「10年で80億ドルは最低限」 オラクルが日本市場に巨額投資を決めた背景

日本オラクルは、国内のクラウド市場拡大に向けて、今後10年で約80億ドル(約1兆2000億円)以上の投資をすると発表した。来日したOracleのCEOのサフラ・キャッツ氏が戦略投資の背景を説明した。

» 2024年04月24日 07時00分 公開
[指田昌夫ITmedia]

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 日本オラクル(以下、オラクル)は2024年4月18日、国内のクラウド市場拡大に向けて、今後10年で約80億ドル(約1兆2000億円)以上の投資をすると発表した。

 日本で開かれたオラクル主催の年次イベント「Oracle CloudWorld Tour Tokyo 2024」で明らかにされたもので、イベントに合わせて来日したOracleのCEOのサフラ・キャッツ氏が戦略投資の背景を説明した。

クラウドで先行する3社に比肩する巨額投資を発表

 初来日となったキャッツ氏は、駐日駐米大使のラーム・エマニュエル氏とともに記者会見し、日米の経済協力強化の枠組みの中で日本市場を重視する姿勢を強く印象づけた。

(左)ラーム・エマニュエル氏、(右)サフラ・キャッツ氏(出典:筆者撮影)

 「Oracleの日本法人はすでに40年の実績を持つ特別な存在で、今回の投資はグローバルで見ても重要な決断だ。日本には今後非常に大きなテクノロジーへの需要が生まれると考えている」(キャッツ氏)

 クラウド事業に関する幅広い領域が投資計画の対象だ。AI(人工知能)の学習基盤としてのクラウドの能力向上を中心に、東京圏、大阪圏の2地域で展開する同社のデータセンターの拡充やクラウド運用、サポート、エンジニアリングチームの拡大などに充てられる。生成AIの登場などで急増するコンピューティングリソース、技術人材のニーズに対応することで、国内クラウドインフラ事業の成長を目指す。

 キャッツ氏は「Oracleにとって日本は最大の投資先であり、『Oracle Cloud』の初期段階から重点的に投資してきた。すでに国内には東京、大阪の2カ所にデータセンターがあり、日本政府とも合意をしている。また日本の企業とは、AIをはじめさまざまな領域で連携している。その点では今回は追加投資の意味合いが強い」と、日本市場への戦略的な狙いを強調する。

 Oracleが今回投資計画を発表した背景には、2024年以降ハイパースケーラーと呼ばれる大手クラウド事業者が日本への巨額投資を発表している状況がある。まずAmazon Web Services(AWS)が2024年1月、日本に対して2027年までに約2兆2000億円の追加投資を発表し、投資額ではトップを走る。続いてMicrosoftは同年4月10日、日本のAI、クラウド基盤増強に2年で約4400億円の投資を発表。Googleはその翌日、米国と日本をつなぐ海底ケーブルの拡張に約1500億円の投資を表明した。

 今回のオラクルの投資発表も、日本市場への継続投資を約束することで、競合に遅れることなく自社のエコシステム拡大を目指す狙いが見て取れる。

性能よりも顧客の課題解決に重点

 オラクルのクラウド事業は、クラウド版の業務アプリケーションとクラウドインフラの両面で進められているが、競合ベンダーと比べて市場参入が遅れていた。そこで、2019年に市場投入したクラウド基盤「Oracle Cloud Infrastructure」(OCI)は後発のメリットを生かし、競合を上回る性能と信頼性を備えるクラウドとして、ミッションクリティカルな用途に耐えることを前面にアピールしている。

 しかし、今回のイベントの基調講演でキャッツ氏が強調したのは、性能よりも「顧客重視」の姿勢だ。続いて登壇したオラクルの取締役 執行役社長の三澤智光氏のセッションも、顧客企業との対談形式に終始し、これまでとのスタンスの違いが印象に残った。

