経済や社会の混乱が続く中、CIOをはじめとするITリーダーは何に取り組むべきか。ガートナーが発表した2023年に企業が取り組むべき10の「戦略的テクノロジーのトップトレンド」を見てみよう。
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ガートナージャパン(以下、ガートナー)は2022年11月1日、2023年に企業や組織にとって重要なインパクトを持つ10の「戦略的テクノロジのトップ・トレンド」を発表した。
「2023年は、新しいテクノロジーを今の目的のためだけにデリバリー(届ける)だけでは十分ではない」とガートナーの池田武史氏(アナリスト、バイスプレジデント)は述べる。では、どのような「目的」が重要になるのか。注目すべきトップトレンドとともに見ていこう。
池田氏によると、2023年は「新たなテクノロジーの導入だけでは十分とはいえない。今後、企業には持続可能性(サステナビリティ)という大きなテーマを踏まえた戦略が求められる」という。
「経済や社会の混乱が続く時期に組織を強化し、変化にしっかり対応し順応するため、CIO(最高情報責任者)やITエグゼクティブはDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進しながら、コスト削減だけでなく新たな形態のオペレーショナル・エクセレンス(企業が優位性を保つために事業活動の効果や効率を向上させること)を模索しなければならない」(池田氏)
2023年の戦略的テクノロジーのトップトレンドは、そのために重要なテクノロジーを「最適化」(Optimize)、「拡張」(Scale)、「開拓」(Pioneer)の3つのカテゴリーで整理している。
これらのテクノロジーは、ESG(環境、社会、ガバナンス)に対する期待や規制を受けて、持続可能性につながるテクノロジーであることが求められるという。
「今後のテクノロジー投資は、常に未来の世代を念頭に置きながら、その効果で環境へのインパクトを相殺できるように行う必要がある。企業が『サステナビリティ・バイ・デフォルト』を目指す必要性は増してきており、持続可能なテクノロジーは必須になる」(池田氏)
2023年の戦略的テクノロジーのトップトレンドは、下図の通りだ。
最適化を実現するテクノロジーとして挙げられたのは、次の3つだ。
デジタル免疫システムは、生物の免疫システムになぞらえてアプリケーション開発のあるべき姿を示す、ガートナー独自の概念だ。AI(人工知能)を活用した自律的なテストや外部からの攻撃などによって不具合が発生した際の自動修復などの導入を特徴とする。
具体的にはオブザーバービリティ(可観測性)やAI拡張型テスト、自動修復、カオスエンジニアリング、サイトリライアビリティエンジニアリング(SRE)、アプリのサプライチェーンセキュリティを組み合わせ、システムのレジリエンスを最適化するといったものだ。
池田氏によると、現在、デジタルプロダクトの責任を担うチームの76%は売り上げ創出の責任も担っている。そうした企業のCIOは、リスクの軽減や顧客満足度の向上を実現するとともに、高いビジネス価値を提供するためにチームで採用できるプラクティスやアプローチを模索している。こうした取り組みを後押しするのが、デジタル免疫システムだ。
2025年までにデジタル免疫システムに投資する企業は、機器やシステムがサービス停止になるダウンタイムを最大80%削減し、売り上げを拡大させるという仮説を同社は立てている。
オブザーバービリティの応用とは、ソフトウェアエンジニアリングで注目されているオブザーバービリティをビジネスの最適化に応用することだ。
昨今のデジタル化されたビジネスにおいてはログやトレース、API呼び出し、ユーザーのページ滞在時間、ダウンロード、ファイル転送の状況など、あらゆるアクションがデジタル化されたアーティファクト(生成データ)として観測可能だ。
観測可能なデータをプロセスにフィードバックすることでオペレーションを最適化し、組織の意思決定を迅速化できる。
オブザーバービリティの応用によって、企業はユーザーの行動データに基づき、適切なタイミングで適切なデータの戦略的重要性を高め、迅速な行動につなげられるようになる。
池田氏は「これらを戦略的に用いることで、競争優位を獲得できる。企業にとって、これはデータドリブンな意思決定の最も強力な源泉になる」と分析する。
AI TRiSMは、AIの信頼性やリスク、セキュリティ管理を総称する、ガートナーによる造語だ。
池田氏によると、これからの企業はAI TRiSMの観点で、AIの確実性や信頼性、セキュリティ、データ保護といった新しい能力を獲得する必要があるという。
AI TRiSMを獲得するためには、さまざまなビジネス部門が参加し、互いに協力しながら継続的にAI活動全般を最適化する施策の実行が重要になる。
しかし、現在、多くの組織はAIのリスクを十分に管理できていないとガートナーは見ている。米国や英国、ドイツで実施した同社の調査によると、AIによるプライバシー侵害やセキュリティインシデントを経験したことのある企業の割合は41%に上った。
同じ調査によると、AIのリスクやプライバシー、セキュリティを積極的に管理している企業ではAIプロジェクトの成果が向上している。こうした企業は、積極的に管理していない企業と比べてより多くのAIプロジェクトがPoC(概念実証)から実稼働に移行し、より多くのビジネス価値を達成していることも分かった。
拡張のカテゴリーに挙げられたテクノロジーは次の3つだ。
インダストリクラウドプラットフォーム(業界向けクラウドプラットフォーム)は、SaaS(Software as a Service)、PaaS(Platform as a Service)、IaaS(Infrastructure as a Service)を組み合わせて、業種別に特化した利用しやすい機能群を提供することで業界固有のビジネスユースケースをサポートする。
