中国発のAIモデル「DeepSeek-R1」がAI業界に衝撃を与えた。ただし、データプライバシーやセキュリティの懸念は尽きないようだ。
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2025年1月第4週は、中国のAIスタートアップDeepSeekが発表した最新モデルの話題で持ち切りだった。同社は「DeepSeek-R1」について、米国製の主要モデルに匹敵する性能を持ちながら、トレーニングコストは数分の1であると主張した。
この発表はAIプロバイダー各社に衝撃を与えた。IBM(注1)やSAP(注2)、Anthropic(注3)、OpenAI(注4)、ServiceNow(注5)、Meta(注6)、Microsoft(注7)、Nvidiaなどの著名なベンダーの幹部もすでに意見を表明している。
アナリストによると、DeepSeek-R1は機能面で新たな技術革新を起こしたり、既存のモデルの性能を大きく上回ったりしているわけではないが、こうしたシステムを構築するために必要なコストや方法に関する従来の常識を覆したという。
Gartnerのハリタ・カンダバトゥ氏(シニアディレクターアナリスト)は、「多くの企業はこれらのモデルを支えるインフラの容量を向上・拡大させるためにすでに大量のGPUに投資しており、その結果混乱が生まれている。CIO(最高情報責任者)に求められるのは、過剰に反応しないことだ」と話す。
企業はAIの取り組みに膨大なリソースを注ぎ込んでいるため、コストを大幅に削減できる機会は他の経営幹部や取締役会にとって非常に魅力的なものとなるだろう。CIOは期待値を調整する努力をしなければならない。
コスト削減の可能性がある一方、企業がモデルプロバイダーを評価する上でセキュリティとプライバシーの懸念が浮上している。
もし企業がまだモデルに依存しないプラットフォームを構築できていないのであれば、極力依存を排除する方向で構築できるよう検討し始めるといいだろう。単一のモデルプロバイダーに過度に依存してしまうと、企業は技術革新を活用することが難しくなる。
「DeepSeekモデルを試してみたいと考えているCIOは、既存のガイドラインやガバナンス対策でビジネスを守れるのか、それとも新たな管理が必要なのかを評価する必要がある」(カンダバトゥ氏)
DeepSeekへの関心が高まるに伴い、より手頃な価格のAIモデルやツールを模索する機会が生まれた。AI技術の導入競争が始まって以来、コストは下降傾向にある(注8)。Accentureの調査によると、OpenAIの「GPT-3」を利用していた企業が3年後に「GPT-3.5 Turbo」へ移行したことで年間コストが74%削減されたという。さらに、「GPT-4」を利用している企業では2023年3月から2024年末にかけてコストが年間58%低下した。
DeepSeekのモデルは、Microsoftの「Azure AI Foundry」と「GitHub」を通じて利用できる(注9)。データストレージを提供するSnowflakeは、2025年1月30日(現地時間)にプライベートプレビューの一環として自社の「Snowflake Cortex AI」プラットフォームにDeepSeekを追加した(注10)。また、大手企業の顧客は「Amazon Bedrock」でも同モデルを利用可能だ(注11)。
DeepSeekを巡る議論は日常の会話や職場の雑談にまで及んでいるが、ビジネスリーダーにとってはマイナス面もある。
CIOは従業員が好奇心に駆られてDeepSeekをシャドーAIとして利用することに注意を払わなければならない。企業は許可なくモデルを使用することの危険性について、従業員とコミュニケーションを取って伝える必要がある。
プライバシーとデータセキュリティの懸念は決して根拠のないものではない。クラウドセキュリティのWiz Researchによると、2025年1月第5週初め、脅威アクターはDeepSeekのデータベースにひも付く大量のチャット履歴、機密情報、業務詳細を流出させた(注12)。さらに、サイバー犯罪の監視や分析を手掛けるKELAは、2025年1月27日に発表した報告書の中で複数のセキュリティ上の欠陥を指摘している(注13)。
また、DeepSeekのプライバシーポリシーにも懸念点がある(注14)。プライバシーポリシーには、同社は技術をトレーニングする目的で顧客データを使用すると明記されており、ユーザーのキー入力パターン、音声、テキストなどへのアクセスを許可する内容となっている。
イタリアの情報保護当局は2025年1月第5週初め、DeepSeekに情報提供を要請した(注15)。Thomson Reutersによると、その後間もなくDeepSeekのアプリはアプリストアでアクセスできなくなったという(注16)。DeepSeekは20日以内に同局の要請に応じなければならない。イタリアは「ChatGPT」を開発したOpenAIが急成長を遂げた際にも、真っ先に対策を講じた国の1つだ(注17)。
また、DeepSeekの責任あるAIの実践に関する情報もほとんど公開されていない。
「DeepSeekの研究は全て同社自身の主張に基づいたものだ。確かに強みはあるが、実際のビジネス環境でどのように機能するかは未知数だ。あらゆる種類の生成AIアプリケーションを導入する総コストは、単にモデルのコストだけではない」(カンダバトゥ氏)
CIOは2024年、AIモデルを選択してから価値を生み出すまでに多くのステップがあることを痛感した。新たな主張が次々と登場する中で懐疑的な視点を持つことは、ビジネスリーダーにとって重要なスキルとなる(注18)。
データソリューションを提供するCollibraのステイン・クリスティアンス氏(最高データ責任者 兼 共同創業者)は、「CIO Dive」への電子メールで次のように語った。
「新しい低コストのモデルはすぐに活用できる点で素晴らしいが、企業や顧客、製品、解決すべき課題については何も知らない。モデルが全て同じ場合、企業の競争優位性はデータであり、データの信頼性を確保するためには基盤となるモデルを関連するデータ、特に高品質で管理されたデータと組み合わせる必要がある。それによってデータの信頼性を確保できる」(クリスティアンス氏)
(注1)Arvind Krishna(LinkedIn)
(注2)SAP CFO: DeepSeek AI disruption is ‘very good news’(CFO Dive)
(注3)On DeepSeek and Export Controls(Dario Amodei)
(注4)Sam Altman(X)
(注5)ServiceNow, Inc. (NOW) Q4 2024 Earnings Call Transcript(Seeking Alpha)
(注6)Meta Platforms, Inc. (META) Q4 2024 Earnings Call Transcript(Seeking Alpha)
(注7)Microsoft Corporation (MSFT) Q2 2025 Earnings Call Transcript(Seeking Alpha)
(注8)Banks fire up coding assistants as AI costs plummet(CIO Dive)
(注9)DeepSeek R1 is now available on Azure AI Foundry and GitHub(Microsoft)
(注10)Announcing DeepSeek-R1 in Preview on Snowflake Cortex AI(Snowflake)
(注11)Deploy DeepSeek-R1 distilled Llama models with Amazon Bedrock Custom Model Import(AWS)
(注12)Wiz Research Uncovers Exposed DeepSeek Database Leaking Sensitive Information, Including Chat History(Wiz)
(注13)DeepSeek R1 Exposed: Security Flaws in China’s AI Model(KELA)
(注14)DeepSeek Privacy Policy(DeepSeek)
(注15)COMUNICATO STAMPA - IA: il Garante privacy chiede informazioni a DeepSeek. Possibile rischio per i dati di milioni di persone in Italia(GPDP)
(注16)DeepSeek blocked on Apple and Google app stores in Italy(Thomson Reuters)
(注17)The rise of generative AI: A timeline of triumphs, hiccups and hype(CIO Dive)
(注18)2 years after ChatGPT’s release, CIOs are more skeptical of generative AI(CIO Dive)
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