「良い物を作るだけでは売れない」老舗和菓子店がマーケティングにAIを導入した理由とは短期間の試験導入で得た、大きな知見(1/2 ページ)

2019年、創業200年超の和菓子屋がマーケティングにAIを導入した。現場の勘や職人の経験が生きる業界で古い伝統を守りつつ新技術を取り入れて成長を続ける、老舗の挑戦を追った。

» 2020年02月17日 07時00分 公開
[藤本京子ITmedia]

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 東京都江東区亀戸に本店を構える船橋屋は、創業1805年(文化2年)。200年以上の歴史を持つ老舗和菓子店だ。創業時からの看板商品は、約450日もの間、乳酸発酵させた小麦でんぷんを蒸し上げて製造する「元祖くず餅」。現在でもその伝統は守りつつ、時代のニーズに合わせた商品やサービスに取り組んでいる他、八代目当主、渡辺雅司氏の革新的な経営手法も注目されており、新卒求職者の応募先としても人気が高い。

店内写真 船橋屋本店の店内には、吉川英治直筆の看板が掛けられている

 2019年4月、船橋屋は姉妹ブランド店である「船橋屋こよみ広尾本店」で、GMOクラウドの小売業向け店舗分析AI(人工知能)サービス 「Diversity Insight for Retail」を試験導入した。老舗企業による最先端AIシステムの導入は業界でも注目を集めた。同社が試験導入の結果から得たものは何だったのか。

企業文化の改革からAIの導入に至るまで

白鳥翔也氏 船橋屋の白鳥翔也氏

 船橋屋 営業企画部 運営課 課長の白鳥翔也氏は、Diversity Insight for Retailの導入を「これまで船橋屋が続けてきた変革の一環に過ぎませんでした」と語る。吉川英治直筆の看板を掲げ、芥川龍之介も愛用した老舗和菓子店というブランドはかけがえのないものだ。しかし「だからといって中にいるスタッフまで、わざわざ古い発想をする必要はない」というのが、当主の渡辺氏の考えだという。

 この考えの下、渡辺氏が主導して、まず国際標準化機構(ISO)の品質マネジメントシステム規格「ISO 9001」を取得。また、くず餅乳酸菌によるサプリメントの開発にも取り組むなどして、風土改革やイノベーションを進めた。この流れの中で、次のステップとして渡辺氏が目をつけたのがマーケティングだった。

 「船橋屋には『売るより作れ』という社訓があります。これは『ひたむきに良いものを作っていれば売れる。売ることよりも良いものを作ることに注力せよ』ということ。今でも大切にしている社訓ですが、渡辺は良いものを作るという重要な部分は守りつつ、マーケティングに関しては視点を変えていくべきだと考えています」(白鳥氏)

 船橋屋は現在、限られたマーケティング予算の中で顧客ニーズの把握や商品の見せ方の改良に取り組んでいる。顧客ファーストの視点を取り入れ、主力商品であるくず餅ならば、自社のこだわりをPRするのではなく、無添加で自然発酵させる製造工程の安全性や乳酸発酵食品ならではの健康効果など、顧客に役立つ情報を発信しているという。

 「昨今、単に良いものを作るだけでは商品は売れなくなっています。これまでのように自社の歴史や製造技術のこだわりを強調しても、それがお客さまの求めている情報であるとは限りません」(白鳥氏)

 こうした背景があったことから、船橋屋こよみ広尾本店におけるDiversity Insight for Retailの試験導入が決まった際も社内に抵抗や戸惑いはなかった、と白鳥氏は語る。「マーケティングにはデータが欠かせませんから」(同氏)。

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