経験や勘では勝てない、「マネーボール」が物語る洞察のチカラビッグデータいろはの「い」(1/2 ページ)

かつてオークランドアスレチックスは膨大な過去のデータを活用して文字通り戦い方を変えて成功した。今やビッグデータがエネルギー、医療、証券など、さまざまなビジネスやサービスを変革しようとしている。

» 2012年06月27日 08時00分 公開
[浅井英二,ITmedia]

 「ビッグデータ」をテーマに掲げた連載を先週から始めた。初回の「おむつとビールよりも大切なものがある」では、ビッグデータのブームをきっかけとし、改めて既存の情報システムが柔軟さを欠いていることに気づかされたことや、突拍子もないインサイトを得るよりも先ずはデータを中心に事業を運営していく企業文化を築くことの大切さについて触れた。

 記事掲載のあと、大手ゼネコンで実績を残された元CIOから「日本の企業では、経営の大切な資産であるデータを活用できるようにマネジメントしていくことが重要視されていない」との苦言もいただいた。われわれも反省しなければいけない。ややもすると「箱」や「器」の話ばかり取り上げてしまうが、肝心なのは中身のデータであることは言うまでもない。

 「塩ビなどで世界トップシェアを誇る信越化学工業が米国のサブプライム住宅ローン危機を乗り切れたのは、FAXで送られてくる日報に経営トップ自らが目を通し、変化を見抜いたから」とも。立派な情報システムがなくともデータからインサイト(洞察)を得て、迅速に次の手を打つことはできる。これもひとつの情報活用の在り方だろう。

データ活用でベースボールを変革したアスレチックス

アスレチックスのビーンGM

 データを活用して文字通り戦い方を変えた事例としてしばしば耳にするのが、メジャーリーグのオークランドアスレチックスだ。昨年、ブラッド・ピット主演で映画化されたのでご覧になった読者も多いだろう。ブラピ扮するお荷物球団のGMが、統計学的手法を取り入れ、低予算でやり繰りしながら強豪チームを倒していく様は痛快だ。

 一般的には、打率の高い俊足の野手と球速ある防御率の良い投手をそろえれば強いチームが編成できる。ベテランのスカウトマンたちは、これらの指標と過去の経験から選手を獲得しようとするが、これでは資金力の差がそのままチーム力の差になってしまう。

 アスレチックスのビリー・ビーンGMは膨大な過去のデータを基に分析し、ゲームに勝つためには出塁して長打で返すのが最も効果的だとし、従来の指標を見直した。他チームや大学を見回すと出塁率と長打率が高い選手があまり評価されず、低い年俸でも獲得できた。

 戦術面でも従来の常識を覆した。分かりやすい例はバントだろう。日本の野球界では確実に点を取りにいくための策としてバントを多用する。誰も疑わない常識だ。しかし、ビーンGMは分析結果から、バントはみすみすアウトを1つ献上し、得点する確率を下げるとして否定した。

 経験や勘を主張するスカウトマンたちの抵抗に遭いながらもデータ中心のチーム編成を徹底し、戦い方を変えていったビーンGMは、アスレチックスをプレーオフ常連チームに育てる。しかも、1勝当たりのコストは最も高いチームの1/6で済ませたという。

 ちなみにビーンGMはその手腕を買われ、サンフランシスコのクラウドERPベンダーであるNetSuiteの社外取締役も務めている。

 もちろんバントが有効か有効でないかは議論があるだろう。長いリーグ戦と短期決戦で目の前の1勝を取りにいく場合とは異なるからだ。しかしビーンGMの変革は、経験や勘、そして当たり前と思われていたことさえ、膨大なデータを分析することによってそれとは異なるインサイトが得られることを示している。

風力発電を支えるビッグデータ解析

 デンマークに本社を置くVestas Wind Systemsは、風力発電機を設計・製造・販売する世界最大手。既に30年以上の歴史があり、67カ国で4万4500機の風力タービンを手掛けている。同社は、効率の良い風力発電機の技術開発に優れているだけでなく、この10年は運用実績も重ね、風力発電を事業として成功に導くためのノウハウも蓄積している。

 彼らが活用するのは、天候、地形、潮の満ち引きなどの各種データをはじめ、衛星写真、森林地図、気象モデルなど、構造化/非構造化が混在するペタバイト級のデータだ。これらのビッグデータを分析することで肝心の発電量を予測するだけでなく、設置面積や環境上、景観上の問題も考慮し、最適な設置場所を割り出すほか、稼働後の発電量の推移を解析、最適なメンテナンススケジュールも策定している。

 再生可能エネルギーへの関心が世界的に高まる中、風力発電プラントを短期間で設置するため、Vestas Wind SystemsはHadoopベースのInfoSphere BigInsightsを採用、1000台以上のSystem x iDataPlexサーバから構成されるIBMの商用スパコン「Firestorm」で稼働させ、これまで3週間を要していた計算をわずか15分に短縮することに成功したという。

 日本IBMのソフトウェア事業部でNetezzaのマーケティングを担当する湯本敏久部長は、「HPC(High Performance Computing)がアルゴリズムの高速演算を中心としているのに対し、ビッグデータの活用は文字通りデータの高速処理を中心としている。過去の膨大なデータを分析して将来を読むことが現実に可能となってきた」と話す。

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