ストレス社会との付き合い方人生はサーフィンのように(1/2 ページ)

政府がメンタルヘルス検査の義務化を検討しています。しかしうつになった後だけではなく、なる前の予防も大切なのではないでしょうか。

» 2012年05月24日 12時00分 公開
[竹内義晴(特定非営利活動法人しごとのみらい),ITmedia]

 先日、自宅近くの公共施設に行ったところ、「こころの相談」というチラシが目に入りました。表には「こころ」「うつ」「精神」「メンタル」「ストレス」などの言葉が並び、「まずは、気軽に相談を」と書かれた裏面には、精神科や心療内科の連絡先が書かれていました。

 実は私、ITエンジニアだったころ、過度なストレスを抱えて苦しんだ経験があります。納期と品質のプレッシャー、張りつめて何も言えない職場の空気、不具合を出したら「それはあなたにスキルがないからです」と叱咤される……胃がキリキリと痛む毎日でした。大好きだった仕事は次第に楽しくなくなり、それとともにやる気を失っていきます。こういうときは、やる気を出そうと思っても出ないのですよね。毎日、仕事に行くのが嫌で嫌で、本当にしんどかったです。

 「もし、あのときこのチラシを見ていたら、ボクは相談に行きたいと思っただろうか?」

 誰かに話を聞いてほしい。でも、自分がこころの病だなんて思っていないし、思いたくない――「メンタル」という重々しい言葉に包まれたチラシと「気軽に相談」という言葉とのギャップに、「まず、相談に行くことはないだろうなぁ」と思いました。

 ストレス社会という言葉を聞くようになって久しい昨今、「誰かに言いたいけど、誰にも言えない……」と、私たちは仕事のストレスを抱えていくのでしょうか。そこで今回は、ストレス社会と付き合う方法について考えてみます。

検査でメンタルヘルスの課題が解決できるのか

 仕事のストレスからくるメンタルヘルスなどの課題は政府レベルでも問題視されています。メンタルヘルス検査を義務化する動きもあるようです。

「労働安全衛生法の一部を改正する法律案要綱」の労働政策審議会に対する諮問及び同審議会からの答申については、次の点をメンタルヘルス対策のポイントとして挙げています。

メンタルヘルス対策の充実・強化

  • 医師又は保健師による労働者の精神的健康の状況を把握するための検査を行うことを事業者に義務づけます。
  • 検査の結果は、検査を行った医師又は保健師から労働者に直接通知されます。医師又は保健師は労働者の同意を得ずに検査結果を事業者に提供することはできません。
  • 検査結果を通知された労働者が面接指導を申し出たときは、事業者は医師による面接指導を実施しなければなりません。なお、面接指導の申出をしたことを理由に労働者に不利益な取扱をすることはできません。
  • 事業者は、面接指導の結果、医師の意見を聴き、必要な場合には、作業の転換、労働時間の短縮など、適切な就業上の措置をしなければなりません。

 義務化されるとどのような検査が行われるのでしょうか。「労働安全衛生法の一部を改正する法律案の概要」によれば、「精神的健康の状態を把握するための検査と面接指導」というページに、「医師・保健師がメンタルチェックを実施」とあり、例として「ひどく疲れた」「不安だ」「ゆううつだ」などの自覚症状の有無を確認する(?)項目が書かれています。

 「疲れ」「不安」「ゆううつ」……これらは誰もが経験することです。もし、私がストレスを抱えていたころにこの検査を受けたなら、間違いなく「はい」と答えたでしょう。その結果、「あなたはうつです」と診断されていたかもしれません。

「あなたはうつです」と言われてうつになるリスク

 私は過大なストレスを抱え、ゆううつな日々を過ごしたことはありますが、うつと診断されたことはありません。うつと診断されるとどういう状態になり、投薬を受けるとどうなるのでしょう。

 私の尊敬する経営コンサルタントに、日本コミュニケーショントレーナー協会代表理事の椎名規夫さんがいます。椎名さんは中小企業のマネジメントを指導されているほか、経営者、ビジネスマン、医師など、年間2000人に心理学やコミュニケーショントレーニングを行っているコミュニケーション教育の第一人者です。しかし十数年前に、うつを3年間も経験されたことがあるそうです。先日お話を伺う機会を得ましたので、実体験をお聞きしました。

 椎名さんは企業に勤めていたころ、仕事が忙しくてストレスを抱え、体調がすぐれなくなったので病院に行ったそうです。診断の結果、医師から「何でもない」と告げられましたが、処方箋が出されました。「これは何の薬ですか?」と尋ねたところ、それは「うつの薬だ」と伝えられました。

 「うつの薬だと知ったときからうつになった」と、椎名さんは話します。それから3年間、やる気が出ず、体型も変わり、周囲からの視線や薬による影響などが続き、本当にしんどかったそうです。

 椎名さんは、「もしあの時、『うつ』ではなく、『うつ“っぽいね”。誰でもそういうことがあるものですよ。数日から数週間すればよくなりますよ(断言せずに、そうであるかもしれない程度に示す)』と言われたら、結果はもっと軽かったかもしれない」と言います。「権威ある人の言葉は重いから、使うときに気をつけてほしい」と。

 厚生労働省のメンタルヘルス検査義務化は、病気への早期の対応ができる利点もあるでしょう。けれども、「うつと診断されることによってうつになる」というリスクも合わせ持っているのかもしれません。

椎名さんが回復した理由

 椎名さんは医師から処方された薬を飲み続けたものの、やる気は出ないし、体はしんどいばかりで改善が見られませんでした。そこで「今までと同じことをしていても結果は変わらない。薬に頼らず自分の力でなんとかしよう」と決意し、家族や友人のサポートを得て、しんどい体を引きずりながら水泳を始めたり、映画を観に行ったりするようにしました。その結果、次第に体が元の感覚に戻っていく感覚を得られるようになったそうです。

 なお、椎名さんは、「私は医者ではないので、薬がいいとも悪いとも言えないし、この話で変な影響は与えたくない。薬が必要だという精神科の医師もいるし、薬で回復のきっかけを得られた人もいるし、薬では治らないという人もいる。これは私の場合の一例です」と話していました。

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