「ITは環境にとってプラスになる」 SAPの持続可能性の責任者が語るワケ

SAPは、持続可能性の模範となり自社製品である排出量計算機などを活用して持続可能性を向上させたいと考えている。持続可能性に関する取り組みの責任者がテクノロジーが環境に与える影響について語った。

» 2024年08月21日 07時00分 公開
[David EssexTechTarget]

この記事は会員限定です。会員登録すると全てご覧いただけます。

SAP ソフィア・メンデルソン氏

 SAPは、ERP市場で特に高いシェアを誇り、年間売上高は338億ドルにのぼる。SAPのソフィア・メンデルソン氏(チーフ・サステナビリティ・コマーシャル・オフィサー)は、ITがもたらすプラスとマイナスの影響のバランスを取る活動を指揮している。同氏はコンサルティング企業のCognizantや航空会社のJetBlueで同様の役職を歴任した後、2023年9月にSAPに入社した。

 当時、持続可能性に関する取り組みはすでにSAPに定着していた。世界130カ国にオフィスを構えるSAPは、2014年から再生可能エネルギーを100%使用し、2030年までにネットゼロ(吸収量や除去量をふまえて、温室効果ガスの排出量が実質的にゼロであること)を達成するという目標を掲げている。近年、SAPは製品提供の中心に持続可能性を据えており、環境への影響を測定および管理し、ますます厳しくなる報告要件に対応するための製品をリリースしている。

 TechTarget編集部は、フロリダ州オーランドで開催されたSAPのカンファレンス「Sapphire 2024」でメンデルソン氏と対談し、テクノロジーが環境に与える影響について話を聞いた。

質疑応答で分かる、ITが環境にプラスになる理由

――SAPの持続可能性に関する最も重要な取り組みを教えてほしい。

メンデルソン氏: それは「持続可能性 1.0」から「持続可能性 2.0」への移行だ。持続可能性 1.0では世界中の市場や技術を総合的に見て、環境改善という第一の成果を追求する。持続可能性 2.0では、当初の成果を達成することに加え、複数のビジネスプロセスを通じて顧客のビジネスモデルを転換させる能力を追加する。

 私たちは、ERPを持続可能性の中心に据え、ERPはクラウドベースでAIを活用するものだと考えている。

――「Sustainability Control Tower」や「Green Ledger」のようなサステナビリティアプリケーションは、持続可能性 2.0をサポートするためどのように進化するのか。

メンデルソン氏: SAPのサステナビリティアプリケーションは、SAPスイートの一部であり、ERPの中核である「SAP S/4HANA」(以下、S/4HANA)に持続可能性を統合している。例えば、「SAP Sustainability Footprint Management」のようなツールを活用して、主力製品に組み込まれたエネルギーやプラスチック、水について理解できる。そこからSustainability Control Towerに進み、ERPの監査および管理システムを使って無数の規制に対応するために必要な全ての情報を一元化できる。顧客は、監査対応の短縮および迅速な価値の実現という利益を享受する。

 監査された正確な情報を取得し、それを総勘定元帳に反映できる。それらの情報は、持続可能性に関する情報であり、炭素会計と財務会計が融合する「Green Ledger」となる。これは「SAP S/4HANA Business Technology Platform」のアプリケーションで、意思決定の際に持続可能性と財務情報を一元化して管理する仕組みだ。

 エンド・ツー・エンドのカーボンマネジメント体験において重要なのは、従来は不正確で不安定だったものを、正確で粒度の細かい安定したものにすることだ。そして、それを持続可能性の観点(Scope 1、Scope 2、Scope 3などの運用上のもの)からファイナンスの言語に翻訳することだ。

――SAPは、より厳しいScope 3の要件にどの程度対応しているのか。

メンデルソン氏: 私たちは、顧客の全てのScope 3(報告)をカバーし、さまざまな方法でそれを実現できる。最終的には同じデータと計算エンジンを使用する。この内容はSapphire 2024での大きな発表の一つであり、企業用の炭素計算機をさらに強化し、排出量計算機とした。このツールは製品ライフサイクル管理(PLM)システムから材料やデータを取得し、排出係数を乗じることができる。

――SAP独自のScope 3の要件についてはどうだろうか。SAPのジュリア・ホワイト氏(チームマーケティングオフィサー)に対して、ハイパースケーラーでホストされているアプリケーションについて尋ねたところ、Scope3ではサーバを所有していなくても報告する義務があるとのことだった。

