アナログ時代の事業創出法の決定打である“リーンスタートアップ”や“デザイン思考”もデジタル時代に入り、限界が見えてきた。なお、リーンスタートアップとは、コストを最小限にしながら短期間で試作品を作り、前例のない新しいビジネスを創造することを目指すマネジメント手法のことだ。デザイン思考とは、デザイナーがデザインを行う際のプロセスを用いて顧客の問題を発見して、解決策を見つける方法論を指す。
まず、前回紹介したように近年は顧客価値の体系が変化して、「CX(顧客体験) 向上」を重視する企業が増えただけでなく、事業者そのものへの共感が消費のきっかけともなってきた。これによって、どのようにして顧客に提供価値を訴求すれば良いかの道筋が見え難くなってきている。さらに顧客の消費行動の場や顧客価値を実現するための選択肢が多様化したことで、どのエコノミーでどのような手段を使って事業を行うかの選択が難しくなってきた。
これを打破するには、リーンスタートアップの教義である「リソースと時間を使い切る前にイタレーション(反復)とピボット(軌道修正)を繰り返して、うまくいくプランを見つける」以上の方法は存在しない。
イタレーションは、アイデアなどの仮説をもとに新しい製品やサービスの企画を作成して、なるべくコストや時間をかけずに試作品を開発する「構築」、そして構築した試作品を少人数のアーリーアダプターに提供してその反応を見る「計測」、そして計測の結果をもとに一般顧客に受け入れてもらえるようサービスの改良に取り組む「学習」のステップを踏む。
しかしこれまでのリーンスタートアップの手法では、イタレーションを構成する「構築、計測、学習ループ」の割当単位が (1)CPF 、(2)PSF、(3) PMFと粗粒度で(ループが大きくなる)、1回のループの実行時間が長くなったり、ピボット (軌道修正) する際の手戻り先が不明瞭になったりする(図6)。
(1)CPF(顧客-顧客問題適合)
製品やサービスの提供対象である顧客とその顧客が解決したいと思っている問題が合っているかどうかの検証
(2)PSF (顧客問題-解決法適合)
顧客の抱えている問題とそれに対して事業者が提供しようとしている解決法が合っているかどうかの検証
(3)PMF (製品-市場適合)
事業者が提供しようと考える製品やサービスが目指す市場で受け入れられるかどうかの検証
この問題を解決するには、「構築、計測、学習ループ」自体をより細かい「仮説構築、検証ループ」に分解する必要がある。さらにこのループの割当単位も (1)事業前提仮説、(2)顧客仮説、(3)顧客問題仮説、(4)事業者課題仮説、(5)解決法仮説、(6) 顧客価値仮説と細分化することで、1回のループの実行時間を短くするとともに、同じ時間でより多くのイタレーションを繰り返して、かつ、軌道修正する際にどの仮説がダメだったかを明確にする方法が有効だ。結果として、高速、高頻度、高成功率で顧客価値を創造できる(図6)。
(1)事業前提仮説構築と検証
検討している事業が成立するための前提条件に関する仮説の構築と検証
(2)顧客仮説構築と検証
製品やサービスの提供対象である顧客に関する仮説の構築と検証
(3)顧客問題仮説構築と検証
顧客が解決したいと思っている問題に関する仮説の構築と検証
(4)事業者課題仮説構築と検証
顧客問題を解決するために事業者として何を行うかの課題に関する仮説の構築と検証
(5)課題達成法仮説構築と検証
事業者課題を達成するための解決法、すなわち、製品やサービスに関する仮説の構築と検証
(6)顧客価値仮説検証
事業者が提供しようと考える製品やサービスが目指す市場で受け入れられるか否かの検証
さらに別の限界として、リーンスタートアップやデザイン思考では事業前提に関する戦略を検討する場もなければ、検討するためのツールも存在しないことが挙げられる。これは両者が生まれたのがアナログ時代だったので致し方ないが、いまのデジタル時代では致命的な欠陥だ。
アナログ時代に事業前提を検討することなく、製品やサービスが顧客の問題と合っているかどうかの検証(CPF)に入れたのは、つくるべき製品やサービスがおおむね決まっていて、その提供先や顧客の消費行動の場も既存や新規を問わず従来型のマーケット(市場)エコノミーであったからだ。
しかし、前回考察した「なぜ変革か?」(DXのWHY)で述べたように、現在は「顧客価値体系の変化とエコノミーの変遷」によって、いまや消費活動の場はマーケットエコノミーだけではなく、エコシステム (生態系) やコミュニティー(共同体)などの新たなエコノミーに裾野を広げている。これらエコノミーは天与のものとは限らず、デジタル技術によって事業者自らがエコノミーを作ることが可能になった。
さらには、事業前提の設定によって事業の成否や成長の可否が決まることを忘れてはならない。SpotifyがCDレンタルショップのような「顧客と事業者が1対1でつながる」事業モデルを脱して、顧客同士がプレイリストを介してつながるプラットフォーマーとしての地位を築き、音楽配信サービスのシェアを獲得したことはその一例だ。重要な事業前提に関する検討を行わずして、デジタル時代の顧客価値創造さらには新規事業創出を行うことは危険極まりない。
事業前提とは、いわば「スポーツにおけるルール」のようなものだ。デジタル時代は、このルールが試合の最中に次から次へと変わるのが当たり前になった。これもデジタル技術のなせる技であるが、ルールが変われば、ルールに合わせて試合のやり方、つまりビジネスのやり方を変えるしかない。願わくは「ルールを変える側」になりたいものだ。「パーソナルコンピューティングの父」と称賛されるアラン・ケイも言っている。「将来を予測する最善の方法は、自分でそれをつくり上げることだ」――。
以上をまとめると、この章で言う変革とは「デジタル技術とデータを前提に高速、高頻度、高成功率で顧客価値創造」を核にした事業創出法に変革することとなる。
次回はDXを構成する「5つの変革」の残る2つ、「デジタル時代に適した “ビジネスの回し方” への変革」および「デジタル時代に適した “ビジネスの成長のさせ方” への変革」について紹介する。
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