Microsoftの量子コンピュータに対する取り組みは、20年前にさかのぼる。当時、数学者であるマイケル・フリードマン氏がMicrosoftの理論研究グループに参加し、「トポロジー」と呼ばれる難解な数学分野の基礎研究を開始し、それが、今回の世界初となるトポロジカル量子ビットにつながっている。
12年前からは、量子コンピュータの研究開発投資を積極化。コンピュータサイエンスとソフトウェア工学をベースに基礎研究を行うMicrosoft Research(MSR)には、年間1兆円以上の研究開発費が投資されており、量子コンピュータの研究開発費用はこのなかから捻出されている。
また、Microsoftは、カリフォルニア州サンタバーバラに、Station Qと呼ぶ量子コンピュータに関する研究所を設立し、フリードマン氏のほかにも、世界の著名な凝集物質物理学者、理論物理学者、材料科学者、数学者、コンピュータサイエンティストを採用した。これらの専門家は、大学や企業、研究所に勤務しながら、Sataion Qに参加。
Microsoftのテクニカルフェローであるマイケル・フリードマン氏とともにMicrosoft Igniteの基調講演に登壇したQfabのプリンシパルリサーチャーのレオ・カウウェンホーブン氏、Qfabのプリンシパルリサーチャーのチャールズ・マーカス氏のほか、デビッド・ライリー氏、マシアス・トロイヤー氏といった著名な量子物理学の専門家が所属している。
Microsoftは、量子コンピュータに関して、チップ、ハードウェア、ソフトウェア、プログラミング言語の全てに取り組むとしている。これは、仮にPCに置き換えれば、PC用のCPUを開発し、PCを作り、ソフトウェアも提供するということだ。なぜ、Microsoftは、CPUやハードウェアの領域にまで踏み込むのか。
「Microsoftは新たな技術の民主化に対して前向きに取り組む企業である。量子コンピュータについても、将来の“民主化”に向けて取り組むことになる。また、“AIの民主化”においても、量子コンピュータは不可欠な技術であり、だからこそ、Microsoftがこの技術に、ハードからソフトにまで取り組む理由がある」と、日本マイクロソフトの最高技術責任者の榊原CTOは語る。
量子コンピューティングの世界は、計算能力は論理量子ビットの数に応じて指数関数的に向上する。そのため、当面は、論理量子ビット数の拡大競争になると予測される。
論理量子ビットとはアルゴリズムのレベルでの量子ビットのことあり、Microsoftのアプローチでは1つの論理量子ビットに必要な量子ビットの数が少ないため、規模拡大が容易という特徴を持つ。
「IBMは、わずか1年で5量子ビットから16量子ビットへと、3倍に拡張した。今後5年で、驚くべき進化が期待できる」(榊原CTO)とする。最終的には、数十万以上の論理量子ビットを使って計算できるようなシステムが構築されるようになるという。
量子コンピュータの実用化によって、AIが進化する速度も極端に高まるだろう。
かつてMicrosoftで技術責任者は務めたクレイグ・マンディ氏は、「量子コンピュータによって、デジタルアシスタント『Cortana』の学習アルゴリズムを、数カ月かかっていたものを、わずか1日で処理できるようにできれば、AIの進化を加速させることができる。Cortanaは30倍高速になるだろう」と指摘する。
量子コンピューティングが実用化すれば、飢饉や気象変動への対策といった世界の課題解決にも利用できるようになるだろう。量子コンピュータの登場は、これまでの常識にはない進化を世の中に及ぼすことになるのは明らかだ。
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