SIerとの「共創の時代」はまだ来ていない「不真面目」DXのすすめ

SIerは「共創」をうたう商品やサービスを多く提供しています。しかし、筆者は「SIerとユーザー企業との『共創の時代』は日本にはまだ来ていない」と言います。大きな成果が期待できる「共創」を、なぜ多くの日本企業は実現できていないのか、その理由に迫ります。

» 2022年11月18日 09時00分 公開
[甲元宏明株式会社アイ・ティ・アール]

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この連載について

 この連載では、ITRの甲元宏明氏(プリンシパル・アナリスト)が企業経営者やITリーダー、IT部門の皆さんに向けて「不真面目」DXをお勧めします。

 「不真面目なんてけしからん」と、「戻る」ボタンを押さないでください。

 これまでの思考を疑い、必要であればひっくり返したり、これまでの実績や定説よりも時には直感を信じて新しいテクノロジーを導入したり――。独自性のある新しいサービスやイノベーションを生み出してきたのは、日本社会では推奨されてこなかったこうした「不真面目さ」ではないでしょうか。

 変革(トランスフォーメーション)に日々真面目に取り組む皆さんも、このコラムを読む時間は「不真面目」にDXをとらえなおしてみませんか。今よりさらに柔軟な思考にトランスフォーメーションするための一つの助けになるかもしれません。

筆者紹介:甲元 宏明(アイ・ティ・アール プリンシパル・アナリスト)

三菱マテリアルでモデリング/アジャイル開発によるサプライチェーン改革やCRM・eコマースなどのシステム開発、ネットワーク再構築、グループ全体のIT戦略立案を主導。欧州企業との合弁事業ではグローバルIT責任者として欧州や北米、アジアのITを統括し、IT戦略立案・ERP展開を実施。2007年より現職。クラウド・コンピューティング、ネットワーク、ITアーキテクチャ、アジャイル開発/DevOps、開発言語/フレームワーク、OSSなどを担当し、ソリューション選定、再構築、導入などのプロジェクトを手がける。ユーザー企業のITアーキテクチャ設計や、ITベンダーの事業戦略などのコンサルティングの実績も豊富。

 筆者が所属するITRの最新調査(「国内IT投資動向調査報告書2023」)(注1)によると、DXに取り組んでいる国内企業は約半数に上ります。

 「DX関連ソリューション」と称するSIerが提供する商品やサービスも続々と増えています。それらにはいろいろなキャッチコピーが使われていますが、よく目にする単語の一つに「共創」があります。

 顧客と請負契約を結び、顧客が提示する要件に沿ったシステム開発を事業の中心に据えるSIerにとって、「共創」とはどういう意味なのでしょうか。

「共創」という名目で進むウォーターフォール型開発

 SIer(システムインテグレーター)が使う「共創」とは、「顧客とSIerが共同で新しい価値のあるビジネスやサービスを創造すること」を指していると思われます。実際にこのような志に基づき素晴らしい成果を挙げているSIerを筆者は幾つか知っています。しかし残念ながら、このようなSIerだけではないのが日本のSIer業界の問題です。

 「共創プロジェクト」という“うたい文句”で獲得したユーザー企業のDX案件を、「責任を持って最後まで開発する」という名目で、従来と変わらないウォーターフォール型の請負開発を進めているケースが多く存在します。

 要件定義、設計、開発、テスト、運用といった、システム開発の最初から最後まで責任を持って担当する請負開発はユーザー企業にとって、安心できる進め方といえます。しかし、DXでは、誰も発想しなかったような新しいビジネスアイデアを革新的なソフトウェアで具現化すべきです。その要件を「事前に明確に定義すること」は非常に困難です。

 「小さなアイデアを実際に稼働するソフトウェアで検証する」「方向修正しながら、アイデアを膨らませてより良いビジネスを練り上げる」といった繰り返し型のプロセスがDXプロジェクトでは必須です。

 そのためにはSIerとユーザー企業が同じ土俵で、アイデア出し、開発、検証、フィードバックというサイクルを回す必要があります。「共創の時代はまだ日本には来ていない」と言ってよいでしょう。

ユーザー企業が変わらなければSIerは変わらない

 複数のDXプロジェクトが並行して進行している国内ユーザー企業は多く存在します。多くのDXプロジェクトを自社のDX部門やIT部門だけで敢行するのは容易ではありません。開発にまつわる多く作業をSIerに任せることになります。

 SIerも数多くのDX案件を受注しているので、自社だけではそれらの案件をこなすことができません。これまでSlerは請負開発で「下請け」や「孫受け」への業務委託を当然のように行ってきました。DX案件でもこの「多重下請け構造」を採用することになります。

 前回の連載(注2)でも書いたように、日本のSI(システムインテグレーション)業界は上流設計や基本設計、詳細設計、実装、テスト、運用など機能役割別に担当企業が分かれていることが一般的です。下の階層の人は上の階層にいる人たちとコミュニケーションをとることすら許されていないケースも多くあります。

 このような階層構造が存在する体制でDX案件の開発が進んでいるのです。これでは「共創」などできるはずがありません。

 ユーザー企業が請負開発を選択するのは、開発上のリスクを負いたくないからです。しかし、新しいことに挑戦するDXプロジェクトが成功する確率は小さいという覚悟が必要です。そのリスクをSIerに負ってもらうためには膨大な時間と費用が必要になります。スピードが極めて重要なDXには致命的です。

 DXのようなリスクの大きなプロジェクトで、従来型のSIビジネスがうまく機能するはずがないのです。SIerと真に共創するためには、ユーザー企業が変わらなければなりません。

SIerと仲良くなろう

 その解決策は極めて単純です。「SIerと仲良くなること」です。

 読者の中には「いやいや、うちは長年付き合っているSIerと仲良くやっている。コロナ禍前はしょっちゅう飲み会をしていたぐらいだ」というIT部門の人もいるでしょう。「長年担当しているユーザー企業はとても仲良くしてくれる」と感じているSlerも多いと思います。

 しかし、冷静に振り返ってください。ユーザー企業であれば、SIerが提出した見積書を不審に感じたことはないでしょうか。Slerは、顧客の要求を「わがままだ」と感じたことはないでしょうか。

 DXプロジェクトにおいて、SIerとユーザー企業が共創体制で新しいビジネスやサービスを創り出すことは極めて重要です。そのためには、表面的な付き合いではなく、真の友人関係を構築する必要があります。

 ユーザー企業は買い手だからといって横柄な態度や無理な要求を押し付けてはいけません。SIerは売り手だからといって卑屈な態度で顧客の言いなりになる必要はありません。また、SIerは教師ではないので自分たちの意見ややり方だけをユーザー企業に押し付けるべきではありませんし、ユーザー企業は生徒ではないのでSIerの教えを忠実に守る必要はありません。

 共創は、相手方を「同じゴールに向かう仲間」と見なすことから始める必要があります。基本的に売り手と買い手に上下関係はありません。単に提供する役割と購入する役割に分かれているだけです。

 相手を心から信頼して尊敬すること、互いに成長する関係になることが大事です。これは、DXプロジェクトにとどまらず夫婦や家族、友人関係も同じだと思います。

 「信頼、尊敬、相互成長ができない関係は悲しい」と筆者は考えています。SES(システムエンジニアリングサービス)企業を含めた複数のSIerとの共同プロジェクトであっても、階層のあるチームにせずに、信頼や尊敬、相互成長が成立する体制を、ユーザー企業がイニシアチブをとって構築すべきです。

 これが実現できれば、SIerと長く楽しくつき合い、素晴らしい共創の成果を獲得できると筆者は信じています。

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