めに考案した「ダイナブック」は、今もコンピュータ技術者の間で伝説のコンセプトとなっている。

 当時、Appleのフェローだった同氏の話は、とても刺激的だった。まず、オブジェクト指向技術やユーザーインタフェースについてこう語った。

 「80年代初めにきちんと確立しておくべきだった。私自身は68年頃から考え始めていたが、当時ビジネスの世界での反応は鈍かった。もっと早い時期に標準化していれば、今頃はMicrosoft一辺倒ではない技術が基盤になっていただろう」

 さらに、Microsoft Windowsに対しては「ホットドッグの上にかけられた高級なベアネーズソースのようなもの。どんなに高級なソースをかけても、ホットドッグの味には変わりがない」と手厳しい評価だった。とはいえ、Microsoftをこき下ろすより、自らの詰めの甘さを悔いていた姿が印象に残った。

 実は、ここまでの話は当時、新聞のインタビュー記事にも掲載した。だが、記事にしなかった話の中で、ケイ氏がジョブズ氏のことをこう話していたのを鮮明に覚えている。

 「ジョブズ氏は70年代、最新技術を勉強するためにPARCへ来て、とくにマルチウィンドウ型ユーザーインタフェースについて熱心に話を聞き、質問を繰り返していた」

 実は、このエピソードも知る人ぞ知る話だが、ジョブズ氏の熱心ぶりをケイ氏から直接聞くことができ、貴重な取材となった。このエピソードについては当時、知的所有権をめぐって取り沙汰されたこともあるので、ケイ氏は「Macが出てきたのは、その後まもなくだったかな」と慎重な言い回しだったが、柔らかな微笑みを浮かべながら話していたのが印象的だった。

 ケイ氏から臨場感のあるこのエピソードを聞きながら、頭の中でジョブズ氏が熱心に「取材」している姿を思い浮かべたのを、今もよく覚えている。この姿もジョブズ氏の原点だろう。

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