「これは確実に失敗するぞ」 19万人が生成AIを使うメガバンクが明かす“アンチパターン”CIO Dive

世界的なメガバンクであるバンクオブアメリカは、社内および顧客向けに数多くの生成AIのユースケースを形成した。同行のIT部門責任者が語る、コストがかさむ上に失敗に終わるプロジェクトの共通点とは。

» 2025年05月30日 12時00分 公開
[Matt AshareCIO Dive]
CIO Dive

 世界有数の金融機関であるBank of Americaは、AIの導入における大きな節目を迎えた。同行は、2025年4月8日(現地時間、以下同)に「21万3000人の従業員のうち90%以上がAIアシスタント『Erica for Employees』を活用している」と発表した(注1)。

なぜ魅力的なプロジェクトがPoCで終わるのか?

 AIを搭載した本ツールは、パンデミックの影響でテレワークへの移行が進んだことを受け、ITの管理業務を効率化するために2020年に導入された。同行の発表によると、Erica for Employeesの導入により、ITサービスに関する問い合わせの件数が50%以上削減されたという。

 こうした成果を挙げる同行のIT責任者が、「一見魅力的に見えるものの、PoC(概念実証)より先に進まないプロジェクト」の共通点を語った。

 新たなテクノロジーへの投資には、リスクもあればリターンもある。試験的な導入から本格的な普及への移行は保証されているものではない。開発および導入によって発生するコストは、リターンとして得られる価値に釣り合ったものでなければならない。

 Bank of Americaのハリ・ゴパルクリシュナン氏(コンシューマー部門、ウェルネスマネジメント部門、テクノロジー部門責任者)は、「われわれは実用的な観点に基づいて技術選定のプロセスに対応した」と「CIO Dive」に述べた。

 「われわれは顧客が求めるものを観察することから始めた。『この優れた技術をどういう形で市場にリリースしようか』という発想から始めると、多額の費用がかかる上に失敗する。顧客のニーズに結び付いた活用でなければ意味がないのだ」(ゴパルクリシュナン氏)

 Bank of AmericaにおけるAIアシスタントの取り組みは2018年に始まった。同年、同行はアプリで利用できるAIアシスタント「Erica」の初期バージョンをリリースした。同行によると、Ericaは累計25億件の顧客対応を担っており、現在では2000万人のアクティブユーザーが利用しているという。

責任ある導入のための「16の評価項目」

 効率性の向上やユーザー体験の改善といった成果を測定可能な形で得るためには、それなりのコストがかかる。Bank of Americaは毎年約130億ドルをテクノロジーに投資しており、2025年は予算の約4分の1を新たな技術に関連するプロジェクトに充てている。

 投資の一部は、定期的に開催されるイノベーションセッションの実施に充てられており、そこで活用の可能性があるユースケースを検討している。

 「チームメンバーが集まって、市場から得た声や最新のテクノロジーに関する動向を共有し、48時間というサイクルの中でアイデアを次々と生み出していく。中には、すぐに資金提供を受けるものもあれば、形になるまでに時間がかかるものもある」(ゴパルクリシュナン氏)

 EricaおよびErica for Employees、Bank of Americaのウェルネスマネジメント部門であるMerrillやBank of America Private Bank向けにカスタマイズされた2つのツールを含む同行のバーチャルアシスタントのラインアップは、意図的かつ計画的なイノベーションへの取り組みから生まれたものだ。

 ゴパルクリシュナン氏は、次のように述べる。「われわれは、顧客や社内向けに実際の価値を提供するために、従来型の予測AIをさまざまな分野で長年にわたって活用してきた」

 生成AIが注目を集める前から、Bank of Americaはすでにその安全性や有効性、潜在的な価値を評価するためのプロセスを整えていた。

 ゴパルクリシュナン氏は「責任ある導入が可能かどうかを判断するために、われわれは16の評価項目を設けており、それは今も変わっていない」と述べた。同行には、安全性とガバナンスを管理するAI監督委員会も設置されている。

