大企業が「活きのいいスタートアップ」に投資したがるワケ CVCの“裏側”を覗くアナリストの“ちょっと寄り道” 調査データの裏側を覗こう(2/2 ページ)

» 2023年12月01日 07時00分 公開
[山口泰裕矢野経済研究所]
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CVCの“裏側”を覗こう その実態は?

 さまざまな手法やメリットについておおむね把握できたと思う。ここからCVCの実態に迫ってみよう。

 まずは「CVCの位置付け」だ。CVCは出資の成否に関係なく、スタートアップという「異質な文化」を取り入れる。場合によっては既存事業部門との軋轢(あつれき)が生まれる可能性もある。CVCをどう位置付けるかは、経営トップの“本気度”を社内外に示すことにもつながり、成否にも関わるだろう。

 既にCVCを手掛けている事業会社では、社内の関連事業部かCVC子会社かどうかに関係なく、新事業創出に向けて、スタートアップと事業部のハブとして位置付けられているケースが多い。社外情報をベースに業界で起ころうとしているダイナミズムや新しいビジネスモデル、市場興隆を把握し、社内に還元したり事業部とスタートアップとの共創に向けた取り組みを進めたりしている。

 事業会社によっては、社内におけるオープンイノベーション推進を目的として起業コンテストを実施し、経営層が審査員として参画することで本気度を明確に打ち出している。コンテストで選出された社内起業家がCVCを運営する事業部に異動し、事業の立ち上げに向けて計画を磨き込むなど、育成機関としての役割も担うケースもある。

実際の取り組み

 次は実際の取り組みを見てみよう。ここでは「ソーシングフェーズ」「投資フェーズ」「伴走支援フェーズ」の3つのフェーズに区分した上で、CVCの少し生々しい部分に触れてみたい。実態を見る上では対スタートアップ、対事業部の2つの視点から見る必要がある。対スタートアップは紙幅の都合に加えて既に多くの事例があることから、「社内の他事業部との関係性」というディープな部分に焦点を当てたい。

ソーシングフェーズ

 まずソーシングフェーズでは、テックスカウティングをはじめ、スタートアップの探索を進める一方、事業部向けには社内のオープンイノベーション推進に向けた企業文化の浸透を図る必要がある。スタートアップとの協業は、先述したように“異分子”を社内に入れることになる。短期目標の達成に忙しい事業部門は、関係構築を必要とする協業に後ろ向きな反応を示すケースも多い。

 そこでCVCメンバーはスタートアップのビジネスモデルや技術に関する情報提供や勉強会の開催など事業部門向けに認知拡大を図る。

 ソニーベンチャーズでは、中長期的な視点で周辺分野における新しい領域で、かつ盛況な領域を発掘し、少額出資を通じてグループのエンジニアとスタートアップ界隈(かいわい)で得た知見をシェアし、理解促進を図っている。

 また、企業が「イノベーションのジレンマ」に陥らないためには、どのようなダイナミズムが発生しているのかをいち早く把握して対応するためにもCVCの情報収集機能が重要となる。通常、多くのスタートアップの情報は資金調達が完了し、一定程度成長した段階に至って初めて各種メディアやイベントなどを通じて外部に認知が広がる。それ以前の情報は通常、VCなどの投資家ネットワークで流通しているため、事業会社は入手が難しいという非対称性がある。投資家ネットワークにいかに食い込むかが重要だ。

 オムロンベンチャーズは、外部に知られる前の投資家ネットワークで出回る情報を獲得するために、世界のイノベーションの集積地となるインサイダーネットワークで強いプレゼンスを持つVCを選択した。LP出資を通じて一般化していない情報や投資機会をいち早く入手するように努めているという。

投資フェーズ

 事業会社内CVCは少数精鋭であることが多い。案件管理や協業可能性の面でシードステージへの直接的な出資は難しいものの、アーリー〜ミドルステージを中心に数千万〜5億円程度の出資が多い傾向にある。背景には、協業可能性の観点から見た場合、ステージが初期であるほど具体的なプロダクトを保有していないケースが多く、事業会社として協業が難しくなるためだ。結果として上記ステージがボリュームゾーンになっている。なお、「1回投資して終わり」ではなく、多くの場合、追加出資が積極的に検討されている。

