メルセデスのITディレクターが見た2014年F1チャンピオンシップComputer Weekly

2014年、F1コンストラクターズおよびドライバーズチャンピオンを獲得したメルセデスAMG。その裏舞台を支えたITディレクターの最初の仕事は人員削減だった。

» 2015年02月04日 10時00分 公開
[Cliff Saran,ITmedia]
Computer Weekly

 マット・ハリス氏がドイツのフォーミュラ1(F1)チームMercedes AMG Petronas(以下、「メルセデスAMG」)のITディレクターに就任した2009年は、モータースポーツエンジニアのロス・ブラウン氏がメルセデスAMGの代表を引き継いだばかりで、ITコストを大幅に削減する必要に迫られていた。

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 ブラウン氏はかつてFerrariでチーフデザイナーを担当し、その後、日本のホンダがF1から撤退するまでホンダチームのチームプリンシパルを務めていた。

 2009年は、ブラウンGPがコンストラクターズチャンピオンを獲得し、同チームのドライバー、ジェンソン・バトン氏がドライバーズチャンピオンを獲得した年だ。だが、同年はどうしてもコストを削減する必要に迫られており、波乱の幕開けとなった年でもある。ハリス氏は、24人いたチームメンバーをほぼ半分の13人に削減することを求められた。

 「管理しかできない人間を雇う余裕はなかった。管理と日常業務の両方をこなせる人材が必要で、残す13人はそれぞれの仕事に関して非常に優秀でなくてはならなかった」

 人員削減のため、全員を対象に希望退職を募った。「残ってほしかった最も優れた人材も何人かは去ってしまった。サポートスタッフは解雇し、技術スタッフを残した。技術スタッフはサポートもできると考えた。このためサポートの第一層を失った」

 同氏はこれが理想的な手法ではなかったことを認め、その後チームはITのサポート面を少しずつ強化している。2014年には、技術アーキテクトを数人雇い入れた。

勝利する技術

 言うまでもなくワールドチャンピオンの獲得は非常に大きな出来事だ。メルセデスAMGは2014年のF1ワールドコンストラクターズタイトルを獲得し、チームドライバーのルイス・ハミルトン氏が同年のドライバーズタイトルを獲得した。IT部門はこれをどのように祝ったのだろう。

 「チームがコンストラクターズチャンピオンに輝いたことは祝福した。この勝利の立役者はチーム全員だからだ」とハリス氏は話す。

 「ドライバーズチャンピオンは勝利に添える花のようなものだ」と同氏は付け加える。「幸い、ルイスがレースで勝利したが、逆のパターンもあり得た。ルイスではなくニコ(・ロズベルグ)がタイトルを獲得し、ルイスはチャンピオンではなかったかもしれない。どちらかのドライバーだけを祝う、ということはない」

世界規模のコミュニケーション

 F1を運営するFIAは、レースに帯同する人数を各チーム60人に制限している。従って、レースカーの準備には工場とのコミュニケーションが重要になる。英ブラックリーにあるメルセデスAMGの工場のエンジニアはレースが開催される週末中、サーキットのチームと直接話してレースカーが最高の状態にあることを確認する必要がある。このため、同社はリアルタイムテレメトリを使ってピットガレージにいるチームをサポートする。

 チームが利用しているグローバル通信プロバイダーはインドのTata Communicationsだ。ハリス氏によれば、レース開催地域のサービスプロバイダーとの接続に伴う複雑さをグローバルプロバイダーに任せることで、メルセデスAMG IT部門の仕事が大幅に簡素化されるという。

 サーキットでは、レースカーのテレメトリデータがガレージに無線で転送される。同時に、Tataのグローバル通信ネットワークを介して英国のエンジニアにも転送される。

 F1レースの開催地がどこであろうとガレージと本拠地を接続できるのには、どのような秘密が隠されているのだろう。

 かつてF1の通信インフラは電子メールに限られていた。「10年前はISDNで電子メールを送っていた。その後、ADSLに移行した」とハリス氏は話す。だがチームはレースカーやガレージサーバから大量のデータをブラックリーの工場にアップロードしなければならないので、ADSLは適切でなかった。

