グローバルで堅調にビジネスを成長させているヤンマーとテルモは、いかにしてデータとテクノロジーを組織の成長と競争力強化につなげたのか。ワークデイの年次カンファレンス、「Workday Elevate Tokyo 2025」の基調講演を基に届ける。
ワークデイは2025年5月29日、年次カンファレンス「Workday Elevate Tokyo 2025」を開催した。
本稿では、Workdayの日本市場へのコミットメントに触れ、事例として紹介されたヤンマーホールディングスとテルモの取り組みを中心に届ける。グローバルで堅調にビジネスを成長させている両社は、いかにしてデータとテクノロジーを組織の成長と競争力強化につなげているのだろうか。
まず、オープニング基調講演にはワークデイの古市 力氏(執行役社長兼日本地域責任者)が登壇した。
古市氏は、Workdayが創業20周年を迎え、グローバルで80億ドルを超える売り上げを達成していることを強調した。日本でも「非常に顕著に伸びている」と述べ、国内大手企業の新規導入や大阪オフィスの開設、国内パートナーとの協業強化など、日本市場への積極的な投資を伝えた。
また古市氏は、日本企業の人事財務のトレンドとして、若者のJTC(日系大企業)離れ、新卒採用の月給上昇、通年採用への移行などを指摘し、日本のデジタルランキングが先進国の中で低い位置にあることにも触れた。
日本企業の課題については、「(人事情報)可視化をして、それを元に意思決定し、実行する。この可視化の解像度をきめ細かくしていく必要がありますが、可視化して終わり、タレントマネジメントを実施して終わりといった企業が非常に多い状況です」と話し、Workdayはこれらに対し、システムやプロセス、仕組みをモダナイズすることで解決に貢献できると話した。
続いてWorkdayのクリス・ワダ氏(ゼネラル マネージャ プランニング / GM, Planning)が登壇し、Workdayが「People」(人)、「Money」(お金)、「Operations」(業務)を管理するために構築された統合プラットフォームであることを改めて強調した。
具体的には、NetflixがWorkdayによって11の事業部門を1つのプラットフォームに統合し、グローバルでの成長を可能にした事例や、On Runningが「Workday Extend」を活用して臨時労働者のオンボーディング時間を大幅に短縮した事例を挙げ、Workdayの具体的な価値を示した。
また、日本市場における製品のローカライズ、パートナーエコシステムの成長、カスタマーエクスペリエンスチームの強化、専用トレーニングの提供、そして日本の顧客コミュニティーの開設といった今後の取り組みを示し、日本市場への強いコミットメントを強調した。
同氏は、日本の顧客向けに実施されたコア機能の改善についても具体的に説明した。人材紹介会社経由で選考を進める際の候補者の状況に関する透明性が向上したこと、日本の組織構造に合わせた組織図の視覚化機能、採用プロセスの効率化、そして経費管理における領収書のスキャンと自動エクスポート機能などが挙げられ、日本市場の慣習やニーズに合わせたきめこまやかな対応を伝えた。
両氏ともに、日本市場への深いコミットメントと、AIを活用した未来の働き方の変革を基に、顧客企業の成功を支援していく姿勢を示した。
次に登壇したのはヤンマーホールディングス(以下、ヤンマー)の浜口憲路氏(取締役 CHRO エンプロイーサクセス本部 本部長)だ。
1912年に創業したヤンマーは、ディーゼルエンジンの技術を基盤に農業機械やマリン事業、小型建機、エネルギーシステム、コンポーネント事業など、多角的に事業を展開する。現在は海外売上比率61.2%、売上高1兆円超、従業員数2万1000人を超えるグローバル企業に成長した。
ヤンマーは、「社員が企業を選ぶ時代」に対応するため、「社員が主人公になる人事戦略」に取り組んでいる。人事戦略の核となるのが「Yanmar 3 Circle」(3C)だ。「Challenge」(社員の挑戦)、「Character」(社員の個性)、「Contribution」(社員の貢献)という三つの視点から従業員の成長と組織の活性化を図る。
「キャリアは会社に任せるものではなく、自分で描くもの。会社はその挑戦を後押しする立場に変わるべきです」と浜口氏は語る。柔軟な働き方への対応、成果に応じたグローバル水準の報酬、選択肢のある福利厚生制度もその一環だ。
2024年7月には「エンプロイーサクセス本部」を新設した。これにより、人事部門は「管理部門」から「社員の成長と成功を支援する部門」へと役割を転換した。