メンデルソン氏: サーバを所有していなくても、運用管理をしていれば報告する必要がある。SAPには2050年から2030年に前倒ししたネットゼロに関する公約があり、これは大半の企業とは異なるユニークな点を備えている。私たちは特にScope 3に注目している。Scope 3は、私たちが購入する全てのものを対象としている。これには、ハイパースケーラー上で顧客が実行するアプリケーションに関する契約も含まれている。この点こそ、私にとって最も重要な部分だ。

――AIが必要とする電力量に関する重大な持続可能性の問題がある。それはどこに位置付けられるのか。

メンデルソン氏: 持続可能性を担当するチームとAIチームは非常に緊密に連携している。大規模言語モデルを適切な時点で訓練し、同じ結果を得るために最も効率的なワークロードを使用するなど、実践的な取り組みがある。持続可能性と排出削減のための良いニュースは、それらの要素がコストに相関していることだ。そのため、企業による対処を信頼できる。

 エネルギーとAIの問題について、非常に積極的な再生可能エネルギー目標をすでに掲げており、これらの動きは、生成AIが課題であると公言しているハイパースケーラーを中心に展開されるだろう。また、ハイパースケーラーはScope 3を通じて、顧客と私たちが直面するデータセンターの脱炭素化に取り組んでおり、国の電力網とエネルギー需要について協議している。

 電力購入契約などの市場ベースの対策がどのようなものになるかについて、私の個人的な見解を述べる。本当に興味深いマクロの問題は、これがどのようにしてROI計算に変わるのか、最初に何が起こるのかという点だ。生成AIはより多くのエネルギーを使用するのか、それともより多くのエネルギーを節約できるのか。私は後者の立場に完全に立っている。

 エアコンを製造する空調設備メーカーの顧客は、「電力網への再生可能エネルギーの断続的な供給の問題を解決するために、生成AIを使用している」と語っている。電力網は安定した炭化水素を好む。生成AIは、私たちが一人一人自宅にバッテリーを持ち、バッテリーを接続して電力網を作ることを可能にしている。

 まだ野球チームがグラウンドに出ていないくらいゲームの初期段階だ。ただ、私の知っているだけでもすでに驚異的なSAPのユースケースが生まれている。

 SAPの輸送管理や予測保守およびサービス、エネルギー管理、統合ビジネスプランニングでは、AIが持続可能性プランナーや負荷プランナー、調達プランナー、または電力網マネジャーがエネルギーを節約し、効率を向上させるために使用できるパターンと関係を予測している。

 Sapphireでは、2つの生成AIユースケースを開始した。顧客がすでに使用しているものの一つは排出マッピングだ。これは、PLM(製品ライフサイクル)から材料データを取得し、ERPから部品表を取得して、排出係数に自動マッピングするものだ。これは非常に大きなことだ。それ以前は、数十万ドルの費用と、少人数のコンサルタントが必要だった。

 2つ目の生成AIユースケースは、ESGレポートを自動化するものだ。10年にわたってサステナビリティコミュニティーではサステナビリティレポートと標準の作成について話し合われてきたが、チーム全体がこのレポートの作成に取り組んでいることに不満を抱いていた。これは、顧客のサステナビリティチームがどのように時間を費やしているかに大きな影響を与えるだろう。

――人々が悪い結果に気が付く前に物事を採用してきた歴史がある。電力網が準備される前、あるいはエネルギーを節約する方法が確立される前に、AIが大量のエネルギーを使い始めることを懸念しているのか。

メンデルソン氏: SAPにはAI倫理ポリシーと委員会が存在している。エネルギーの観点から、私はすでに北米の電力網の脆弱(ぜいじゃく)性を懸念している。私たち全員がそうあるべきである。

 持続可能性のイノベーション、例えばディーゼルからバイオディーゼルへ、従来の自動車から電気自動車へ、電球からLEDへといったことに関して、私がいつも最初に聞く質問は、「特定の国や先住民コミュニティーの生物多様性にどのような影響を与えるのか」というものだ。これらは検討すべき正当な懸念事項であるが、持続可能性に少しでも関連しているのであれば完璧でなければならないという反射的な反応もある。