 出資は「直接出資」と「LP出資」に区分される。両者の違いは、事業会社側で投資の意思決定をするかどうかにある。直接出資は事業会社側で自らソーシングから評価や出資、その後のモニタリングに至るまで一連の流れを全て手掛けるパターンだ。LP出資は通常、VCがGP(無限責任組合員)となり、事業会社がLP(有限責任組合員)として出資する場合、業務執行はGP側の専権となるため、基本的にLPはGP側の投資の最終意思決定に関与できない。

 矢野経済研究所が取材した多くの企業では、基本的には次の図のような形で区分している。アーリーステージ以降は基本的に直接出資の対象となっており、シードステージ以前はLP出資で対応する事業会社が多い。なお、海外投資に際して、米国や欧州は支社で対応し、イスラエルやアジアなどについては各地域のVCにLP出資するケースが多い。

図表5 ステージ別で見たCVCの動き(出典:矢野経済研究所作成) 図表5 ステージ別で見たCVCの動き(出典:矢野経済研究所作成)

伴走支援フェーズ

 CVCならではの強みを発揮できるのが伴走支援フェーズだ。CVCは、主にスタートアップと社内の既存事業部門との橋渡し役(マッチング役)を担っているため、連携に際して目を付けたスタートアップのビジネスモデルや技術を事業会社に認知させることから始まる。マッチングに当たって、既存事業部門がスタートアップのビジネスモデルをすぐに理解し、既存事業との協業を始めるケースは稀(まれ)だ。

 そこでCVCは、事業部やグループ会社向けの勉強会を開催したり、連携シナリオを提供したりしながら、場合によっては積極的に介入して支援する。

図表6 伴走支援フェーズにおけるCVCの役割(出典:矢野経済研究所作成) 図表6 伴走支援フェーズにおけるCVCの役割(出典:矢野経済研究所作成)

CVCを手掛ける上での8つのポイント

 矢野経済研究所はCVCへの取材を通じて、8つの観点からCVCを手掛ける上でのチェックリストを作成して発表した。具体的には、戦略レベルとして「1.経営との握り」と、「2.事業共創にかかわる文化の醸成」の両輪をそろえる必要があると考えている。

 次に戦術レベルである。人材面は「4.事業部門とCVC/関連部署との役割分担」「5.キャピタリストの育成」「7.協業の推進」「8.人事異動への対応」を挙げた。技術・情報面では「6.ソーシングの強化」がある。そしてカネの面では「3.投資の意思決定スピードの確保」について必須要件を挙げた。

 本稿では8つのポイント全てを解説することは難しいため、図表7にまとめた。

図表7 8つのポイントの位置付け(出典:矢野経済研究所作成) 図表7 8つのポイントの位置付け(出典:矢野経済研究所作成)
図表8 CVCを手掛ける上での8つの必須要件(出典:矢野経済研究所、「コーポレート・ベンチャー・キャピタルの動向に関する調査を実施(2022年)」《2022年7月》より抜粋) 図表8 CVCを手掛ける上での8つの必須要件(出典:矢野経済研究所、「コーポレート・ベンチャー・キャピタルの動向に関する調査を実施(2022年)」《2022年7月》より抜粋)

おわりに

 CVCの“裏側”はいかがだっただろうか。現在、声高に叫ばれるオープンイノベーションの一つであるCVCは、経営トップのオープンイノベーションへの考え方や姿勢が色濃く表れる取り組みでもある。スタートアップという異質な文化やスピード感を取り入れるにはさまざまな障壁が立ちはだかるものの、時代の変化に対応するためにスタートアップとの協業の重要度は増している。

 しかし、1点見落としてはならない点がある。(CVCは)戦略的なリターンは中長期的な取り組みが多いものの、やはり存続する上では短期的な意味では一定程度のもうけ(=財務的なリターン、主に株式の売却益)を出すことが求められる。本稿でも述べたようにCVCでは戦略的なリターンがフォーカスされがちだが、企業である以上、もうけも重要だ。資金をどんどん投資に回せるほど景気は楽観視できない。

 そうした意味でも財務的なリターンが一定程度出ていることを前提条件とした上で中長期的な戦略的なリターンも追求しなければ、存続は難しいと筆者は考える。その点だけ最後に強調しておきたい。

筆者紹介:山口 泰裕(矢野経済研究所 ICT・金融ユニット 主任研究員)

2015年に矢野経済研究所に入社後、主に生命保険領域のInsurTechやCVCを含めたスタートアップの動向に加えて、ブロックチェーンや量子コンピュータなどの先端技術に関する市場調査、分析業務を担当。また、調査・分析業務だけでなく、事業強化に向けた支援や新商品開発支援、新規事業支援などのコンサルティング業務も手掛ける。


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