「PoC貧乏」の実態が調査で明らかに 5年前にDXをスタートした企業の65%が「まだPoC未満」IT革命 2.0〜DX動向調査からインサイトを探る

デジタルトランスフォーメーション(DX)に早期に着手した企業に、時間の経過と共に困難が降りかかる状況が明らかになりました。PoCの認識も企業間で異なっており、もしかしたらDXをスタートする前から明暗が分かれ始めていたのかもしれません。

» 2020年03月11日 08時00分 公開
[清水 博デル株式会社]

 従業員数1000人以上の日本企業におけるデジタルトランスフォーメーションの状況はどうなっているでしょうか。筆者が所属するDell Technologies(デル) インフラストラクチャ・ソリューションズ統括本部 データセンターコンピューティング部門は、日本企業を対象に「DX動向調査」を実施しました(注1)。本連載ではそこで得たインサイトを読者の皆さんと読み解いていきます。

 第1回では日本企業のDX推進状況を客観的に評価し、第2回ではさらに踏み込んで組織の中でDXを誰が推進しているのかを深堀りし、IT部門だけではなく幅広い部門がDXの推進に関心を持つ状況を見てきました。第3回の今回は、DX推進の先行企業が今どのような状況にあるかを見ていきます。調査ではDX推進を阻む問題が明らかになりました。

筆者紹介:清水 博(しみず ひろし)

デル株式会社 執行役員 戦略担当


 早稲田大学、オクラホマ市大学でMBA(経営学修士)修了。

 横河ヒューレット・パッカード入社後、日本ヒューレット・パッカードに約20年間在籍し、国内と海外(シンガポール、タイ、フランス、本社出向)においてセールス&マーケティング業務に携わり、アジア太平洋本部のダイレクターを歴任する。2015年、デルに入社。パートナーの立ち上げに関わるマーケティングを手掛けた後、日本法人として全社のマーケティングを統括。中堅企業をターゲットにしたビジネス統括し、グローバルナンバーワン部門として表彰される。アジア太平洋地区管理職でトップ1%のエクセレンスリーダーに選出される。産学連携活動としてリカレント教育を実施し、近畿大学とCIO養成講座、関西学院とミニMBAコースを主宰する。

 著書に「ひとり情シス」(東洋経済新報社)がある。Amazonの「IT・情報社会」カテゴリーでベストセラー。この他、ZDNet Japanで「ひとり情シスの本当のところ」を連載。ハフポストでブログ連載中。


・Twitter: 清水 博(情報産業)@Hiroshi_Dell

・Facebook:Dx動向調査&ひとり情シス


注1:「DX動向調査」(調査期間:2019年12月1〜31日、調査対象:従業員数1000人以上の企業、調査方法:オンラインアンケート、有効回答数:479件)。


日本企業に聞く「DXのスタート時期」はいつか

 デジタルトランスフォーメーション(DX)という言葉は2004年、ウメオ大学のストルターマン教授らの論文で生まれました(注2)。DXが日本で急速に広まったのはその10年後の2014年10月、世界的な調査会社ガートナーがデジタルビジネスを提唱したころのことです。早いもので既に6年の月日が流れています。IT戦略の指針となるキーワードとしても「バズワード」としても、長く使われている言葉だと思います。今ではかなりいろいろな場面でDXという言葉が使われ、日本国内でも一般的になじみがあるものになってきました。

 こうした時代の空気感の中、先の記事「44.1%の企業がDXのPoCフェーズ、日本企業は「DX夜明け前」なのか?」では、多くの企業が本格的なDX化に向けて評価期に入っていることをお伝えしました。2020年、筆者は日本企業にデジタルトランスフォーメーションの大きな波が押し寄せる可能性を感じています。

DXスタート企業の割合 図1 DXスタート企業の割合《クリックで拡大》

注2:"Information Technology and The Good Life", Erik Stolterman, Anna Croon Fors, Umea University, Information Systems Research Relevant Theork and Informed Practice, IFIP TC8/WG2 2004.


