「SAPはオンプレユーザーを置いてきぼりにしている」 パートナーシップ、新機能の発表から考える

SAPはビジネスAIと生成AIを活用したAIアシスタントの重要性を強調した。しかし、アナリストは、AIの強調は必ずしも顧客の状況に合致していないという。

» 2024年07月05日 10時00分 公開
[Jim O'DonnellTechTarget]

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 SAPは、「ビジネスAI」というコンセプトを基にしたパートナーシップおよび新機能を相次いで発表した。ビジネスAIとは、SAPのデータが特定の業界におけるAIの具体的な活用にどう役立つかを示すものだ。

 しかし、一部のアナリストは「AIへの注力は野心的だがオンプレミスの利用を続ける顧客を見落としている」「SAPはAIに少しばかり重点を置きすぎている」と指摘した。SAPのAIに関する取り組みとアナリストの意見を届ける。

オンプレユーザーはついていけない? AIとクラウドに注力するSAP

 2024年6月3日(現地時間)の週に開催されたカンファレンス「SAP Sapphire」において、顧客やパートナー向けの新たな取り組みが強調された。取り組みの多くに、2023年の秋に発表されたSAPの生成AIアシスタントである「Joule」が関係している。Jouleは、コード生成やデジタルツインの構築、在庫レベルの管理、他のAIアシスタントとのやりとりを支援するため、SAPのクラウドアプリケーションポートフォリオ全体に組み込まれている。

 SAPのクリスチャン・クライン氏(CEO)は、カンファレンスの基調講演で幾つかのパートナーシップを強調し、新しくAmazon Web Services(以下、AWS)のCEOに就任したマット・ガーマン氏や、台湾からリモートで参加したNVIDIAのCEOであるジェンセン・フアン氏もステージに加わった。

 しかし、アナリストは「AIへの注力は野心的なものであり、競争の観点から必要であるものの、クラウドに特化した内容であり、オンプレミスの利用を続ける顧客を見落としている」と語る。

 コンサルティング企業であるIDCのサイモン・エリス氏(アナリスト)は「本件が野心的であり、必要なのは理解できる。しかし、依然としてSAPの多くの顧客はレガシーなSAPシステムを利用している」と述べた。

パートナーシップにおいて重視される要素

 SAPは、NVIDIAのAIモデルを使用して、クラウド実装に関するSAPのコンサルティングデータをクロールする。これによって「RISE with SAP」を導入する際のベストプラクティスをJouleを用いたトレーニングによって利用できるようになる。

 また、開発者向けにSAPシステム向けプログラミング言語「ABAP」(Advanced Business Application Programming)のコードを生成するJouleをホスト、管理するためにNVIDIAのインフラストラクチャを利用し、「SAP Intelligent Product Recommendations」でデジタルツインを通じて製品の製造をシミュレートするために、「NVIDIA Ominverse Cloud API」を使用する。

 SAPのパートナーシップには、他にも次が含まれる。

Google Cloudとのパートナーシップ拡大

 Jouleと「SAP Integrated Business Planning for Supply Chain」を、Google CloudのAIアシスタントである「Gemini Models」および「Google Cloud Cortex Framework」のデータ基盤と統合し、企業がサプライチェーンの混乱を予測して対処し、在庫レベルを改善できるように支援する

Metaとのパートナーシップの拡大

 新しいAIモデル「Meta Llama 3」を使用して「SAP Analytics Cloud」における分析アプリケーションの生成を支援する

Microsoftとの新しいパートナーシップ

 JouleとMicrosoft 365の「Microsoft Copilot」を統合し、SAPシステムの企業データを「Microsoft Teams」や「Microsoft Outlook」「Microsoft Word」などのMicrosoft 365アプリケーションのデータと結び付ける。この「Joule-Copilot」の統合は2024年の後半に実施される予定だ

