業務の複雑化とデータの分断が進む中、LIXILはAIエージェントによって業務プロセスの自動化を実現している。同社の担当者がその狙いと実務の全体像について、「AWS Summit Japan」で共有した。
LIXILは、売上1兆5000億円、従業員5万3000人を擁するグローバル企業だ。この巨大組織では、同じ経費精算業務でも国、地域によって5〜10種類ものシステムが乱立し、4000人の間接部門がそれらを管理する状況が続いていた。
チャットツールだけでも「Slack」「Google Chat」「Zoom Chat」「Meta Workplace」が地域や部門ごとに使い分けられ、ITサポート部門には「どこから問い合わせが来るか分からない」状況が常態化していたという。
こうした状況に対し、クラウドサービスや社内システム、データ基盤、生成AIなどを連携させ、「AIエージェント」として業務プロセスを自動化する取り組みを進めている。その経緯と効果について、LIXILの岩﨑磨氏(常務役員 Digital部門担当)とWorkatoの鈴木浩之氏(戦略・イノベーション部門 Field CTO)が語った。
「LIXILではDXという言葉をほとんど使いません」――。こう岩﨑氏が話すように、LIXILの業務改革は技術先行ではなく、従業員体験(EX)を起点とした「人間中心」の変革だ。
「従業員にとって気持ちいい仕事の仕方とは何か。それを考えずにソリューションを先に入れても業務は変わりません」(岩﨑氏)
この考え方の背後には、統合企業特有の深刻な課題がある。国内で5社の主要メーカーが合併し、さらにアメリカやヨーロッパ、アジアの企業が加わった結果、実質的に8つの大企業が一つの傘の下にある状態となった。経費精算や休暇申請、業務承認──いずれも、国と部門、職種によって手順やツールが統一されておらず、同じ業務でも実態は大きく異なっていた。
LIXILが掲げる業務改革の中核は、「一つのプロセスにそろえること」だ。ただし、単に統一を押し付けるのではなく、業務担当者が主体的に選び取り、「どれを残し、どれをやめるのか」を決める文化の形成を重視している。
さらに注目すべきは、プロジェクト体制そのものの抜本的変化だ。LIXILでは現在、IT主導型のプロジェクトをほぼ全面的に停止している。従来のようにIT部門がシステムを選定し、現場に展開するスタイルを排し、「業務部門が先に変革方針を決め、IT部門がそれを忠実に実装する伴走役に徹する」スタイルに切り替えた。
「過去の事例を見ても、IT主導でビジネスに有効なシステムを構築できた例は少ない」と岩﨑氏は語る。そこで同社では、業務変革を先行させ、IT部門が後から実装する「主従の逆転」こそが成功の鍵だと語る。
このときに鍵となったのが、「やめる権限」の現場への委譲だ。LIXILでは、業務執行部門のエグゼクティブレベルではなく、現場のプロジェクトオーナーに業務やツールを「やめる決定」を委ねる体制を設けた。意思決定権限を明文化して付与し、「決めることも、やめることも現場で判断してよい」とした。
「残すよりやめる方が、はるかに勇気が要る。だから、やめる権限をきちんと渡して、決断できる環境を整えることが何より大事です。勇気を持ってやめないと、システムは増え続けるだけです」(岩﨑氏)
こうした従業員体験の向上を阻む最大の障壁が、「つながらない業務システム」の存在だった。LIXILではこの課題に対し、「データ→プロセス→システム」の3段階アプローチを徹底している。「何かをやりたいと言ったら、まずデータをきれいにする。次にプロセスを統一し、最後にシステムを導入する。この順序でないと、どんなAIを組み合わせても大体うまくいかない」(岩﨑氏)
前述のように、LIXILでは事業部門や拠点ごとにツールが乱立し、情報共有や業務のトリガーとなる場所が一元化されていなかった。ITサポート部門には、「誰に届いているのか分からない」といった悩みが蓄積されていた。
この分断した状態を抜本的に見直すためにLIXILが選んだのが、「Workato」によってAPI層を統一する「インテグレーションハブ戦略」だ。Workatoは「iPaaS」(Integration Platform as a Service)と呼ばれるクラウドサービスで、APIを利用して複数のシステムをまたぐプロセスやデータの連携を実現する。クラウドサービスや社内システム、データ基盤、生成AIなどをWorkatoによって連携させ、業務プロセスの自動化、最適化を目指す。