 私は同じもの同士を比較することを勧めている。持続可能な航空燃料の取引をしていたとき、それは虹やユニコーンの涙で作られるのではなく、何かで作られるのだと言っていた。材料を理想と比較するのではなく現状と比較すると改善が見られるだろう。

 持続可能性について語るIT関係者は、いずれにしてもやろうとしていたことの効率性の向上を強調することが多い。しかし、何かをより多く実行する場合、効率性を高めたとしても依然としてより多くのことを実行することになる。削減してより少なくすることは削減、再利用、リサイクルの第一歩だが、利益の動機や資本主義システムでより多くのものを作らなければならないことと相反するように思える。SAPや他のベンダーからは、そのような話はあまり聞かない。

 このアナロジーが当てはまらないのはクラウドへの移行だ。オンプレミスからクラウドに移行すると効率性が向上する。クラウドでは数倍以上の処理が可能で、それだけ効率性も高まるのだ。

 あなたのマクロ的な視点と、持続可能でありながら各国のGDPと企業の商業活動をどのように成長させるかという本質的な矛盾について話をするために、私の今後の見通しを述べたい。

 持続可能性への取り組みの最初の部分を、私たちが炭素に費やしたことは明らかだ。なぜなら、それが環境悪化の影響を認識させる強制メカニズムだからだ。解決策は「プラスチックをやめて、次は水を使う」ではない。それは循環型経済と循環型プロセスであり、H&Mがシャツを返品するかどうかだけではない。製紙や鉱業、化学、自動車、エネルギー、そしてバリューチェーンの下流から上流に価値を取り戻す能力こそが、持続可能性と成長の矛盾から私たちを解放する。

――SAP CEOのクリスチャン・クライン氏はあなたとあなたのチームに何を期待しているのか?

メンデルソン氏: その答えは、私の最高サステナビリティ兼コマーシャル責任者という肩書に反映されている。この肩書が伝えているのは、模範となるSAPと、お客さまに対して私たちが何をするかというイネーブラーとしてのSAPの一体化だ。3億人のユーザーを通じて世界中で感じられる真にスケーラブルな影響は、私たちのイネーブラー(ある事象の達成を可能にする人や組織、手段)としての役割から生まれる。

 私がSAPに入社した目的、そして現在実行していることは、SAPとお客さま(従来のエンタープライズインストールベースと中規模市場の両方)に対して、既存のデジタル変革を活用して持続可能性の目標を目指し、ビジネスモデルを低炭素で循環型のものに移行できることを示すことだ。私は時々、小切手を1枚切ると2つのメリットが得られると言っている。

 デジタル変革、具体的にはクラウドへの変革を通じて、既存の投資、エンタープライズリソースプランニング、SAPポートフォリオを活用し、同じデータをビジネスプロセスで意思決定の時点で利用できるようにすることで、成長目標と持続可能性目標を達成するために変更する必要がある材料のコスト削減曲線を検討できるようになる。

――バーチャルまたはハイブリッドで何かを開催することもできるが、このように人々が一緒に座ることには明らかに価値がある。会議の持続可能性とは何か。

メンデルソン氏: その矛盾は少々誤解を招くものだ。その懸念に対処するための実際的な対策があり、私たちはそれを実行してきた。高品質で追跡可能、トレース可能、監査可能、かつ償却可能なカーボンオフセット、炭素隔離、廃棄物削減などだ。私たちは、食品廃棄物を最小限に抑え、使い捨てプラスチックを排除し、多様性の目標を達成し、旅行による炭素排出量を削減および排除するなど、多くのことを実施している。

 私たちが本当に価値を感じているのは、持続可能性が行き詰まっている矛盾した会話から抜け出し、これらの問題に積極的に取り組むことであり、それが最終的には成長を支えることだ。

 昨日、食品業界の消費財メーカーと、カカオを栽培しているアフリカ諸国の気温が高すぎるためにカカオの価格が急騰していることについて話した。水不足になると予想していなかった場所に工場を建設した飲料メーカーは、現在水不足に陥っている。

 誰かがここに飛んできてSAPと話し合い、サプライチェーンでリスクを物理的に管理し、総勘定元帳で移行的に管理することがビジネス目標にとって価値があることを示すことができれば、話し合いは価値があったことになるだろう。そうすれば、持続可能性が最優先される。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

アイティメディアからのお知らせ

注目のテーマ

あなたにおすすめの記事PR