AWS Graviton4チップの使用拡大

 SAP Sapphireに先立ち、SAPとAWSは、「SAP HANA Cloud」の導入でより良いパフォーマンスや低コスト、より優れたエネルギー効率を実現するために、「AWS Graviton4チップ」の使用を拡大する計画を発表した。現在、SAPは「AWS Graviton3チップ」を使用している。

 また、SAPは「SAP Business Technology Platform」(SAP BTP)、「SAP Datasphere」、SAP Analytics Cloud、「SAP Application Lifecycle Management」を「AWS Graviton」で実行する計画を立てている

Mistral AIの大規模言語モデルの活用

 SAPは、Mistral AIが提供する新しい大規模言語モデルを生成AIのハブに追加する計画だ。

JouleがSAPアプリケーションの顔になる

 SAPは、「S/4HANA Public Cloud Edition」「S/4HANA Private Cloud Edition」「SAP Build」「SAP Build Code」「SAP BTP Cockpit」「SAP Customer Data Platform」「SAP Integration Suite」などの開発者向けアプリケーションをはじめとして、多数のSAPアプリケーションにJouleを組み込む予定だ。

 Jouleは、2024年末までに「SAP Ariba for procurement」、SAP Analytics Cloudなどの幾つかのサプライチェーンアプリケーションに統合される見込みだ。また、Jouleは、対応言語をフランス語やドイツ語、ポルトガル語、スペイン語に拡大する予定だ。

 クライン氏によると、Jouleの統合はルーティンワークのプロセスを容易にし、ナレッジワーカーが仕事に関連するタスクを実行する時間と正確さを向上させることを目的としている。

 クライン氏は基調講演で、「Jouleは本番環境に対応しており、全てのクラウド顧客に標準装備として提供される予定だ」と述べた。

 SAPは現在、SAPアプリケーションにJouleのユースケースを50以上組み込んでおり、クライン氏は2024年末までにこれを倍増させるつもりだ。

 AIやサステナビリティアプリケーションなどの新機能を活用するために、SAPの顧客はRISE with SAPを利用する必要がある。クライン氏は、クラウド移行のプロセスをさらに容易にするためにオーダーメイドのサービスである「next evolution of Rise」を紹介した。

 SAPは、RISE with SAPの既存顧客および新規顧客の全てにエンタープライズアーキテクトを割り当てるという。

 クライン氏は「このエンタープライズアーキテクトは、プロセスの簡素化などのステップを含む導入ライフサイクル全体を通じて、RISE with SAPの方法論に従って顧客を指導する」と述べた。

現実的というよりも野心的な取り組み

 エリス氏によると、AIに関連するSAPのメッセージは、現在のところ現実的というよりも野心的なものに見えるという。

 「企業はAIについて、非常に高いレベルの話をしているかもしれないが、それが広く活用されるという証拠はまだない」(エリス氏)

 エンタープライズ業界に関する調査を実施しているDiginomicaのジョン・リード氏(共同設立者)によると、「SAP Spend Management」や「SAP SuccessFactors HR」などのアプリケーションに組み込まれつつあるSAPのビジネスAI機能は、実際に課題解決に役立つため、顧客の共感を得られるはずだという。

 リード氏は「SAP SuccessFactorsのAI機能の一部は今すぐ利用可能であり、後から利用可能になる機能よりも顧客のメリットが大きい」と述べた。

 「基調講演ではいつも、問題を先送りしているように感じる。そして現在、多くの顧客はAIとは全く異なる思考プロセスを持っている。ERPシステムへの中核的な投資をどうするかが問題だ」(リード氏)

 これらの問題は開会の基調講演では取り上げられなかったが、カンファレンスでは顧客がさらに情報を得る機会があるとリード氏は指摘した。

 しかし、SAPはAIに少しばかり重点を置きすぎて、顧客の現在の問題をどのように解決するかという共感に欠けているという印象を与えるリスクがある、と彼は述べた。

 「彼らには、顧客がこうした問題に対処するのに役立つアイデアやプログラムがある。しかし、なぜERPのアップグレードを優先する必要があるのかなど、顧客は対処すべき正当な疑問を抱いている」とリード氏は語った。

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