企業は、インダストリクラウドプラットフォームパッケージを利用して、差別化された独自のデジタルビジネスイニシアチブを組み立てることでアジリティ(機敏性)、イノベーション、市場投入までの期間の短縮しながら、ロックインを回避できるようになる。
池田氏は「2027年までに50%以上の企業が、インダストリクラウドプラットフォームを利用してビジネスイニシアチブを推進する」と予測している。
プラットフォームエンジニアリングはソフトウェアのデリバリーとライフサイクル管理を目的としたセルフサービス型の企業内開発者プラットフォームを構築、運用するためのテクノロジーだ。
プラットフォームエンジニアリングの目標は、複雑なインフラストラクチャを自動化し、開発者のエクスペリエンスを最適化することで、プロダクトチームによる顧客価値の提供スピードを迅速化させることだ。
池田氏は、「2026年までにソフトウェアエンジニアリングの実施企業の80%がプラットフォームエンジニアリングチームを結成し、そのうち75%がセルフサービス型開発者ポータルを取り入れる」と予測している。
ワイヤレスにはさまざまなテクノロジーがある。特定のテクノロジーが支配的になることはないが、企業はオフィスのWi-Fiからモバイルデバイス向けの4Gや5G、低消費電力のLPWAやRFID、NFCなどの近距離無線接続に至るまで、あらゆる環境に対応する幅広いワイヤレスソリューションを利用することになる。
池田氏は「2025年までに、60%の企業が5つ以上のワイヤレステクノロジーを同時に使用するようになる」と見ている。
こうしたワイヤレスソリューションの拡大によって、ネットワークは単に接続を提供するという段階を超え、組み込まれた分析機能を使って知見を提供するようになる。低電力のシステムがネットワークから直接エネルギーを取得することも可能になる。これによってネットワークがビジネス価値の高いサービスを提供できるようなるという「ワイヤレスの高付加価値化」につながる。
開拓のテクノロジーに挙げられたのは次の3つだ。
スーパーアプリとはアプリやプラットフォーム、エコシステムの機能を1つのアプリケーションに統合したものを指す。独自機能を持つだけでなく、サードパーティー向けに独自のミニアプリを開発し、公開するためのプラットフォームも提供する。
池田氏は「2027年までに世界の人口の50%以上が複数のスーパーアプリを日常的に頻繁に利用するようになる」と予測している。
現在のスーパーアプリにはモバイルアプリが多いが、コンセプト自体は「Microsoft Teams」や「Slack」などのデスクトップクライアントアプリにも適用できるという。
スーパーアプリの特徴は、顧客や従業員が利用している複数のアプリを統合して代替できることだ。特定用途のアプリの提供が新たなエコシステムを形成することも重要なポイントだ。池田氏は「そこから新たなビジネス機会を発展させることもできる」と指摘する。
アダプティブAIとは、AIを「進化するAI」として変化に適用させるアプローチを指す。開発当初には予測、利用できなかった実世界の環境の変化に迅速に対応するため、継続的にモデルを再トレーニングし、新しいデータに基づいて実行時や開発環境内で学習する。
これまでのAIでは限界のあった変化への対応や限定的な学習機会を、自ら学ぶAIに進化させることで、より高度な自動化を目指す。アダプティブAIは外部環境の急激な変化や企業目標の変化に対して最適化された対応が要求されるオペレーションに適している。
ガートナーは、メタバースを「仮想的に拡張された物理的現実とデジタル化された現実の融合によって創り出される集合的な3D仮想共有空間」と定義している。
メタバースは、継続的なイマーシブエクスペリエンス(没入感)を提供するものであり、デバイスに依存するものでも単一ベンダーが所有するものでもない。メタバースは、暗号資産やNFT(非代替性トークン)によって、独立した一つの仮想経済圏を形成する可能性もある。
池田氏は「2027年までに世界の大企業の40%以上が、収益増加を目的としたメタバースベースのプロジェクトで、Web3やAR(拡張現実)クラウド、デジタルツインを組み合わせて使用する」と予測している。
持続可能なテクノロジーは環境社会、ガバナンスの持続可能性をサポートするテクノロジーのフレームワークであり、2023年の戦略的テクノロジートレンド全体に通底するものだ。
企業は、自社が利用するITのエネルギーや資源の利用の効率化、トレーサビリティー、アナリティクス、再生可能エネルギー、AIなどのテクノロジーによって自社ビジネスに関わる持続可能性を向上させるとともに、顧客企業の持続可能性目標の達成を支援するITソリューションを展開することが求められる。その実現に必要なのが、「持続可能なテクノロジー」というフレームワークだ。
ガートナーの調査によると、CEO(最高経営責任者)に投資家が優先する課題トップ3を尋ねたところ、「利益」と「収益」に次いで「環境と社会の変化」が挙がった。持続可能性の目標を達成するために、ESGの需要に対応する革新的なテクノロジーへの投資を拡大する必要がある。
ガートナーの池田氏は「テクノロジートレンドの全てをすぐに導入すべるきといったプレッシャーを感じる必要はない。しかし、チャレンジしなければ、これからの時代に取り残されることなる。自社のビジネスに関して、どのトレンドを優先して取り組むべきかといった戦略を示し、経営の一端を担うことがCIOの役割だ」と説明する。
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