「DXを成功させるために何から着手すべきか?」――の悩みに目的の設定や人材育成、データ活用などのさまざまな観点から答える本連載。第2回となる本稿は「売れそうな服を作る」という事業前提を破壊して、売り上げ世界一のアパレル企業となったZARAの例を挙げて、DXの具体策を考える。
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現代の全てのITリーダーや経営者の悩みは、おそらく「デジタル時代にビジネスを成功、成長させるためにいま我が社が挑戦すべきことは?」ということだろう。言葉を変えると、「デジタル変革(DX)を成功させるために何から着手すべきか?」ということになる。
本連載では上記の悩みに答えることを目的に、DXのコンサルタントを務める筆者陣がDXの目的と戦略の策定から、人材育成、システム構築と運用まで、DX成功の下地となる知識を体系的に解説する。「ITツールを入れてみたけれど、なぜか使われない」「そもそもDXの定義がよく分からない」「従業員にどのようなスキルを身に付けさせるべきか」など、ITリーダーや経営者が変革の現場でよく抱く疑問にも事例を交えながら答える予定だ。なお、ここではDX を「デジタル時代に有効な事業経営、企業経営に変革して、かつ変革し続けること」と定義する。
1987年より九州大学にてコンピュータシステムアーキテクチャの教育研究に従事、2015年末に早期退職。その間、情報基盤研究開発センター長、情報統括本部長、公益財団法人九州先端科学技術研究所副所長を歴任。2016年2月に株式会社チームAIBODを創業、多くの企業のAI導入、データ利活用、DXを支援。2020年4月に株式会社DXパートナーズを創業。2022年6月に豆蔵デジタルホールディングス社外取締役、2022年11月に長崎県デジタル戦略補佐監に就任。
DX(デジタルトランスフォーメーション)を成功させるために何から着手すべきか――。この悩みに答えるために、第1回は「なぜ変革か」(DXのWHY)について考察した。第2回目の本稿は、「どう変革するか?」(DXのHOW)をテーマについて語る。
「どう変革するか」という疑問の答えを見つけるには、“デジタル破壊”を起こした “デジタル破壊者”の事業経営とアナログ時代のそれとを比較してみるのが手取り早い。ここで売上世界一のアパレル企業ZARAと他大勢のトレンドファッション製造小売業(SPA)を例に、前者をデジタル破壊者の事業経営、後者をアナログ時代の事業経営として違いを比較してみよう。
Zaraは、現在でもトレンドファッション業界の常識となっている「売れそうな服をつくる」という事業前提を完全に否定した。つまり「6カ月先である翌々シーズンの流行を予測した上で、その流行予測に従って1シーズン分のアイテムを大量生産して、翌々シーズンに大量に売る」というサイクルから脱却したのだ。
代わりにZARAは何を事業前提に定め、それに沿って何をやっているのか。ZARAの事業前提を一言で言えば「売れる服をつくる」となる。すなわち、現在の流行と顧客の好みを的確に捕捉して、「いま確実に売れる服」を2週間という短期間でデザイン、生産、配送する。これを1シーズン中に1週間に2回のペースで繰り返して売り上げを増やす。その結果、成功率の裏返しである返品率も10%未満に抑えられているとされている。これを既存SPAと比較すると以下の表や図1の通りになる。
既存SPA | ZARA | |
---|---|---|
デザインから生産、配送までの速度 | 6カ月 | 2週間 |
頻度 | 3カ月に1回 | 1週間に2回 |
返品率 | 30〜50% | 10%未満(筆者の推定) |
Zaraのような変革を成し遂げるには何が必要なのか。筆者は、デジタル変革者になるために以下に挙げる「5つの変革」を行うべきだと考えている(図2)。それぞれ詳しく見てみよう。
デジタル時代にビジネスを成功、成長させるには、まずその像をデジタル時代に適したビジネスの像に変革する必要がある(図3)。
