AppleがSpotifyに敗れた“本当の理由”デジタル変革成功のメソッド どこから挑む? どこから変える?

「DXを成功させるために何から着手すべきか?」――この悩みに、DXの現場の苦労を良く知る筆者陣が、目的の設定や人材育成、データ活用などのさまざまな観点から答える連載がスタートした。初回は、音楽配信サービスのシェアを巡ってAppleがSpotifyとの戦いに敗れた事例を交えながら、DXを考える上で「いの一番」に知っておくべきことを紹介する。

» 2022年11月09日 09時00分 公開
[村上和彰豆蔵]

この連載について

 現代の全てのITリーダーや経営者の悩みは、おそらく「デジタル時代にビジネスを成功、成長させるためにいま我が社が挑戦すべきことは?」ということだろう。言葉を変えると、「デジタル変革(DX)を成功させるために何から着手すべきか?」ということになる。

 本連載では上記の悩みに答えることを目的に、DXのコンサルタントを務める筆者陣がDXの目的と戦略の策定から、人材育成、システム構築と運用まで、DX成功の下地となる知識を体系的に解説する。「ITツールを入れてみたけれど、なぜか使われない」「そもそもDXの定義がよく分からない」「従業員にどのようなスキルを身に付けさせるべきか」など、ITリーダーや経営者が変革の現場でよく抱く疑問にも事例を交えながら答える予定だ。なお、ここではDX を「デジタル時代に有効な事業経営、企業経営に変革し、かつ変革し続けること」と定義する。

筆者紹介:村上和彰 豆蔵デジタルホールディングス 社外取締役 DXパートナーズ シニアパートナー & 代表取締役 国立大学法人九州大学 名誉教授 事業構想大学院大学 客員教授 長崎県デジタル戦略補佐監 京都大学博士 (工学)

1987年より九州大学にてコンピュータシステムアーキテクチャの教育研究に従事、2015年末に早期退職。その間、情報基盤研究開発センター長、情報統括本部長、公益財団法人九州先端科学技術研究所副所長を歴任。2016年2月に株式会社チームAIBODを創業、多くの企業のAI導入、データ利活用、DXを支援。2020年4月に株式会社DXパートナーズを創業。2022年6月に豆蔵デジタルホールディングス社外取締役、2022年11月に長崎県デジタル戦略補佐監に就任。

AppleとSpotifyの勝敗を分けたものは何だったのか

 DXを成功させるために何から着手すべきか――。この悩みに答えるためには、まず以下の観点でDX と真正面から向き合う必要がある。

  • なぜ変革か(DXのWHY)
  • どう変革するか(DXのHOW)
  • 変革のために何を行うのか(DXのWHAT)

 初回である本稿のテーマは「DXのWHY:なぜ変革か?」だ。かつてAppleの音楽配信サービスがSpotifyとのシェア獲得競争において敗れた例を交えながら解説する。

 最近はメディアで「DX」という言葉を見ない日はなく、各所で変革の必要性が叫ばれている。一方で「そもそもなぜ変革しなければいけないのか」ということを簡潔に示す情報は少ないようだ。この疑問に立ち返ることはDXの戦略を立てる上で欠かせない作業になる。「なぜ変革か」という疑問に対する簡潔な答えは、以下の5つの理由でデジタル時代の事業経営、企業経営がアナログ時代に比べて困難になったからだといえる(図1)。

図1 「DXのWHY:なぜ変革か?」に対する5つの理由(出典:豆蔵)

理由1 顧客価値体系の変化とエコノミーの変遷

 デジタル技術の普及により、顧客の消費行動が大きく変わった。顧客の消費行動に影響を与える「顧客価値」には(1)使用価値、(2)交換価値、(3)知覚価値、(4)体験価値の4種類がある。モノ消費からコト消費へと言われるように、近年この4つの価値のうちでも(4)価値体験の重要性が増している。これに加えてデジタル技術が普及し、顧客接点でさまざまな施策が可能になったことで、「CX(顧客体験) 向上」を重視する企業が増えている。さらに最近は新しい顧客価値として価値観そのものへの共感が消費のきっかけとなる(5)共感価値も指摘されている。体験や共感が重視される中で、どのようにして顧客に提供価値を訴求すれば良いかの道筋が見え難くなってきている。