 その理由は、国内クラウド市場の変化にあると考えられる。コロナ禍のリモート需要もあり、もはや日本でもクラウドに対する企業の抵抗感は消えた。しかしそれでも、クラウドに移行が進まない業種、業務領域は多く存在する。オラクルはこれらのニーズに寄り添い、OCIであればクラウドの課題を解決できると説明することで、残された顧客に対応していこうとしている。

 先行する競合に対抗するには独自の差別化も必要だ。OCIは他のハイパースケーラーと比較して、自らの優位性が「分散クラウド」の開発思想にあると説明する。特に力を入れるのが「ソブリンクラウド」で、“耐えるITインフラ”としての能力だ。

 ソブリンクラウドは、端的に言えば「データ主権」を行使できるクラウド基盤であり、技術要件が国や域内の法律に準拠していると同時に、他国、他地域の法令や政治、紛争などの影響を受けずに運用できるクラウド(サービス)を指す。利用する域内のデータセンターで、データ保存とアプリケーションを含む全てのサービスを提供することで、有事の安全性を確保できる。

 昨今の世界情勢を踏まえても、特に政府機関や社会の重要インフラは、地政学的リスクと切り離して運用できることが重要要件だ。Oracle Cloudは、その能力をアピールする。

 オラクルはすでに、欧州連合(EU)圏ではドイツ、スペインに配置したデータセンターでソブリン条件を満たすクラウドを運用しており、米国や英国、オーストラリアの政府クラウドも運用、さらに米国では国家安全保障を目的とした「Isolated Cloud Regions」が稼働している。

 キャッツ氏は「Oracle Cloudの最大の特徴は高いセキュリティだ。日本への投資を推進させて、ソブリンクラウド、アイソレーテッドリージョンの構築を進める」と語り、自社クラウドの強みを生かして投資を推進させることで、日本政府、公共領域のクラウド事業者としてのポジション確立に意欲を見せた。

 OCIは、すでに日本政府が要件を定めるガバメントクラウド5社のうちの1社に認定されており、オラクルは今後、国内のソブリン要件対応をサポートするチームを強化すると発表した。三澤氏も「日本政府が重要インフラ事業と位置付ける金融や航空、鉄道、電力、ガスなどの14業種を重点領域としている」と話す。

 Oracle Cloudの信頼性については、ユーザー企業からも評価の声が挙がる。通信という重要インフラを担うKDDIは、基幹システムをOCIによってクラウド化することを決めた。同イベント基調講演に登壇した、同社の吉村和幸氏(取締役 執行役員専務CTO コア技術統括本部長)は「これまで他のパブリッククラウドに多くの業務をシフトしてきたが、基幹システムだけは怖くて手を出さずにいた。そこへOCIが出てきて、当社の要件を満たすことが分かり、移行を決断した」と語る。

巨額投資はパートナー企業に安心感

 ただ、日本企業のIT導入と運用は、外部のSIerに依存する割合が大きい。そのため、顧客が希望しても実装できるSIerが手配できなければ、OCIの導入は難しいのが現状だ。そこでオラクルでは、OCIを導入、運用するパートナー企業の開拓に力を入れている。

 発表されたもう一つの大きなニュースが、富士通とのOracle Cloudにおけるパートナーシップだ。富士通が国内で運用する自社データセンターに、Oracle Cloudのインフラを設置して、その再販と運用を担う「Oracle Alloy」のサービスを提供する。

 富士通との提携は、国内では野村総合研究所(NRI)に続く2社目の成果となる。Oracleが今回、日本のクラウド市場に対する長期的な投資を約束したことは、この2社以外の国内SIerが、Oracle Cloudへの対応力を高めるべきか判断する際に、強力な材料になるだろう。

 会見でキャッツ氏は「今回発表した80億ドルの投資は最低限だ。さらに投資額が増えたとしても私は驚かないし、それが日本にとって良い結果を生むだろう」と語った。巨額投資によって、政府、公共ビジネスの場からOracle Cloudの巻き返しが始まろうとしている。

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