「Microsoft Copilot」を2023年から利用しているアメリカンホンダ。同社が意思決定のスピードと質を高めるために注力する“双子のエンジン”とは何か。
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American Hondaは2023年に生成AIに関する戦略を打ち出し、差し迫ったリスクへの対応や自社内での能力構築、トレーニング、長期的な計画に重点を置いた。この広範な目標を達成するための取り組みを推進する中、経営陣は“双子のエンジン”に一層注力するようになった。それは何か。
American HondaでIT分野を担当しているシニアバイスプレジデントであり、本田技研工業のコーポレート・アドミニストレーション部門におけるデジタル部門の副責任者でもあるボブ・ブリゼンダイン氏は“双子のエンジン”について次のように語った。
「われわれは、組織のあらゆるレベルで意思決定のスピードと質を向上させようとしている。車にブレーキをつける理由は『安全により速く走るため』だ。データガバナンスやAIガバナンスも、まさにそれと同じ領域にある」
企業が生成AIへの投資を進める中で、適切なガバナンスはAIに関する目標を達成する上で不可欠だ(注1)。不十分な枠組みは、コストの増加や性能の低下(注2)(注3)、プロジェクトの遅延(注4)、偏った結果など数多くの障害を引き起こす可能性がある(注5)。
ブリゼンダイン氏は「CIO Dive」に対し、「ガバナンスの強化は一過性のものではない。AIが正確に学習して活用できるように整備された『AI対応済みデータ(AI-ready data)』を目指すのは(注6)、神話的な試みだ」と語った。
「『神話的』という言葉を使うのは、AIや各種の意思決定との関係で『準備ができているデータ』を正確に計測する方法がないためだ。これは非常に難しい課題だ。結局のところ、個々のユースケースや意思決定に伴うリスク、その決定の重要性によって左右される」(ブリゼンダイン氏)
American Hondaは、責任あるAI評議会の設置や統合データプラットフォームの構築、デジタルリテラシーの向上を通じてデータとAIガバナンスの体制整備に取り組んできた。
AI評議会は、各事業部門の代表者で構成されており、AIモデルのドリフトやプライバシーに関するコンプライアンス義務、AIによって生成されたアウトプットの使用方法などを監視している。同評議会は、AIの活用に関する期待値や、どのモデルをいつ使用すべきかといった点について各チームに助言する役割も担う。ブリゼンダイン氏によると、2025年のには、この取り組みの実行状況を評価し、必要に応じて見直す予定だという。
AI評議会の取り組みや全体的な戦略を支えるために、American Hondaの従業員はデジタルリテラシー研修に参加している。同社は調査とコンサルティングを手掛けるGallupと連携し、各チームの現状を把握するためのデジタルリテラシーに関する指標を確立するプログラムを立ち上げた。
「チームのデジタルリテラシーを把握できれば、レベルに合わせて教育プログラムを構築できる。これらの機能を活用してイノベーションを推進する方法を学ぶ必要がある経営層なのか、それとも現場のスタッフなのかに合わせて適切に対応できる」(ブリゼンダイン氏)
ガバナンスの取り組みに加え、American Hondaは近年、データに関する責任の所在を明確にし(注7)、組織全体でAIやデータツールを民主化するための取り組みを進めてきた。
AIの取り組みによって、多くの企業でデータの重要性はより高まっている。データインテリジェンスプラットフォームを運営するCollibraと、調査企業であるHarris Pollが2025年4月30日(現地時間)に発表した調査によると、技術系意思決定者の5人に4人以上は、AI導入の取り組みが拡大する中で、「過去1年間でデータの所有権の所在が変化した」と答えた(注8)。
American Hondaは「Microsoft Copilot」を早期に導入した企業の一つで(注9)、2023年に全社的に展開した。それ以降、同社は複数の事業部門や業務に特化したAIツールの活用を模索してきた。統合データプラットフォームの構築やデータ成熟度の推進にも取り組み、生成AIの展開に弾みをつけている。
「これら全ての取り組みが結び付く日が訪れる。われわれは戦略的に重要なデータ要素に対して、統合プラットフォームを構築するという大きな取り組みを進めている。さまざまなデータの統合やシームレスなデータフローの確保などがその中心だ。現在、それをデータ領域ごとに優先順位を付けて進めている」(ブリゼンダイン氏)
American Hondaは、取扱説明書などの非構造化データの取り込みを進めると同時に、構造化データの品質向上にも取り組んでおり、こうした過程で改善の余地を見出している。
ブリゼンダイン氏は「製造の品質や不具合について話すとき、共通言語がなければ、その情報を共有したり特定の工場の枠を超えて活用したりするのが難しくなる」と語り、まだ十分に整備されていないユースケースの一例を挙げた。
American Hondaでグローバルサービスおよびデータプラットフォームを担当するアルン・ヤルラガッダ氏(副ゼネラルマネジャー兼北米チーフデータオフィサー)は、「CIO Dive」に次のように語った。「将来的に価値が見込めるユースケースを完全に廃棄することはあまりない。『今はまだ実行しない』という棚に置くのが一般的だ。仮に工場の写真を使って次に取るべき最適な行動を導き出そうとしていて、その写真の品質が悪い場合は、そのソースを改善しようとするだろう。単に諦めるのではなく、その活動を延期しなければならない」(ヤルラガッダ氏)
ヤルラガッダ氏によると、長期的には適切な人材および可視性、モニタリングの能力を備えることが成功の鍵になる。
データとAIガバナンスを正しい方向に導いた企業であっても、テクノロジーリーダーは慎重さを維持し、将来の動向にも目を向ける必要がある。
「データとAIは、われわれがDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進するための『双子のエンジン』だ。変化の激しい世界の動向を的確に把握するのは非常に難しいが、当社はそれに備えて先進的な技術計画や概念実証への投資を強化している」(ブリゼンダイン氏)
(注1)How CIOs can course-correct data strategies with AI goals in mind(CIO Dive)
(注2)Enterprise data woes erode trust, delay projects(CIO Dive)
(注3)Enterprise data woes lead to poor outcomes(CIO Dive)
(注4)AI success hinges on data sovereignty, compliance(CIO Dive)
(注5)Generative AI users say outputs show bias, lack detail(CIO Dive)
(注6)10 CIO questions to determine AI data readiness(CIO Dive)
(注7)American Honda gives data a promotion on the road to AI(CIO Dive)
(注8)Enterprise AI underscores need for data process upgrade(CIO Dive)
(注9)American Honda’s 5-part strategy to deploy generative AI(CIO Dive)
(初出)American Honda steers AI efforts with data governance, quality focus
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