AIの進化が目覚ましい今、AIを前提とした世界で人とAIの役割分担をどう見直すかが問われています。AIがシステム開発に実装され、ユーザー企業自身がAIを利用して開発できる環境が整いつつある中で、SIerは生き残れるのでしょうか。
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これまでどの時代でも、時代に適応した者だけが生き残ってきました。
テクノロジーの急速な進化、経済見通しの不透明さ、地政学リスクの顕在化、そして前例なき気候変動――。これまでの経験や常識が通用しにくいこの時代は、まさに「新しい乱世」と言えるでしょう。
今、企業に求められているのは、混迷の中を生き抜いていくために必要な次の一手を見極める力です。
そのための羅針盤となるのが、経営とビジネスを根本から変革し得るエンタープライズITなのです。
本連載では、アイ・ティ・アールの入谷光浩氏(シニア・アナリスト)がエンタープライズITにまつわるテーマについて、その背景を深掘りしつつ全体像を分かりやすく解説します。「新しい乱世」を生き抜くためのITの羅針盤を、入谷氏とともに探っていきましょう。
生成AIの進化に加え、AIエージェントの実用化が現実のものになりつつあります。AIは、文章生成や分析を支援するツールの域を超え、一定の条件下では自ら判断し、タスクを実行し、その結果を踏まえて次の行動を選択する存在へと変わり始めています。
こうしたAIの振る舞いは、実験的な取り組みにとどまらず、業務やシステム、運用の中に組み込まれ、企業活動の在り方そのものに影響を及ぼし始めています。
それに伴い、人間の役割も静かに、しかし確実に変わりつつあるように見えます。人は、手順を細かく指示し、実行状況を管理する立場から、AIに対して意思や意図、目的、制約条件を与え、その振る舞いを設計・統制する立場へと移行し始めています。判断や実行の一部をAIが担うことを前提に、人とAIの役割分担そのものが見直されつつあると言えるのではないでしょうか。
筆者が在籍するアイ・ティ・アール(以下、ITR)では毎年、注目すべきIT戦略テーマを設定し、全アナリストが分野横断で議論を重ねながら中長期的な視点で予測を取りまとめています。その2026年版として発表した「ITR注目トレンド2026」は、まさに「AI」一色となりました。企業がAIを前提とし、ITモデルだけではなく経営モデルをも変革する時期がいよいよやってきたのだと思います。
本稿では、この「ITR注目トレンド2026」で示された戦略テーマを紹介しつつ、筆者の視点から、とりわけ重要だと考えるポイントを読み解いていきます。
ITRは「AIによる競争力創出」「ITマネジメントの高度化」「人材・知識の戦略的活用」の3つの視点から、2026年以降に企業が注目すべきIT戦略テーマを提示しています。
各テーマの概要は、ITRのプレスリリース『ITRが2026年に注目すべき11のIT戦略テーマ 「ITR注目トレンド2026」を公開』をぜひ参照してください。
3つの視点から俯瞰(ふかん)すると、企業に求められる変化の方向性が見えてきます。それは、AIを個別業務の効率化ツールとして部分的に適用する段階を超え、企業活動全体の設計に組み込む前提として受け入れる動きです。
これまで多くの企業では、AIは業務プロセスの効率化や省人化を目的として導入されてきました。しかし、生成AIやAIエージェントの進化によりAIは人間の指示を待つ存在ではなく、一定の裁量を持って判断し、行動する存在へと変わりつつあります。その結果、人とAIの役割分担や意思決定のプロセス、責任の所在といった前提が徐々に見直され始めています。
2026年に問われるのは、AIを「どう使うか」という個別の活用方法ではありません。AIが前提となる世界において、企業をどのような構造で設計し直すのかという問いです。この問いに向き合えるかどうかが、IT戦略の成否を左右すると言っても過言ではありません。