デジタル時代に適したビジネスの像はアナログ時代のそれとは大きく異なる。まず、アナログ時代のビジネスモデルは、(1)我が社の商品やサービスを購入して欲しい顧客は誰かという顧客の視点、(2)その商品やサービスで顧客のどのような問題を解決するのかという顧客価値の視点、(3)どのような形で収益をあげるのかという収益モデルの視点、(4)ビジネスを回していくための必要な能力や仕組みや仕掛けは何かのケイパビリティの視点の4つから成っていた。
デジタル時代のビジネスモデルにはこれらに、(5)顧客からどのようなデータを取得するかというデータの視点、(6)それらのデータを基に顧客とどのような相互作用を行うかというコミュニケーションの視点が加わる。さらに、前述した(4)ケイパビリティの視点に「データから得た知見を顧客とのコミュニケーション、そして顧客価値に変換する能力」と「デジタル技術とデータを前提に高速、高頻度、高成功率で顧客価値を創造する能力」が追加されたことは、留意すべき相違点だ。前述したZARAも「デジタル技術とデータを前提に高速、高頻度、高成功率で顧客価値創造」に変革して大成功した企業の一つといえる。
加えて、第1回に、AppleのCDレンタルショップのEコマース型音楽配信「iTunes Music Store」が、プレイリストを共有するSNS型の音楽配信という新たな事業前提を確立したSpotifyにシェア獲得競争で敗れたという事例で述べたように、ビジネスを囲む枠組みである事業前提を明示的かつ戦略的に策定することが必須となる。
デジタル時代においては、ビジネスとデジタルの関わり方、そしてビジネスとデータの関わり方をそれぞれ変革する必要がある。
「ビジネスとデジタルの関わり方」は以下のモードに分類される。
モードAはアナログ時代の経営資源やビジネスプロセスをそのまま踏襲している状態だ。
経営資源の一部をこれまでのアナログリソースからデジタルリソースに置換する。
製品やサービス、ビジネスプロセスにデジタル技術やデータを活用する。
現状の常識や事業前提を疑い、破壊する。デジタル技術とデータに基づく新たな事業前提を設定して、顧客価値を創造する。既存事業を深化、変革したり、あるいは新規事業を探索、創出したりする。
上記の定義に従えば、AppleのiTunes Music StoreはモードC、一方、SpotifyはモードDということになる。
もう一つの 「ビジネスとデータの関わり方」 は以下のモードに分類される。
モード0は、データが社内に散在しているなどの理由で、活用できる状態にない。
モード1では、IoTの導入の他、データレイクやデータウェアハウス (DWH)、データマート、カスタマーデータプラットフォーム(CDP)といったデータ基盤を構築して、データ収集や蓄積、連携を可能にする。次に、BIツールの導入、ダッシュボードの利用、Pythonを用いたデータ分析などを実施して、データを可視化する。
データを用いた予測、分類を実施する。例として機械学習による需要予測モデルや、深層学習を用いた良品と不良品自動分類モデルの生成とそれらの活用などが挙げられる。次に予測結果のデータに基づいて、経営における複数の選択肢から1つの最適解を選ぶといった判断や意思決定を下す。
モード3では、データを生かして顧客価値を創造する。Googleの検索エンジンが入力された語からユーザーの関心を予測して、広告をパーソナライズしていることや、Amazonが過去の購入履歴や閲覧履歴に基づいて、各ユーザーにお勧めの商品をレコメンデーションしていることが具体例として挙げられる。
データによる判断を顧客価値につなげられたら、今度はより多くのデータを収集できる仕組みづくりに投資する。例として、Uberでは同乗する人同士の信頼感を確保するために、お互いの評価データをスマホアプリで収集するためのシステム開発に投資している。
メディアなどで「データ活用」の重要性が叫ばれているが、いま企業で行われているデータ活用プロジェクトの多くは上記の基準に照らすと、モード1のデータを「集めて見る」からモード2のデータを基に「予測する」というフェーズに属している。事業者はその先の段階として、予測したデータに従って「判断する」、データを生かして「顧客価値を生む」のステップを見据えた上でシステムに投資することが望ましい。
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