 加えて、顧客の消費行動の“場”である従来のマーケット(市場)エコノミーに加えて、エコシステム (生態系) エコノミー、コミュニティー(共同体)エコノミーと言った新しいエコノミーが登場しており、どのエコノミーで事業を行うかの選択が難しくなった。さらには、自ら“場”をつくるという選択肢も考慮に入れる必要が出てきた。

理由2 顧客価値を実現するための選択肢の多様化

 デジタル技術の登場により事業者が顧客への提供価値を製品やサービスとして具現化する際の選択肢が、飛躍的に増大した。これは事業者にとってうれしい悲鳴ではあるが、同時に、どの選択肢を選択すれば顧客に選好してもらえるのかの判断が難しくなった。

理由3 事業環境の変動・変化の激しさ

 近年の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による影響をはじめ、VUCA(Volatility、Uncertainty、Complexity、Ambiguity)、SDGsなど、事業を取り巻く環境は目まぐるしく変動しており、それに対応した事業経営、企業経営のかじ取りが要求されている。

理由4 デジタル破壊者の出現可能性

 業種業態を問わずいずれの業界にも“デジタル破壊者”が出現する可能性がある。デジタル破壊者が出現して迫られて変革するよりも、先手を打って変革することが求められている。

理由5 事業前提が水面化で大変化

 事業が成立する前提条件がデジタル技術の進化とともに、事業者が気付かないうちに水面化で大変化している。上記のデジタル破壊者も既存事業の事業前提とはまったく異なる前提で事業を創出、業界破壊しているものである。

 デジタル時代の事業者には、自らどのような事業前提を定めて事業創出・経営するかが問われている。

 ここで既存事業としてAppleのかつての音楽配信サービス「iTunes Music Store」と破壊者(ディスラプタ―)としてスウェーデンの「Spotify」の例を見てみよう。ご承じの通り、Appleの音楽配信サービスは現在「Apple Music」に変革したのだが、その背景にはiTunes Music StoreとSpotifyの戦いに前者が破れたことが挙げられる。その一番の原因は両者の事業前提の違いにある。

 一般に両者の事業前提の違いとして、ダウンロード型 vs.ストリーミング型を指摘する向きがあるが、もっと大きな違いがある。それは、事業者(AppleないしSpotify)および顧客との関係性に関する前提だ。図2の左側で示すように、Appleの事業前提は事業者のiTunes Music Storeを中心(ハブ)に据え顧客と1対1につながるハブアンドスポーク型の関係性を前提にしている。これはそれまでのレンタルCDショップが前提としてきた事業モデルに他ならない。事業者と顧客とは楽曲そのものを介してつながる。

 一方、図2の右側がSpotifyの事業前提だ。事業者のSpotifyはハブではなく一歩引いて、顧客どうしを完全結合するプラットフォーマに徹する。これは同社がサービスをローンチした2008年当時にポピュラーになっていたFacebookをはじめとするSNSの影響を受けたものだ。顧客同士は楽曲そのものではなく、各自が作成したプレイリストを介してつながるところもiTunes Music Storeとは大きく異なる事業前提といえる。デジタル時代の事業者には、自らどのような事業前提を定めて事業創出、経営するかが問われている。

図2  iTunes Music StoreとSpotifyの事業前提の違い(出典:豆蔵)

 以上述べたように、DXをきっかけに、さまざまな産業において顧客が変わり、顧客の消費行動も変わり、事業者の事業活動の選択肢が増え、事業環境の激変した。いつなんどき業界破壊が起きるか分からず、そしていまの事業が成立するための前提条件も気付かないうちに大きく変化する可能性がある。このような状況で「変革しない」という選択をする事業者はいるだろうか。 Oracle創業者のラリー・エリソンも言っている。「この世界では、何もしないことが一番大きなリスクになる」。

 最後に「変革で何を目指すのか」について、筆者は読者の皆さんに次の問いを発したい。

 「図3の左側に示したのは典型的な『アナログ時代のビジネス成長方程式』だ。デジタル時代に入って皆さんはどのようなビジネス成長方程式を描くだろうか」

 この問いに対する筆者の答えは第3回に示す。その前にぜひとも各自で答えを考えていただきたい。次回は、「DXのHOW:どう変革するか?」について語る。

図3 デジタル時代のビジネス成長方程式をどう描くか?(出典:豆蔵)

企業紹介:豆蔵

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