その際、おそらくはITリーダー自身にも問いが突き付けられます。自社はAIをこれまでのツールの延長線上で扱おうとしていないか、AIが判断や実行を担うことを前提とした組織やプロセス、役割の再設計に踏み込めているか。IT部門とITリーダーは単なるIT管理者ではなく、企業全体の構造を描き直す役割を担う存在として、どこまでその役割を自覚し、取り組めているかが問われているのではないでしょうか。
「AIによる競争力創出」に含まれているテーマ群は、AIを単なるコスト削減や業務効率化のためのツールとして扱う発想から脱却し、競争優位そのものを生み出す原動力として位置付ける考え方を示しています。ここで重視されているのは、AIを導入するか否かではなく、AIを前提とした事業の進め方や価値創出のあり方へと、企業の思考様式を転換できているかという点です。
具体的には、アイデア創出や業務遂行、システム構築といった企業活動の中核領域にAIを組み込み、人とAIが協調しながら価値を生み出す構造をいかに早く、深く築けるかが競争力を左右するようになります。その意味で、「AIによる競争力創出」は個別施策の集合ではなく、企業の競争モデルそのものを問い直す戦略テーマだと言えます。
この考え方を最も端的に表しているのが、「人間の意図をベースにしたAI主導開発の推進」です。これは、人間が業務要件や設計を詳細に定義し、その内容を人手で実装する従来型の開発モデルからの転換です。人間は目的や制約、価値判断といった“意図”を示し、AIがそれを理解した上で設計や実装、テスト、運用までを一貫して主導する開発アプローチです。これをITRでは「意図駆動型AI主導開発」と定義しています。
生成AIの進化により、こうした役割分担が現実的な選択肢となりつつあることから、アプリケーション開発は段階的にこの方向に移行すると予測しています。
ユーザー企業が意図駆動型AI主導開発へとシフトすることで得られる最大の価値は、開発の生産性と品質を高い水準で両立させられる点にあります。テストケースの自動生成やコードレビュー支援などをAIが担うことで、人的ミスを抑制しつつ、一定水準以上の品質を安定的に確保しやすくなります。
その結果、開発サイクルは短縮され、後工程での手戻りも減少し、コストの圧縮につながっていきます。さらに、ビジネス部門が示す意図をそのまま開発に反映しやすくなることで要件解釈のズレが減り、IT部門のビジネス貢献度も高まることにもつながるものと筆者は考えています。
一方で、この変化はSIerのビジネスにも大きな影響を及ぼします。工程分業や多重下請け構造を前提とした従来型のSIビジネスは、AIが設計から実装までを担う意図駆動型AI主導開発と相性がいいとは言えません。
ユーザー企業側が“何を作るか”ではなく“何を実現したいか”を直接AIに伝えるようになる中で、SIerには単なる実装代行ではない価値が求められます。生き残りのためには、AIを前提とした開発支援、意図定義やアーキテクチャ設計への関与、さらには業務や事業レベルでの共創へと、ビジネスモデルそのものを変革していく必要があるのではないかと筆者は見ています。
後編では、AI前提時代にIT運用をはじめとするIT部門の業務の在り方はどう変わるのか、そしてAIと人間の役割の変化について考えます。
IT業界のアナリストとして20年以上の経験を有する。グローバルITリサーチ・コンサルティング会社において15年間アナリストとして従事、クラウドサービスとソフトウェアに関する市場調査責任者を務め、ベンダーやユーザー企業に対する多数のコンサルティングにも従事した。また、複数の外資系ITベンダーにおいて、事業戦略の推進、新規事業計画の立案、競合分析に携わった経験を有する。2023年よりITRのアナリストとして、クラウド・コンピューティング、ITインフラストラクチャ、システム運用管理、開発プラットフォーム、セキュリティ、サステナビリティ情報管理の領域において、市場・技術動向に関する調査とレポートの執筆、ユーザー企業に対するアドバイザリーとコンサルティング、ベンダーのビジネス・製品戦略支援を行っている。イベントやセミナーでの講演、メディアへの記事寄稿の実績多数。
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