 DXは古くからあるキーワードですが、日本企業の皆さんが実際にDXをスタートした時期はいつでしょうか。調査ではこの点も聞いています。その結果、過半数の56.2%がここ2年間でスタートしていることが分かりました。

 昨今のDXへの注目を裏付けるかのように、日本全国の1000人以上の企業の半数以上が比較的最近DXをスタートしたと考えられます。一方、5年以上前からDXに着手していた企業も21.9%存在することが明らかになりました。

5年以上前にDXをスタートした企業の65.3%が「PoC未満」に滞留

 さて、調査で浮かび上がった「5年以上前からDXに着手する企業」21.9%の内訳はどうなっているでしょうか。

 第1回で紹介したデル独自の5段階の「DX推進指標」に照らしてみてみると、着手から5年が過ぎた現在も、3段階目であるPoC(概念検証)実施中の「デジタル評価企業」にとどまっている企業が多いことが判明しました。

 驚くべきことに、その内の65.3%が現在でも本格的な活用には至っていませんでした。成熟したデジタルプラン、投資、イノベーションを確立している4段階目の「デジタル導入企業」に到達していないのです。

5年前にDXをスタートした企業は今、どのフェーズにあるか 図2 5年前にDXをスタートした企業は今、どのフェーズにあるか《クリックで拡大》

ユーザー側も「PoC貧乏」状態に

 この数年で「PoC貧乏」という言葉がセンセーショナルに広まりました。 本来、PoC貧乏とは、大手企業がAIや新しいテクノロジーを用いたDXの実験的プロジェクトに着手して良い結果が出たとしても次のフェーズに進まず、PoCの支援に参画する先進的なベンチャー企業などのベンダーと依頼側との発注のプロセスが進まず、協力したベンダーが困ってしまう現象のことを指します。

 こちらも大きな課題ですが、今回の調査で明らかになった「多くの企業がPoCフェーズに滞留している」という結果を大手企業のIT部門の方と話をしたところ、「私たちの会社もPoC貧乏状態が続いている」とのコメントをいただきました。こちらの企業もDXプロジェクトをスタートして5年以上が経過しており、さまざまな試行錯誤しているのですが、まだ本格的なDX戦略に移行できない状態でした。

 当初数人の選抜チームでプロジェクトをスタートしたのですが、計画よりもPoCが長引いてしまい、効果を明確に説明できない期間が続いた結果、デジタル化を推し進めるのに必要な人材の増員確保が認められなくなってしまったようです。これではDX化はこう着状態になってしまっています。さらに悪いことが重なります。ここ数年起きている人材不足の波の影響で退職者が増え、虎の子であったデジタル化専任の人材も削られてしまい、既存システムの担当へ異動させられてしまうこともあったようです。人員のみならず予算についても大きな問題が生じていることが判明しました。

 このエピソードは個別のお客さまのお声ですが、PoCフェーズに滞留している企業は多かれ少なかれこうした状況に置かれているのではないかと筆者はみています。

 また、非常に多くの企業で、新規予算を獲得することではなく、今まで投資した予算の投資対効果の説明に苦慮しているようです。調査ではPoC滞留中の企業の40%で、DX化に向けての予算を削られていることも分かりました。予想以上にPoCが長期化することにより、DXのロジェクトチームの人材や予算は現状からのリカバリーが難しくなる一方です。

PoCの考えには大きなバラツキ

 DXの定義やスコープはさまざまで、共通した認識を得ることは難しい状態です。

 さらに、今回の調査によってDX以上にPoCの定義や範囲も企業によりさまざまだということが分かりました。

 期間についても認識がさまざまで、数週間や1カ月以内でPoCをやるべきとの意見もあれば、関連する複数のPoCを行い連結させ、全体で数年かけて実証実験を完結すべきとのコメントもありました。PoCが終わってからのパイロットプロジェクトやプロトタイプ構築期間も広義のPoC期間に含まれるとの認識も少なくありません。

 さらに、来るべきディスラプターに備えるため、PoCは従来のビジネスモデルを完全に破壊するようなものに挑戦すべきとの意見もあり、「10個PoCを実施して、1個成功すればいいもの」と指摘する識者のご意見もいただきました。しかしその一方、成功確率が高いことが見通せなければ、PoCを実現すべきではないと正反対の考えを持つ方もいることが判明しました。

 ピーター・ドラッカーは「成功1件につき99件の失敗がある。99件の失敗は、話題にもならずに終わる」と著書『マネジメント』の中で述べています。誰しもが大きな成功に少々の失敗はつきものと思うでしょう。

 実際にデジタル化を推進する立場になって想定してみると、常に挑戦し続ける決断をできるのか不安になります。しかし、そこが5年以上も次のステップに進めない理由にもなるのかと考えさせるものでした。

 今回は、PoCフェーズを抜けられず「PoC貧乏」の“沼”にはまる日本企業の現状を見てきました。次回は少し視点を変えて、日本企業が遭遇した「20年前の失敗」の本質を考察し、現在のDX実現に生かすべきインサイトを探っていきます。

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