 エンジニアリングの観点から見ると、この技術の進化はLLM(大規模言語モデル)のサイズとその機能の幅広さに起因している。

 「ChatGPT」の登場以前、LLMは特定の機能を念頭に置いてゼロから構築されていた。一方、生成AIのモデルは複数機能をこなすマルチタスク型であり、要約や多言語でのコード生成も可能だ。

 「今日注目されているのはコンテンツを生成するモデルだ。コンテンツを生成できるというのは非常に興味深いことで、多くの人が興奮する。しかし、生成AIが誤った情報を生成する『AIの幻覚』に注意しなければならないという点で不安にもつながる」(ゴパルクリシュナン氏)

「価値」をどう測る?

 生成AIは大きな可能性を秘めているにもかかわらず、多くの企業が投資に対するリターンを得られずに苦戦している。正確性の問題や安全性への懸念、ガバナンスの複雑さが導入の妨げとなり、実証実験の段階でプロジェクトが打ち切られることもある(注2)。

 「一見すると非常に魅力的なプロジェクトでも、実際にはビジネスにほとんど役立たない場合がある。デモの見栄えが良くても、莫大なコストがかかるのであれば、それは望ましい結果とはいえない」(ゴパルクリシュナン氏)

 ゴパルクリシュナン氏は「ChatGPT以前にビジネスプロセスを革新すると期待された、ある技術革新を思い出す」と語る。「数年前はメタバースの話題で持ちきりだった。われわれも拡張現実(AR)のイノベーションセッションに参加し、さまざまなおもしろいアイデアを持ち帰ってきた。しかし早い段階で、それを求める顧客は1人もいないことに気付いたのだ」(ゴパルクリシュナン氏)

 予測AIや生成AIは、自然言語処理技術との組み合わせにより、将来を期待させる成長の軌道をたどることになった。

 「Ericaの導入を始めた当初、実際の顧客がモバイルアプリに搭載された数百の機能を使いこなすのに苦労していることに気付いた。『自然言語処理』という言葉こそ使われていなかったものの、顧客にとって、それが重要であることは明らかだった」(ゴパルクリシュナン氏)

 Ericaの進化は、組織におけるさまざまな役割を理解することから始まり、コストと価値のバランスを検討する評価の枠組みを築く助けとなった。

 データの集約が重要な意味を持つ銀行業界において、投資対効果が期待できる分野の一つがコーディングアシスタントだ(注3)。戦略コンサルティング企業であるAccentureによると、大手銀行はエンジニアによるレガシーアプリケーションの取り扱いを支援するツールを活用し、恩恵を得られるという。金融機関向けにAI導入に関する情報を提供するEvident Insightsの調査では、大手銀行はAIを円滑に導入するため、ガバナンスや倫理的活用に関する専門知識をいち早く取り入れていることが明らかになった(注4)。

 Bank of Americaは2025年4月8日の発表で「生成AIの活用によってエンジニアの業務効率が現時点で20%向上した」と述べた。

 ゴパルクリシュナン氏は、安全性と投資対効果を念頭に置いて生成AIを導入したと語る。「生成AIは万能薬ではない。しかし、収益面においてもビジネスにおけるコスト削減の面においても、価値のあるコードをいかに早く生成できるかが重要で、われわれの組織の改善につながる。生成AIは、安全性を担保した上で繰り返し実行する作業に適している」(ゴパルクリシュナン氏)

 Bank of Americaが継続的に進めているイノベーションの取り組みは、出願中のものを含めてこれまでに7400件の特許を生み出している。そのうち1200件以上がAIおよびML(機械学習)に関連するものだ。

 特許は銀行の知的財産を保護するだけでなく、モラルを高める役割も果たす。「特許は革新的な発想をしたチームに報いる手段でもある。同時に、われわれは多くの知的財産を保有しており、行き当たりばったりで行動しているわけではないと周囲に理解してもらうためにも役立つ」(ゴパルクリシュナン氏)

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