大手ホームセンターのLowe’sは従業員がAIを活用できるよう取り組みを広げる一方で、関係者の意見を反映しながらツールを改善している。AIのユースケースを選別する取り組みとともに確認しよう。
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米国の大手ホームセンターLowe’sは、より広範なビジネス変革戦略の一環として、AIを活用して市場シェアの拡大および顧客体験の向上、業務効率の向上を推進している。
Lowe’sは「ChatGPT」が公開される約1年前からOpenAIと提携しており、AI技術に精通している。Lowe’sでAIおよびデータ、イノベーションを担当するチャンドゥ・ネア氏(シニアバイスプレジデント)は「現在は多くのAIアプリケーションが本格運用の段階に進んでおり、社内での活用も広がっている。AIに対する期待がこれまで以上に高まっています。ホームセンター業界において未開拓だった分野を生成AIが切り開きました。私たちは多くの同業者が抱えているであろう課題に直面していました。それは、さまざまな部門から300件を超えるような膨大なユースケースが持ち込まれるというものです」
Lowe’sは2025年の成長目標である「Total Home Strategy」と一致させる形で(注1)2025年のAI戦略を策定した。買い物および販売、業務といった体験の中で、AIの活用で効果が期待できるとリーダーたちが考える分野を特定した。その上で、最も価値が高いと判断されたユースケースを優先して進めている。
同社のAI戦略の重要な柱の一つは、ステークホルダーとの連携を図りながら、プロセス全体にわたってフィードバックの仕組みを構築することだ。システムの有用性を高め、期待通りに機能しているかを確認できるようになる。
ツールや技術にエンドユーザーが関わらなければ、AIの導入は成功しない。技術の導入自体を目的とするのではなく、実際に従業員の役に立つツールを作ることが重要だ。ITインフラサービスを提供するKyndrylの調査によると、CEOの約半数は「従業員によるAIへの反発や抵抗が課題だ」と指摘している(注2)。
「当社のAIチームは一貫して現場に足を運んでいる。実際に現場を歩き回ってツールがどう使われているかを確認しなければ、当社のチームでAIエンジニアやデータサイエンティストとして働くことはできない」(ネア氏)
ネア氏によると、現場の従業員と直接やりとりするエンジニアは、問題の原因をより正確に突き止めることができ、今後の開発に関するロードマップをどのように作成すべきか理解しやすくなるという。
2025年の夏の初めにLowe’sは全米にある1700以上の店舗の従業員に、社内向けAIアシスタント「Mylow Companion」を提供した(注3)。また、同様のツールを顧客向けにも公開した。
Mylow Companionには各回答を「いいね」「よくないね」と評価するボタンが実装されており、利用者は迅速にフィードバックできる。フィードバックは毎日確認されており、チームは他のさまざまな指標も追跡している。このようなモニタリングを通じて、エンジニアたちは多少の不具合があったとしても、キーボード入力より音声入力を使用する従業員が多いという事実に気付くことができた。
「目の前に顧客がいる状況で、スマートフォンを見ながら文字を打ちたくないのは当然です。従業員は音声入力を使用していたのですが、音声入力機能には問題がありました。当社は直ちに方向転換を実施し、改善に取り組みました。音声対応型のAIには、細かいニュアンスの理解をはじめとしてさまざまな問題があります」
現場における視点とステークホルダーとの連携により、Mylow Companionは従業員にとって重要な資産となり、従業員体験と顧客体験の接点も改善した。
Lowe’sは主要な事例となったAIアシスタントのユースケースに加えて、マーケティングや自社のWebサイトの検索機能といった成熟度の異なるさまざまな業務領域でAIを活用している。また同社は、全社的な生産性向上の取り組みにおいてもAIを重要な手段と位置付け、年間で約10億ドルのコスト削減を目指している。
AIがさまざまな業務プロセスに深く組み込まれていく中で、どのユースケースに取り組み、拡大すべきかを見極めることは事業全体の成功にとって非常に重要だ。Lowe’sの技術チームは、財務部門と共同で作成したフレームワークを活用し、各プロジェクトの進捗状況を把握している。
ネア氏は「私たちは遅行指標と先行指標に分けた考え方を採用しています」と述べた。遅行指標とは、売上高の増加やコンバージョン率の向上をはじめとして最終的に期待される財務的な成果を指す。これに対して先行指標には、ツールの利用率や従業員が1日にツールを使う回数、週ごとのアクティブユーザー数のレポート、フィードバックの指標などが含まれている。
「それぞれの指標について、採用率およびポジティブなフィードバックの数、評価が継続して上昇するように注力しています。これらの取り組みこそが最終的な売上高の向上を促す原動力になります。仮に指標が健全な状態にない場合は直ちに方向転換し、テストや再調整、変更の必要性について見直し、場合によっては中止の判断を下します」(ネア氏)
各ユースケースには、あらかじめ設定された指標や測定基準があり、それらは毎週継続的に追跡およびモニタリングされている。
プロジェクト成功の可能性を高めるため、Lowe’sはAIリテラシーの向上にも力を入れている。OpenAIやGoogleなどのパートナーの協力を得て、同社は独自のトレーニングプログラムを開発した。経営陣から現場の従業員に至るまで、ネア氏を含めて全員が何らかの形でAIに関するスキル向上の研修を受けている。
ネア氏は「変革に人々を巻き込まなければ成功はあり得ません」と語り、テクノロジーリーダーに対して次のように助言した。
「AIの発展は単なる技術的な変化ではなく、ビジネスの変革として考える必要があります。仮に欠点を補うためだけに使用するのであれば、生成AIはコストのかかるツールというだけです。ビジネス全体を再構築する視点からAIを活用できると、飛躍の機会につながるでしょう」(ネア氏)
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