Appleが1989年に描いた、人間の能力を拡張するITは今半径300メートルのIT

Appleが1989年に制作した「Chapter One」というコンセプト映像に、障害のある人が、ITの力で健常者よりも高い能力を得られる、という未来が予見されていました。それから四半世紀を経た今、ITは大きく進化しています。

» 2017年03月07日 11時00分 公開
[宮田健ITmedia]

 私は1993年頃、アップルコンピュータ(当時)が数年間だけ実施していた学生向けのプログラムに参加したことがあります。今でこそ、iPhoneやMacで大変有名な企業ですが、その当時はMacintosh 1台が自動車並みの価格と言われ、高根の花どころではない存在でした。

 その学生向けプログラムで、ノート型マシン、PowerBookの最新モデルが貸与され、これを使って“学生ならではの表現を行う”という体験をしました。振り返ると、この初めてのMac体験が、自分の可能性を広げてくれたなあと実感しています。

 そのプログラムの面接で、同社が1989年に作ったコンセプトビデオを見て、感想を言い合うというディスカッションがありました。そのときに見たコンセプトビデオは「Chapter One」というもの。1989年に作られたこのコンセプトビデオは、障害のある方々が登場します。しかしこの世界では、障害があったとしても「テクノロジーによってそれを補う」という未来が描かれていました。

 例えば学校のシーン。危険な薬品を使う実験も、画面内のビーカーと試験管をバーチャルに傾け、混ぜたときにどうなるかを仮想的な実験室で行います。その試験管を扱うのは、手に障害がある子どもでした。そしてカフェのシーン。聴覚障害のある方がメガネをかけると、そこには聞こえてくる言葉がリアルタイムにテロップとして表示され、普通の会話が成立しています。驚くのは、騒音の中でもしっかりと認識されていて、かつ母国語ではない言葉も自動翻訳される様子が描かれていたことでした。

 これはつまり、障害のある人も、ITの力があれば健常者よりも高い能力を得られるかもしれないという予見を、1989年時点で表現していたということなのです。そのころはまだインターネットが一般に普及していない時代ですので、驚きです。

 そして今、こんな動画が出ていたことに気が付きました。2016年10月に公開された「Sady」という動画。まずはぜひ、こちらの動画をご覧ください。あっと驚くはずです。これはコンセプトビデオではなく、サディ・ポールソン(Sady Paulson)さんが“IT”で能力を得るという“現在”の姿です。

Appleが公開しているAccessibility機能にまつわる動画「Sady」
Apple Accessibility サディさんが映像を編集する様子が動画で確認できる

 この動画では、頭の左右のボタンなどを使ってMacを操作し、映像編集をしている姿が映し出されています。さらに、このナレーション自体も、音声合成によるものです。テクノロジーが障害を乗り越え、誰もがクリエイティブなことを可能にするというのは本当に素晴らしいことだと思います。

 そして、これは海外だけの話ではありません。日本においても、ITの力を使い活躍する方々がいます。情報セキュリティサービスのラックで働く外谷渉さんは、「特にセキュリティは、画面に関係なく内部的なロジックが分かっていればできる仕事ですから、目が見えなくてもやりやすい分野だと言えます」とおっしゃっています。

ラックの外谷渉氏 ラックの外谷渉氏のインタビューは@ITでも読める

 この連載は「身近なIT」をきっかけとしたお話をしていますが、ITがサイバー脅威を生み出してしまうことによるデメリットばかりを強調してはいないかと反省することも多いです。本来、ITというのは私たちが生活する上で、何らかの“プラス”になるべき要素であるべきです。その点で、ITが正しく使われている事例を見ると本当に勇気づけられます。

 ITと称される技術やデバイスは、誰もが等しくその恩恵を受けられ、世の中のために使われるべきです。ITによって脅威も発生しましたが、それを押さえ込むのもやっぱりITです。そして、きっとあなたや私の可能性を広げる手助けをしてくれるものになるでしょう。

著者紹介:宮田健(みやた・たけし)

デジタルの作法 『デジタルの作法』

元@ITの編集者としてセキュリティ分野を担当。現在はフリーライターとして、ITやエンターテインメント情報を追いかけている。自分の生活を変える新しいデジタルガジェットを求め、趣味と仕事を公私混同しつつ日々試行錯誤中。

筆者より:

2015年2月10日に本連載をまとめた書籍『デジタルの作法〜1億総スマホ時代のセキュリティ講座』が発売されました。

これまでの記事をスマートフォン、セキュリティ、ソーシャルメディア、クラウド&PCの4章に再構成し、新たに書き下ろしも追加しています。セキュリティに詳しくない“普通の方々”へ届くことを目的とした連載ですので、書籍の形になったのは個人的にも本当にありがたいことです。皆さんのご家族や知り合いのうち「ネットで記事を読まない方」に届けばうれしいです。


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