西村 世の中には事業と家業があって、例えば、リビングワールドは妻と二人だから家業。事業は人材の差し替えが可能だけど、家業は人の差し替えができません。コンセプトやビジョンは家業にはマッチしにくい。事業だとビジョンや計画が上層にあって、それに応じて人の差し替えも必要になります。基本的に大きな会社はそこが強みであり、弱さでもあるでしょう。東京R不動産はどちらかというと家業に近い事業体なのかな、と思っています。
吉里 サービス1つ1つは家業に近く、担当者のキャラクターによって成り立っています。東京R不動産本体は事業ですね。
馬場 ビジョンといったものを示さないといけないのは東京R不動産全体に対してで、サービス1つ1つに対しては、明文化しなくてもお互い分かり合っています。
吉里 人数も関係があるのかもしれません。10人ほどにメンバーが増えたときに、「ビジョンは何ですか」と聞いてくる人が出てきました。今でも一人一人とは会話するし、お互い何を考えているかも分かるのに、会社全体になると急にそれがぼやっとして、一般的なことを言ってしまうわけです。
西村 昔在籍していた鹿島建設は大きな看板だったので、そこに来た仕事を皆でこなしていました。当時から、きっと大きな会社はどんどんパブリックドメイン(公有)になっていくのだろうなと感じていました。企業は看板役で、そこにいろいろな人たちが集まって仕事をする。労働市場の流動性にも応える。
これが空間的に実装されていると思ったのがFM放送の「J-Wave」です。フロアは執務エリアとスタジオエリアに分かれていて、複数のスタジオの前に小さな机と椅子がたくさんある広場のような空間があります。机を組み合わせて大人数でミーティングしている人もいれば、一人で構成台本を書いている人もいます。将来のオフィスの玄関回りはこうした形になっていくのかなと思いました。
馬場 西村さんにお聞きしたいのですが、小さなカヤックがたくさんある社会というのは、幸せなことなのでしょうか。
西村 何をもって幸せとするか──。イタリアはもともと複数の共和国や自治ユニットに分かれていて、大きな企業がなく家業の集合体みたいな国です。親族で経営している小さな会社とか、家族で経営している小さな工房とかがいっぱい集まってできています。先ほど話したように、家業においては人の差し替えがきかないので、人間的な仕事にならざるを得ません。
馬場 それがイタリア独特の質感を生んでいるわけですね。
吉里 日本にも京都などには家業の積み重ねによる会社はありますよね。
西村 家業であれば、人間性とか、一人一人の持ち味を勘案した仕事にならざるを得ない。それが良さでもあると思う。これからの社会における仕事の目的は、お互いの存在を生かし合ったり、支え合うことになるんじゃないかな。1つの事業だった会社が小さな単位に分かれていることも、そうした準備の一環である気がしています。
馬場 これから起こることの実験台ではないが、僕らは一足先にいろいろなジレンマを抱えながら、そうした組織を作っているのかなと思います。家業の集積でいかに事業を連結できるかというのを考えながら運営しています。
西村 そうした中で新しい本が出てきました。どのような経緯があったのですか。
馬場 日ごろから僕らは自分たちのやりたいこと、指し示す方向性をきちんと社会に示しているのかどうかを話していました。インタフェースとしての東京R不動産は世の中に知られているので、ほとんどの人はそれを通して僕らを見ています。ただ、それは必ずしも僕らの全体像ではありません。実は、東京R不動産は働き方の形や仕事の作り方に本質があると考えています。そうした面についてもっと多くの人に興味を持ってほしかったわけです。僕らの姿をきちんと伝えたいという問題意識がありました。
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