エージェンティックマーケティングとは、AIエージェントが定型業務を代替しマーケターが創造的な活動に専念するという新しい概念だ。富士通は、AIによる業務効率化とパーソナライズされた顧客体験の両立をどのように実現したのか。
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エージェンティックマーケティングとは、AIエージェントが業務を肩代わりすることでマーケターが創造的な活動に専念できるようになるという、マーケティングの新たな概念だ。Salesforceは、AIエージェントプラットフォーム「Agentforce」を内蔵した新製品「Marketing Cloud Next」によってエージェンティックマーケティングの実現を目指している。
本稿は、セールスフォース・ジャパンが2025年9月17日に開催したプレス・アナリスト向け説明会で公開された、富士通によるMarketing Cloud Nextの導入事例を紹介する。データ活用の課題や業務効率の壁に直面していた富士通が、AIを活用していかにして顧客体験(CX)と従業員体験(EX)を向上させたのか。
セールスフォース・ジャパンの島田崇史氏(製品統括本部 Head of Marketing Cloud)は、Marketing Cloud Nextを「マーケティングの歴史において非常に大きな転換点を迎える製品」と強調した。
総務省のデータでは、米国における個人の生成AI利用経験が約7割に達し、企業の8割以上が活用方針を策定している状況だ。Salesforceもその背景を受け、AIエージェントプラットフォーム「Agentforce」を「Salesforce Customer 360」にネイティブに組み込む取り組みを推進してきた。
このAgentforceのリリースに続き、Salesforceは消費者行動の変化を受けてマーケティングをゼロから再設計した「エージェンティックマーケティング」を導入した。AIエージェントが定型業務を肩代わりして生産性を向上させることで、マーケターが創造性のある人間にしかできない本質的な顧客体験の創造に集中できるようになるという。
さらに島田氏は、AIエージェントは「これまでにないほどパーソナライズされた、まったく新しい体験を顧客に提供する」とも話し、従業員体験と顧客体験の両面で「働き方」「情報」「専門性」の3つの進化が起こるとし、AIと業務を深く融合させることに注力していると語った。Marketing Cloud Nextは、予測AIや生成AI、RAG、マルチエージェントといったAI製品をワンプラットフォームに内蔵し、「Data Cloud」、Salesforce Platformでゼロから構築し直した点が、他社との差別化につながる強みだと強調した。
富士通はSalesforceのパートナーであり、国内最大級のSalesforceユーザーでもある。同社の塩田好伸氏(クラウド&ビジネスアプリケーション事業本部 Salesforce事業部 シニアディレクター)は、Marketing Cloud Nextを「富士通Salesforceサポートデスク」に導入した事例を紹介した。
富士通のカスタマーサクセスは顧客ごとに最適化した対応の強化が求められる中で、2つの課題を抱えていた。
1つ目はデータ活用の制約だ。CRM(顧客関係管理)システムの商談や問い合わせデータに限られ、契約情報やアンケート結果など周辺システムに散在する顧客データを十分に活用できず、限られたデータに基づく対応にとどまる状況だった。このため、必要な配信リストを作成する際には、データを「Microsoft Excel」(以下、Excel)で開き、手作業で突合するという煩雑なオペレーションが発生していた。これは属人化やセキュリティ面での問題も抱えていたと塩田氏は説明する。
2つ目は業務効率化の課題、すなわち人的リソース不足だ。パーソナライズされた情報提供を実現するにはコンテンツ量の増加が不可欠だが、限られた人的リソースでは、多様なセグメント作成、複数パターンのコンテンツ作成、キャンペーンレビューといった作業を十分にこなすことが難しく、画一的な情報しか提供できていなかったと指摘する。
これらの課題を解決するため、富士通は「富士通Salesforceサポートデスク」にMarketing Cloud Nextを導入した。
まず、データ統合とパーソナライズの高度化においては、Marketing Cloud Nextと「Data Cloud」を連携させることで、CRMのデータに加え、契約情報やアンケート結果を含む周辺システムのデータを一元管理できるようになった。これにより、顧客ごとの利用製品や機能、契約状況といった多様な顧客データを基に、より高度にパーソナライズされたメール配信が可能になると塩田氏は述べた。Data Cloudのセグメントビルダーを活用すれば、マウス操作で簡単に複雑な条件の配信リストを作成でき、「業務が効率化できた」だけでなく、Excelで加工するという属人化やセキュリティ的な問題も解決したという。
次に、AIによる業務効率化だ。「Agentforce for Marketing」や「Einstein」の活用により、キャンペーンやコンテンツ、セグメントの自動生成が可能になった。チャット形式の自然言語で「次回、こんなキャンペーンで、こんなコンセプトで、こんな内容を送りたい」と指示するだけで、AIエージェントがキャンペーンのドラフトやメールコンテンツを生成する。塩田氏は、「ゼロから人間が考えるかよりかは、AIエージェントがドラフトを作ってくれて、ある程度のものを1にしていけばいいので、0から1を生み出すより手間が少ない」と話す。その結果、事前準備作業が削減され、限られたリソースでも複数パターンのメールコンテンツ作成と配信が可能になったと評価している。
さらに、AIエージェントの連携による自律的な顧客対応も実現している。エージェント同士を連携させることで、契約更新のリマインドからQ&A対応、契約手続きのサポートまで自律的に対応する。これにより、業務効率化と顧客満足度の向上を同時に実現するという。加えて、これまでマニュアルで実施していたライセンスや契約管理業務についても、「Revenue Cloud」の導入によって2026年4月までに完全に廃止する予定であり、「契約から請求、収益管理までを自動化・一元化することで、透明性と効率性を飛躍的に高める取り組み」として位置付けている。
塩田氏は、Marketing Cloud Nextの導入を足掛かりに、富士通が目指す「マルチエージェント」戦略についても言及した。
富士通は「Microsoft Teams」(以下、Teams)をコミュニケーションツールとして利用しており、将来的には「Microsoft Copilot」とSalesforceのAIエージェントをAPI連携させ、Teamsでのチャット指示からキャンペーン企画、ドラフト作成までを完結させる構想を持っている。「Slack」だけでなくTeamsといった多様なインタフェースでAIエージェントが利用できる未来は、多くの企業にとって利便性が高いと期待している。
顧客接点の拡大と深化も目指しており、メルマガの返信に記載された質問に対してAIエージェントがメールで自動返送する「双方向の申し込みエージェント」の活用や、バージョンアップ説明会、セミナー申し込み、更新案内のサポートなどの取り組みを考えている。
マルチエージェント連携では、Microsoft、SAP、ServiceNowなどのAIエージェントとの連携を進め、富士通独自のAIエージェントも活用し、さまざまな業務の課題を解決するとしている。
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