目標に向かって1つずつ段階をクリアするという「ステップ論」は、スピードが求められる現代のビジネス界においても正しいのでしょうか。“飛び級”によって一気に大きな目標を実現することの是非と、その手段を考察します。
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IT業界で働くうちに、いつの間にか「常識」にとらわれるようになっていませんか?
もちろん常識は重要です。日々仕事をする中で吸収した常識は、ビジネスだけでなく日常生活を送る上でも大きな助けになるものです。
ただし、常識にとらわれて新しく登場したテクノロジーやサービスの実際の価値を見誤り、的外れなアプローチをしているとしたら、それはむしろあなたの足を引っ張っているといえるかもしれません。
この連載では、アイ・ティ・アールの甲元宏明氏(プリンシパル・アナリスト)がエンタープライズITにまつわる常識をゼロベースで見直し、ビジネスで成果を出すための秘訣(ひけつ)をお伝えします。
「甲元宏明の『目から鱗のエンタープライズIT』」のバックナンバーはこちら
日本では、企業が変革する際には、幾つかの段階を経て目標に到達すべきだという「ステップ論」がよく提唱されています。
組織のマネジメント状態を評価する成熟度モデルは複数のレベルから構成され、最終目標である最高レベルに到達するために一つずつレベルを上げていく活動が日本企業でよく見られます。
IT関連の変革においてもこのようなステップ論が頻繁に唱えられています。このような「ステップを1つずつ上げて目標に近づいていく」という考え方は一見もっともなように感じられますが、本当に正しいのでしょうか。
デジタルトランスフォーメーション(DX)には、デジタイゼーション(業務のデジタル化)、デジタライゼーション(プロセスのデジタル化)、DX(デジタルによる新製品、サービス)というステップがあります。
「デジタイゼーションから取り組み始めてステップを上げていくべき」という論調をそこら中で見かけます。経済産業省が発行した『DXレポート2』(注)には、これら3つの段階に関する説明とともに、「必ずしも下から順に実施を検討するものではない」と記載されています。ただし、同レポートではデジタイゼーションが一番下で、その上にデジタライゼーション、最上位にDXが置かれた図が頻出します。さらに、「デジタイゼーション」→「デジタライゼーション」→「DX」という流れを説明した図もあります。経産省だけでなく多くのITベンダーやコンサルティング会社がDX推進のためのステップ論として、この3つのステップを順に辿るべきだと説いています。
もちろん、DXはデジタルテクノロジーによるビジネス変革ですから、デジタイゼーションは必須です。しかし、筆者は、現在デジタイゼーションができていない企業でもデジタイゼーションとデジタライゼーションとDXに同時に取り組んでもよいと考えています。
新卒社員をはじめとする若い世代はスマートフォンやタブレットを学生時代から使いこなしています。こうしたデジタルネイティブの従業員が、「まずデジタイゼーションに数年取り組んで、その次にデジタライゼーションを」といった長期に及ぶ変革に心底納得することはあるのでしょうか。
昔から、日本人は地道かつ着実に進むことを是とする文化があります。職人の世界では必要かもしれませんが、スピードが命のビジネスの世界ではそうした考えは捨てた方がよいと思います。
生成AIやクラウドなどの先進的デジタルテクノロジーが誰でも安価に利用できるようになった現代においては、何段階ものステップを一気に越えることも難しくないと筆者は考えています。顧客企業へのコンサルティングにおいてもそのようにお話しすることが多いです。
現在ITを全く使わずに手作業で実施している作業が存在する業務を、データのデジタル化を前提にビジネスプロセスを抜本的に改革して、デジタルデータの提供サービスを可能にする。こうしたDXプロジェクトが数カ月で完了する時代になっています。「昔は、目標は高いほど良いが、少し背伸びをすればできるところに目標を設定しなければ、到達が不可能になってやる気を削いでしまう」と言われました。そのためステップを1つずつ上がっていくのが良いとされていたのです。
しかし、デジタルテクノロジーのおかげで少しの背伸びによって到達できる範囲が飛躍的に広がりました。古いテクノロジーのままではなかなか実現できなかったことも先進テクノロジーで容易に実現できる時代になっています。このことを企業人全てが認識すべきです。
しかし、冒頭に書いたようにステップ論を主張する人は多くいます。そのような人には以下の質問を投げかけてみましょう。
3は、ステップ論を唱えるコンサルタントやベンダーに対する質問です。
繰り返しになりますが、どのようなビジネスでも世界的規模での競争に巻き込まれている現代においてはスピードが命です。どんなに素晴らしい取り組みでも、時間がかかれば目論んだ成果を上げることは困難です。
変革に取り組む際にはどんなに小さくても良いので短期間で成果を挙げ、それを可視化して関係者と共有し、取り組みの価値を体感することが極めて重要です。長い年月と工数をかけてステップを一つずつ上がる取り組みを考えている企業はどうすべきでしょうか。
筆者は、ステップ論は一旦忘れて、数カ月といった短期間で成果を上げられる方法をチーム全員で検討してみるべきだと考えています。その際にはデジタルテクノロジーを前提としましょう。先進テクノロジーに疎い人ばかりで構成されたチームの場合、社内外で先進テクノロジーに強い人を探して協力してもらうのがよいでしょう。
三菱マテリアルでモデリング/アジャイル開発によるサプライチェーン改革やCRM・eコマースなどのシステム開発、ネットワーク再構築、グループ全体のIT戦略立案を主導。欧州企業との合弁事業ではグローバルIT責任者として欧州や北米、アジアのITを統括し、IT戦略立案・ERP展開を実施。2007年より現職。クラウドコンピューティング、ネットワーク、ITアーキテクチャ、アジャイル開発/DevOps、開発言語/フレームワーク、OSSなどを担当し、ソリューション選定、再構築、導入などのプロジェクトを手掛ける。ユーザー企業のITアーキテクチャ設計や、ITベンダーの事業戦略などのコンサルティングの実績も豊富。
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