昨年の情報セキュリティセミナーで初めて「終活」、つまり人生をどう結ぶのかについて講演を試みた。たぶん受講者は目が点になっていたに違いない。いざ“その時”が来た時に、円滑に対応できるかという点で情報セキュリティと終活に共通するものがある。
筆者は今まで数多くの地域の企業でコンサルティングを行い、地域活性化対策を考えたこともある。時に情報セキュリティという枠だけではいささか狭いと考え、相手の悩み事などより深く話を伺う中で注目したことの1つに「終活」がある。
「終活」は5、6年前から急速に注目されるようになった。自分の人生をどう客観的に捉え、生きている親族や家族に苦労をさせないか、つまり、「相続」が「争続」にならないために、自分の人生について棚卸しを行い、現時点での気持ちや考え、趣味、こだわりなどを死後にどうしてほしいのか、冷静に分析するということだ。そのために、成人になったら年に1回は「終活ノート」(エンディングノート)を書き、自分の棚卸しをすることが推奨されている。「終活」が「情報セキュリティ」にいったい何の関係があるのかとお叱りを受けるかもしれないが、実は“いざ”という時のためにおいて共通することが少なくない。
筆者は、最近この「終活」についてボランティアで活動しているが、切実な現場を数多く拝見した。そこで「情報セキュリティの専門家が分析する終活の真実」をお伝えしたい。
よく、お年寄りはこう話される。
「うちは貧乏だから裁判所で争うほど財産は無いよ」
「うちの子どもたちはとても仲良しだから、争うなんてあり得ない」
しかし、現実は全く違う。「生前になぜ、きちんと証明できる遺言書を準備していなかったのか」というような事態に数多くの親族や関係者が苦しむ。「棺桶に何を入れてほしいか」「こういう葬儀がいい」という希望もエンディングノートに記載するが、家族や親戚としてはそんなことよりも、「本人が意識不明になった場合に人工呼吸器を外すべきか」「相続をどうするのか」という方が重要になる。特に金銭に換算されてしまう土地や建物、介護してきた人の評価をどう金銭で算定するのかなど、とても考えたくない問題が一挙に噴出してしまう。その結果、多くの遺族の間で「争続」が始まる。しかも、2015年1月1日から相続税が大幅にアップしたことで、この傾向はさらに強まると思われる。
まずは統計情報を見てみよう。2010年度における遺産分割事件の財産額から相続で裁判にまで至った事案は次の通りだ。
つまり4件のうち3件は5000万円以下ということになり、その遺産総額の一部である数十万から数百万円の範囲で争われている。ちなみに、5億円超は0.6%しかない。お金持ちは争う必要がないことに加え、対策済みということがうかがえる。一見すると、5000万円は高額だと感じるかもしれない。だが、東京やその近郊で木造一戸建てに住んでいるなら、不動産だけで3000万円ほどになってしまう(当然そうではない場合もあるが)。
例えば、父が既に他界し、長男が同居して母を長年介護してきた。長男以外には長女が1人いる。その状況で母親が亡くなった場合を考えてみたい。
不動産:評価額は2800万円(家屋+土地)
現預金:現金200万円、生命保険300万円
相続人:長男(同居)と長女の2人
1月1日の相続税の変更などにより金額の問題も多々あるが、ここでは単純に「相続」がどうなるのかで考えてみたい。一般的には遺言書がない場合が大半なので、相続の法定割合をみると、長男(同居で10年以上介護をしてきた)と長女(結婚してからほとんど顔を見せたことすらない)は等分によって「50:50」となる。全て金銭に換算されるため、この例では合計3300万円(不動産+現預金+生命保険分)であることから、長男と長女が受け取る額は1650万円ずつとなる。
だが、現預金(保険を含む)は500万円しかない。こうなると大抵のケースでは長女が「不動産を売却して案分すればいい」と言ってくる。長男としては、「両親の面影があるから家を売りたくない。あなた(長女)には現預金の500万円を渡すから、家には私(長男)がそのまま暮らしたい」と主張する。一方、長女は「とんでもない! 大幅に損するじゃない。だったら残りの1150万円を現金として私に払って」と主張する(つまり、法定相続額である1650万円から保険を含む現預金の500万円を引いた金額)。
長男は、長女が要求する1150万円の現金を持っていない。だから、「こっちだって10年以上介護をしてきた! その苦労を考慮すれば、お前(長女)に渡す500万円だって高過ぎる」と言いたくなる。この長男の言い分はとても良く理解できる。しかし、長女は子どもの進学資金が不足していたので全く譲歩するつもりがなかったとしよう。今まで仲の良かった親族がお互いに憎悪し合うようになり、裁判に発展してしまう。
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