産業用メタバースに集まる注目と疑問 製造業を大きく変えるその価値とは

Siemens USAのCEOであるバーバラ・ハンプトン氏が、産業用メタバースと製造の未来を語った。

» 2023年09月27日 08時00分 公開
[Jim O'DonnellTechTarget]

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 「製造担当者が工場にある機械を自宅からタブレットで操作する」「企業のサプライチェーンが仮想的に再現され、テストと分析がリアルタイムに行われる」

 これは「産業用メタバース」の2つの例だ。産業用メタバースは、物理世界と仮想世界をシームレスに融合させた仕事環境を指す。まだ初期段階にあるが注目が集まっている。

 ドイツの産業コングロマリットであるSiemensは、デジタルツイン(物理的な製品やプロセスのデジタル表現)や産業ソフトウェア、IoT、自動化などの技術を用いて、産業用メタバースを構築、運用すると公表している主要ベンダーの一つだ。

 MIT(マサチューセッツ工科大学)で2023年6月に開催されたカンファレンス「Enabling the Industrial Metaverse」では、Siemens USAのバーバラ・ハンプトン氏(社長兼CEO《最高経営責任者》)が講演に登壇し、「産業用メタバースとは何か」「その構築に必要な技術は何か」「産業用メタバースがほとんどの企業で実際に使われるようになるまでにどれ程の時間がかかるか」などが語られた。本稿はその内容をレポートする。

産業用メタバースに集まる注目と疑問 製造業を大きく変えるその価値とは

――産業用メタバースとは何か。

ハンプトン氏 ゲームや買い物、旅行といった活動を、仮想的に行えるツールを思い浮かべてほしい。産業メタバースは、製造業が抱える課題解決に向けてそのツールを適用しようというものだ。課題の一つに「製造環境が使う機械に精通した専門家不足」がある。限られた人材を、必要としている全ての場所に同時に派遣できないが、産業用メタバースであれば、世界に分散したエンジニアやデザイナー、オペレーターがコラボレーションできる。

 例えば、自社で最も高価かつ複雑な機器を操作する従業員に事前トレーニングを提供したいとする。従業員は、産業用メタバースの中で求められる仕事のやり方を身に付けることができる。

――産業用メタバースを構成する技術にはどんなものがあるのか。Siemensは何に取り組んでいるのか。

ハンプトン氏 フォトリアリスティックレンダリング(注1)に必要なハイエンドグラフィックス処理を実現する膨大なクラウドコンピューティングパワーがまず重要だ。メタバースはゲームの世界で注目を浴びたが、現在はハイテク分野で台頭している。包括的なデジタルツインは他分野にも越境しつつあり、「真の物理法則に従ったエフェクトを使いたい」と考えるエンターテイナーや映画製作者が増えていくだろう。Siemensは包括的なシミュレーションを、メタバースの構築を可能にするコンピューティングパワーやエッジコンピューティング、クラウドコンピューティング、AI(人工知能)とともに実現している。

――産業用メタバースを導入しているメーカーの例にはどんなものがあるのか。

ハンプトン氏 早くから導入している企業は、何らかのデジタルトランスフォーメーション(DX)を進めている企業や新規事業に乗り出そうとしている企業だ。例えば、ノルウェーの電池メーカーFreyrは、世界各国で年間200GWの生産能力を確保する計画を表明している。同社は各地で何が必要になるかを把握する必要があり、生産する電池や生産ラインをデジタルツインで構築、シミュレートした。

 これらを経て、同社は最終的に他の電池の3倍のパフォーマンスを発揮する電池を設計できた。この電池は生産工数が他の電池の半分で済み、生産サイクル時間が90%短縮されている。産業用メタバースに取り組み、デジタルツインを用いて「What-if分析」を行ったからだ。

――ほとんどの企業でこの変革が行われるまでにどのくらいの時間を要するか。

ハンプトン氏 既に多くの企業が産業用メタバースを導入しているが、零細メーカーなどはすぐに導入することはしないだろうし、全てのメーカーが導入するとは限らない。だが、全てのメーカーに当てはまる側面があり、それはデジタル技術を製造に活用するこの変革はERPへの移行とは全く別物だということだ。

 ERPは、いわば全ての患者が開胸手術を受け、古いシステムを新しいシステムに交換するというものだ。産業用メタバースはもっと漸進的で、まず美容整形を受け、続いてより包括的な処置を受ける。始めたいところから始め、スケールアップできる。ほとんどどこからでも手を付けられる。

――産業用メタバースで働く準備ができているワーカーは十分にいるか。それともスキルギャップがあり、対処する必要があるのか。

ハンプトン氏 難しい質問だが、工学博士はやはり必要だ。われわれが開発しているツールは、現実を反映したものでなければならないからだ。だが、ビデオゲームをするときのような直感的なUIを使う仕事もたくさんある。つまり、機械の操作でいえば工学の学位はいらない。また、スキルアップのコースも進化している。これは生涯学習の自然な一部として考えるべき問題だ。

――産業用メタバースのサステナビリティ(持続可能性)上のメリットにはどんなものがあるのか。

ハンプトン氏 はっきりしている。作る前にモデル化できることだ。作ってから実験する場合だと、実験の結果を基に変更を加えたくてもコストがかかりすぎる。そのため、まずはデジタルツインでシミュレートするのが賢明だ。「念には念を」ということだ。現実世界でいったんものを作り始めると変更コストが高くなり、軌道修正は難しい。

注1:非写実的なコンピュータグラフィックのレンダリングのこと。ノンフォトリアリスティックレンダリングともいう

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