この新組織の下で着手したのが、新たな人事システムの構築だ。従来は人事部門のみが閲覧可能だったシステムを、従業員自身がスキルやキャリアを可視化できるなどの理由から「Workday HCM」へと刷新した。スキルギャップの把握やレコメンド型研修の提示により、従業員の主体的な成長を支援している。
企業側にとっても、スキルベースでの配置や後継者育成、グローバルプロジェクトへの人材アサインメントが可能になる。ヤンマーでは「後継者2人以上の準備率200%」という具体的な目標も掲げている。
今回の改革は、2018年にタレントマネジメントシステムを導入した経験の再挑戦でもある。
「当時はシステムを導入しただけで終わってしまった。情報は集まったが、活用まで至らなかった」と浜口氏は振り返る。その反省を踏まえ、今回は「目的とステークホルダーの期待」を明確にした上で、段階的に導入を進めた。
まず規制の厳しい欧州で試験導入し、個人情報保護や雇用慣行への対応を慎重に検証した。2024年4月には国内グループ各社へ導入し、2026年4月には全グローバル拠点での展開完了を目指す。
「日本特有の雇用慣行とグローバル標準とのすり合わせは大きな課題でした。役割定義や報告ラインを一つ一つ丁寧に整理することで、グローバルスタンダードへの第一歩を踏み出せたと感じています」
ヤンマーが進める人事戦略の本質は、制度でもシステムでもなく、社員が主役になるための環境作りだ。浜口氏は「従業員の可能性を引き出す仕組みを作ることで、事業も成長できる。その両立が企業の使命です」と講演を締めた。
「医療を通じて社会に貢献する」という理念の下、100年以上にわたり医療機器開発を続けてきたテルモ。現在は世界100カ国以上に事業を展開し、売上の7割以上を海外が占めるグローバル企業だ。
同社の財務戦略を担う萩本 仁氏(経営役員Chief Financial Officer & Chief Information Officer)は、急速に変化する外部環境と、それに対応するための経営判断スピードの重要性を強調した。
「医療機器業界は、製品の研究開発から市場投入までの期間が長く、資本効率の視点が欠かせません。財務部門には、単に数字を管理するだけでなく、未来を見据えた意思決定が求められます」(萩本氏)
テルモは心臓血管、メディカルケアソリューションズ、血液・細胞テクノロジーにおける3つのカンパニーを柱に事業を展開している。これらはいずれも人命と直結する製品を扱い、製造、供給に高い品質と安定性が求められる。グローバル化が進む中で、製造拠点は約30カ所、グループ会社は100社超に上る。製品価格の幅も広く、数万円の注射器から数千万円の装置まで多岐にわたる。
「複雑な事業構造を支えるには、全社の状況を可視化し、適切な意思決定ができる仕組みが欠かせません。だからこそ、財務部門の役割はこれまで以上に大きくなってきています」(萩本氏)
テルモの財務部門が近年重視しているのは、損益計算書にとどまらず、キャッシュフローやバランスシートの観点を取り入れた全社的な資本効率の向上だ。「これまでは『売上と利益が立っていれば良い』という意識が少なからずありました。しかし、開発、製造に時間のかかる医療機器ビジネスでは、投資の成果を中長期的にどう回収するかを見極める力が問われます」と萩本氏は話す。
萩本氏がCFOに就任して間もなく、社内では予算編成や財務計画に関するシステムの刷新プロジェクトが本格的に始動した。通常であれば1年程度かかる導入プロセスを、わずか半年で立ち上げるという決断をし、その実現のために選んだのが「Workday Adaptive Planning」だ。
「厳しい条件の中でも、財務部門のメンバーが力を発揮してくれました。特に印象的だったのは、システムの導入だけにとどまらず、並行して業務プロセスそのものを見直していったことです」(萩本氏)
システムと業務プロセスを同時に最適化するというアプローチが、データの一元化や意思決定の迅速化につながっている。現在では、AIなどの技術も活用しながら、業績予測の高度化にも取り組んでいるという。
「社内の数字基準が統一されつつあり、ようやく共通言語で未来を議論できる環境が整ってきたと感じています。これからも継続的に変革を進めていく必要があります」(萩本氏)
本講演は、単なるデジタル化にとどまらない変革の重要性と、それを推進するための具体的なアプローチ、そして部門間の連携の重要性を浮き彫りにした。人事をコストではなく資産と捉え、財務のデータを活用して意思決定の質を高めることで、企業はよりスピーディーかつ柔軟な変革を遂げることができるだろう。
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