 Tataのようなグローバルプロバイダーが接続性と帯域幅を確保してくれるので、同氏がサーキットに同行することはなくなった。

 「現地にいるのと変わりなく確認できるので、この5年間でサーキットまで出向いたレースは3回しかない」

 現在は、各レースにIT部門のメンバーを2人帯同させている。サーキットではドメインコントローラー、SQLサーバ、ファイルサーバ、専用プロセッサ全てを含む約100台の仮想マシンを実行する。これらの設備は全て60Tバイトのストレージと共にカスタムラックに収容され、フォールトトレラントなインフラを基盤とする。

 他に、エンジニアや整備士、ピットウォール、マーケティングスタッフがそれぞれ携行するノートPCが合わせて60台ある。このITインフラ、ノートPC、ネットワークは全て2人のIT担当者がセットアップする。「月曜から水曜で全てセットアップし、木曜から日曜に使用する。レースが終わったら4時間で解体する」とハリス氏は言う。

 Tataも2人編成のチームを各レースに派遣し、同社のグローバルMPLSネットワークへの接続をメルセデスAMG向けにセットアップする。これはレース1週間前の日曜に稼働を開始し、チームが到着したとき(通常は週末にレースが開催される週の火曜)に使える状態になっている。

ITの役割

 F1でのドライバーやレースカーの勝利にはITが欠かせない。F1はテクノロジーの最前線にあるとよくいわれる。まさにその通りで、チームは複雑な流体力学モデルを実行するためにスーパーコンピュータを、レースカーのパフォーマンスを最大限に引き出すためにシミュレーションを使用している。

 「われわれはCFD(数値流体力学)分析によってCERN(欧州原子核研究機構)とほぼ同じデータを生成している。風洞実験の時間はレギュレーションによって非常に制限されているため、レースカーの強化にはシミュレーションを利用している」とハリス氏は話す。

 とはいうものの、技術インフラの面では安全策を取っている。「技術は最先端を進んでいるが、レースカーを停止させるわけにはいかないので最先端であることにはこだわらない」。そのために複数レベルの冗長性を確保している。音声通信が停止すれば、カナダのBlackBerryによる「BlackBerry Messenger」で通信することができる。

 他の企業と同様、メルセデスAMGもIT部門は日々の業務もサポートする。工場では従業員とマシンはLANに接続する。「LAN接続を用意することで、マシンをネットワークに接続して電子メールを送信できるようにしている」

 例えば、メルセデスAMGがF1カーの全ての部品を製造するのに使用しているコンピュータ数値制御(CNC)の製造用オートクレーブにはWindowsが組み込まれており、LANに接続されている。

 他の一般企業と同じように、毎四半期と毎年、同社はTataとレビュー作業を実行し、改善が必要な分野について話し合う。これにより、良好な部分と改善を要する部分が明らかになる。

 また、シーズン中かどうかにかかわらず、1年を通して毎週1時間の電話サポートが実施される。技術、宣伝、法務、マーケティングなどあらゆる分野の問題を解決できるスタッフがそろっているという。

 同氏はF1チームと企業とでは、CIOが扱うテクノロジーの種類は同じだが時間枠が異なると話す。「F1チームはほぼ全員の仕事にコンピュータがかかわるのでITに特化した従業員がわずかに多いが、一般企業との大きな違いは『時間』だ。一般企業は非常に複雑な仕事を2年間にわたって導入する。われわれはそれを4カ月で実行する」

 同氏はチームが新しいオンサイトデータセンターに移行することに言及した。「この件については2013年10月1日から考え始めた。2014年1月1日までに私は100万ポンド相当のIT機器を準備し、その1カ月後にさらに100万ポンド分準備した」

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