デファクトスタンダードだった「VMware」がBroadcomに買収された後、多くの企業が混乱に見舞われました。同様の事態、あるいはさらなる混乱が起きる可能性もある中で企業はリスクに備えるために何をすべきでしょうか。
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これまでどの時代でも、時代に適応した者だけが生き残ってきました。
テクノロジーの急速な進化、経済見通しの不透明さ、地政学リスクの顕在化、そして前例なき気候変動――。これまでの経験や常識が通用しにくいこの時代は、まさに「新しい乱世」と言えるでしょう。
今、企業に求められているのは、混迷の中を生き抜いていくために必要な次の一手を見極める力です。
そのための羅針盤となるのが、経営とビジネスを根本から変革し得るエンタープライズITなのです。
本連載では、アイ・ティ・アールの入谷光浩氏(シニア・アナリスト)がエンタープライズITにまつわるテーマについて、その背景を深掘りしつつ全体像を分かりやすく解説します。「新しい乱世」を生き抜くためのITの羅針盤を、入谷氏とともに探っていきましょう。
BroadcomによるVMwareの買収とそれに伴う製品体系の変更は、IT業界に大きな衝撃を与えました。ライセンスモデルは永久ライセンスが廃止されてサブスクリプションに切り替えられ、製品はバンドル化されて購入できるパッケージが大きく制限されることになりました。
その影響でライセンスコストが急増し、経営層から説明を求められたIT部門からは戸惑いの声が上がりました。事実、アイ・ティ・アールにも多くのクライアント企業から不満や相談が寄せられました。
ITインフラを長年見続けてきたアナリストとして振り返っても、ここまで広範囲かつ短期間に混乱をもたらした出来事は初めてです。この件は、単なるベンダーの戦略変更にとどまらず、多くの企業のIT戦略を揺さぶり、「ベンダー依存によるリスク」という普遍的な課題を浮き彫りにしたといえるでしょう。
Broadcomは、これまでにもCA Technologies(以下、CA)やSymantecのエンタープライズ事業部門を買収してきました。そのたびに示されたのは、収益性を最優先し、製品ポートフォリオを整理・変更するという一貫した姿勢でした。
そうした意味では、VMware買収後の混乱は「予告」されていたともいえます。どういうことなのか、具体的にみてみましょう。
2018年のCAの買収でBroadcomはメインフレーム管理やIT運用管理のソフトウェア製品を取り込む一方で新規開発の拡張には踏み込まず、収益性の高いコア製品の販売に集中し、複数製品がバンドル化されました。販売を終了する製品もありました。また、ライセンスモデルやサポート契約条件の変更、値上げも実施されました。2019年のSymantecの買収でも同様の戦略が取られています。
このようにBroadcomのソフトウェア事業戦略は一貫しています。それは、製品の幅を広げることよりも、顧客が簡単に他社製品に乗り換えにくいコアとなる製品に投資を集中し、価格やサポートを見直しながら収益性を最大化するということです。
つまり今回のVMwareの件は突発的なものではなく、過去の買収の延長線上にあったと理解すべきです。こうした収益性重視の戦略は株主に対して責任を負う企業としては当然という側面があり、Broadcomに限らず他のベンダーも同様の方針をよく取っています。
では、CAやSymantecの事例によってBroadcomの買収後の戦略のパターンが示されていながらも、なぜVMwareではこれほどまでに大きな混乱となったのでしょうか。
一つには、VMwareの影響力が非常に大きかったことです。CAやSymantecの製品は一部の領域に限定されていたのに対し、VMware製品はさまざまなシステムを支えるITインフラの中核を担っており、シェアも大きくデファクトスタンダード(事実上の標準)になっていました。そのため、製品体系変更の影響範囲が桁違いに広かったのです。
もう一つは、多くの企業が過去のBroadcom買収を「ジブンゴト」として捉えていなかったことです。CAやSymantecの買収は「うちには関係ない」と片付けられ、「まさかVMwareは同じことにはならないだろう」という認識を持っている企業は多かったのではないでしょうか。そうした油断があったといえます。
そして、IT部門がベンダーマネジメントを軽視していた点も大きいでしょう。製品の将来性やベンダーの戦略に関する情報収集を怠っていた、あるいはSIerに任せきりにしていたため、変化の兆しを察知できなかったのではないしょうか。結果として「予測できたことを、予測しなかった」状態に陥ってしまったのです。
筆者もアナリストとして反省すべき点があったと考えています。買収報道が出ていた当時、買収後はどのような変化が予想されるかについて見解を求められることがよくありましたが、VMwareの影響力を考えたらCAやSymantecのような戦略は取らないだろうとたかをくくっていました。
しかし、実際は過去と同じ戦略が取られました。過去の買収を客観的に分析していれば、ある程度予測ができ、注意喚起できたのではないかと思っています。