岩﨑氏は、この戦略の意図をこう説明する。「急速に進化するAIに対応するため、フロントシステムは柔軟に変更していく必要があります。一方で、全てが変わりすぎるとコントロールが効かなくなるため、API層だけは不変に保つことが重要です。この統一により、各システムがマイクロサービス化して疎結合となり、変化に柔軟に対応できる基盤が構築できます」
特にWorkatoが2025年に発表した「Workato One」は、既存のiPaaS/自動化機能に加、AIエージェントを安全に管理、実行する機能群を加えたものだ。ワークフローやアプリ、データ、AIモデルなどをノーコードで連携可能で、外部で開発した「LangChain」や
「crew.ai」のエージェントも統合できるよう、共通プロトコル(MCP)を提供している。
アクセス権や監査ログ、データ保護を「Agent Trust」というレイヤーで一元管理でき、個々のエージェントやフローごとにバラバラだった設定を中央からポリシー適用できるので「誰がどのデータにどう触ったか」を把握できる。ユースケースとして「チャットツールを起点としたプロセスの自動化」「社内データ基盤との接続」「申請フローの動的生成」「AIモデルの呼び出し」などが可能になる。
LIXILではWorkatoを中核に据えたAPI層を「インテグレーションハブ」として社内に敷き、個別スクリプトやアドホック開発に頼らずにシステム間連携をテンプレート化、共通化している。このハブの代表的な成果が、新入社員のシステムアクセス申請の自動化だ。
新入社員「ジョン」が、自分がアクセス可能なアプリケーション一覧について質問する。
ジョンは権限のないシステム(例:Netsuite)への申請を申し出たが、AIエージェントは会社のポリシーに基づいて代替案を提案した。
代替案を受け入れたジョンの申請に対し、内容に応じた承認フローが動的に生成される。
承認後、アカウント設定まで自動で完了した。
鈴木氏によるデモでは、複数のAIエージェントが「バトンリレー」で処理を進行し、すべてがSlackで完結する様子が示された。こうした基盤設計により、従業員体験と統合の両立が実現されている。
業務を変える鍵は、「AIをどう使うか」ではなく、「どこに、どのように埋め込むか」だ。LIXILでは「AIは人の代わりになるものではない。支える存在として使うことが前提」(岩﨑氏)として、AIエージェントを業務部門の「思考パートナー」に位置付けている。
「まずはAIに聞く」プロセス設計が特徴的だ。「業務の要件が10個出てきたとき、従来は10個全てを実装しなければならなかった。今は、まずAIに『これらの要件をどうまとめるべきか』『標準的なアプローチは何か』を聞く。業務側でできなかったこと、ITに頼まないとできなかったことが業務だけでできるようになった。これは大きなブレークスルーです」(岩﨑氏)
AIの実装では「多産、比較、スイッチ」の迅速なサイクルを採用した。15年前の「.NET」で開発した業務アプリを、AIとノーコードツールで、数時間で再構築した事例もある。
「一つのサービスに時間をかけるのではなく、たくさん生み出して比較し、良いものがあればスイッチしていく。開発コストが小さいので、多産しても損はありません」(岩﨑氏)
こうして、LIXILのAI導入は「社員がAIと対話しながら業務を設計し直す共創プロセス」として機能している。
LIXILの取り組みは、段階的なアプローチ、IT主導型からの完全脱却、「やめる権限」の現場委譲を組み合わせた先進事例である。技術先行ではなく「人間中心」の変革により、53,000人の従業員が「気持ちよく働ける環境」を実現する。これがLIXILの描く次世代の業務改革モデルだ。
LIXILの今回の事例では、iPaaSをプロセスやAIモデル、データ連携の共通ミドルウェア として整備し、社内に乱立していたツールや情報の分断を解消しました。近年、業務自動化の分野で台頭してきたベンダーが、サードパーティー製も含めた自動化機能を組み合わせ、業務を自律的に実行する“エージェンティック AI”を掲げています。LIXILは、早くから「RPA」や「ノーコード・ローコードアプリ開発」「iPaaS」といったキーワードで市民開発を推進してきた企業です。その長年の取り組みで培った知見と文化が、今回のAIエージェント基盤のスムーズな立ち上げを後押ししたと感じました。
本稿は2025年6月25〜26日にAWS(Amazon Web Services)が主催した「AWS Summit Japan」の講演「業務改革の新機軸─LIXILが進めるEX重視の新基盤とAIエージェント活用について」の内容を編集部で再構成した。
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