この件で改めて突きつけられたのは、ベンダーロックインのリスクです。特定ベンダーへの依存によって短期的には安定性と効率性を得られますが、戦略やロードマップの変更が自社のIT環境を直撃するリスクは避けられません。ベンダーの経営判断一つで状況は一変してしまう――。そうした脆弱(ぜいじゃく)性が露呈しました。
だからといってロックインを完全に回避するのは現実的には難しいと言わざるを得ません。しかし、要件定義や設計の段階で「代替の選択肢を確保する」という意識を持つことは可能です。特定ベンダーに固執するのではなく、常に代替候補を検討する姿勢が重要となります。「Amazon Web Services(AWS)」や「Microsoft Azure」といったクラウドサービスでも同様です。利便性や豊富な機能に惹かれて利用を拡大すればするほど、抜け出すのは難しくなります。
保管するデータやサービスへの依存が高まるほど、他クラウドへの移行コストも高まり、交渉力が低下してしまいます。したがってオンプレミスに限らずクラウドでもロックインを前提にリスクに備えることが不可欠となります。
そのリスクの備えとなるのが出口戦略です。「長年使い続けて肥大化した環境は簡単に移行できない」という状況に陥らないためには、導入時点から脱出経路を想定しておく必要があります。
システム導入やリプレースの際には、代替製品への移行の容易性やそれを支援するツールの有無を評価しておくとよいでしょう。最初から複数ベンダーを比較検討し、マルチベンダー戦略を視野に入れることも重要です。全ての領域で二重投資するのは非現実的ですが、少なくとも「代替候補」を持つことで交渉力を維持できます。
出口戦略を意識することは単なるリスクヘッジにとどまりません。変化を前提に設計することで、システムや人材の柔軟性を高め、将来のモダナイゼーションや新技術導入に素早く対応できる体制を整えることにつながります。
今回のBroadcomによるVMware買収後のライセンス体系変更による混乱では、多くの企業のベンダーマネジメントの弱さも露呈しました。ここでいうベンダーマネジメントとは、契約や価格交渉だけでなく、製品の将来性やベンダーの事業戦略を把握し、自社への影響を適切に評価する活動全般を指します。情報収集をベンダーやSIerに任せきりにすると、変化の兆候を見逃しやすく、結果的に不利な条件を受け入れざるを得なくなります。
そのためには、主要ベンダーごとにロードマップや製品体系の変化を定期的に確認し、経営層への報告やIT部門で共有できる仕組みの構築が欠かせません。自社がどの製品やサービスにどの程度依存しているのかを棚卸しし、影響度を可視化しておく必要もあります。依存度が高い領域ほど代替策を早めに調査し、必要に応じてPoC(概念実証)などを実施し、現実的な選択肢を確保しておくことが重要となります。
ベンダーが毎年開催する年次イベントは、情報収集の場として非常に有益です。残念に思うのは、ユーザー企業のIT担当者の参加率が低く、SIerのエンジニアや営業担当者が多く参加している状況であることです。講演を聞いたりベンダーの担当者と直接会話したりすることで、インターネットでは得られない情報が多く収集できるので、積極的に参加することをお勧めします。
ベンダーとの交渉力は、こうした情報収集や準備の有無によって大きく変わります。「代替策がある」と示せる企業は強気で交渉できますが、選択肢がない企業は価格や条件の変更をそのまま受け入れるしかありません。つまりベンダーマネジメントは単なるコストや契約の管理ではなく、IT部門が企業の事業継続と競争力を守るための戦略的な取り組みと捉えるべきでしょう。
BroadcomによるVMware買収後に起きた混乱は、ベンダー依存のリスクを改めて浮き彫りにしました。大切なのは「予測できたかどうか」ではなく、変化は必ず起きるという前提に立って備える姿勢です。
今後もベンダーの戦略や市場の動向は不確実性が高く、今回と同じような事態、もしくはそれ以上の混乱が起こり得る可能性は十分にあります。IT部門は情報を自ら収集・分析し、出口戦略を常に意識しながら、突如訪れる変化に対して現実的な選択肢を迅速に提示できる体制を整えることが求められています。
IT業界のアナリストとして20年以上の経験を有する。グローバルITリサーチ・コンサルティング会社において15年間アナリストとして従事、クラウドサービスとソフトウェアに関する市場調査責任者を務め、ベンダーやユーザー企業に対する多数のコンサルティングにも従事した。また、複数の外資系ITベンダーにおいて、事業戦略の推進、新規事業計画の立案、競合分析に携わった経験を有する。2023年よりITRのアナリストとして、クラウド・コンピューティング、ITインフラストラクチャ、システム運用管理、開発プラットフォーム、セキュリティ、サステナビリティ情報管理の領域において、市場・技術動向に関する調査とレポートの執筆、ユーザー企業に対するアドバイザリーとコンサルティング、ベンダーのビジネス・製品戦略支援を行っている。イベントやセミナーでの講演、メディアへの記事寄稿の実績多数。
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