SlackはAIがSalesforceを動かす「入り口」へ 新GMが語る、人間とAIの主役交代

Slack新GMのロブ・シーマン氏は、同サービスをAIがSalesforceなどのデータを動かす基盤「Agentic OS」と再定義する。AIによるメッセージ数が過去最高を更新する中、人間とAIの主役交代が進行。新Slackbotが実現する業務革命と、両社の統合戦略の全貌を聞いた。

» 2026年03月16日 07時00分 公開
[末岡洋子ITmedia]

この記事は会員限定です。会員登録すると全てご覧いただけます。

 Salesforceは2025年秋、年次イベント「Dreamforce」において、「Slack」の再定義を宣言した。ビジネスチャットとして産声を上げたSlackは今、AIエージェントが自律的に動き、Salesforceの膨大なデータを駆動させる基盤「Agentic OS」(エージェンティックOS)へと変貌を遂げようとしている。

ロブ・シーマン氏

 その変革の先にあるのは、人間とAIの「主役交代」だ。2026年1月には、AIによるメッセージ送信数が過去最高を記録。もはや、Slackのメインユーザーは人間だけではなくなりつつある。

 このパラダイムシフトは何をもたらすのか。2026年2月にゼネラルマネジャーに就任したRob Seaman氏(以下、シーマン氏)に、Salesforceへの「入り口」としての戦略や、国内提供を開始した「Slackbot」が業務をどう変えるのかについて聞いた。

「インタフェース」と「OS」は何が違うのか

 まずシーマン氏は、Slackの原点について次のように切り出した。

 「Slackのミッションは創設当初から一貫している。人々の働く環境をよりシンプルで快適、そして生産的にすることだ。今、私たちは新たなエージェントの時代にいる。『Agentforce』(SalesforceのAIエージェントプラットフォーム)やサードパーティーのエージェントを活用することで、そのミッションをかつてない規模で実現できる」

 では、Slackはなぜ自らを「Agentic OS」と位置付けるのか。なぜ「チャット」や「インタフェース」ではないのか。シーマン氏はOSの本質的な役割から説明した。

 「OSが果たす最も重要な役割の一つは、ハードウェアの複雑さをエンドユーザーから隠蔽(いんぺい)することだ。Slackも同様に、増え続けるエージェントの数や、チャンネル、外部連携システムの複雑さを抽象化する役割を担っている。もう一つの重要な機能は、ソフトウェアの配布プラットフォームとして機能することだ。『iOS』の『App Store』でアプリをビルドするように、Slack向けにもエージェントを開発する。そういうプラットフォームを目指している」

 既にSlackのマーケットプレースおよびカスタム開発を通じて、「ChatGPT」や「Claude」「Claude Code」「Writer」「Perplexity」など数千のエージェントやチャットbotが導入されているという。「Slack内でエージェントの種類に関係なく使うことで、作業の環境をよりシンプルに、快適に、そして生産的にできる」とシーマン氏は強調する。

買収から5年 AIエージェント時代に向けSalesforceとの統合を密に

 2021年7月、SalesforceによるSlackの買収が完了した。買収金額は277億ドル。CRM大手によるビジネスチャット・コラボレーションツールの買収として注目を集めた。

 当時、Slackは独自の文化を維持しつつ、Salesforceの製品群との統合を進めた。シーマン氏はシニアバイスプレジデントとして、Salesforce側からSlack統合を進めた。この4年を振り返り、両者の関係や役割の進化を次のように語る。

 「買収以来進展を重ねてきた。共通顧客も増えて、SalesforceとSlackの戦略が一本の線でつながってきた。SalesforceがSlackを買収したことは当時も十分に意味があったが、ここにきて2社の組み合わせは再び重要な意味を持つ。SalesforceがAgentforceでエージェントを生み出し、Slackがそれをユーザーに届ける。この役割分担がようやく明確になったからだ」

 買収時点では到来していなかった「エージェント時代」が、この組み合わせの戦略的必然性を後押ししている。「CRMデータを持つSalesforceと、ナレッジワーカーが仕事をする場所であるSlackがそろって初めて、エージェントが動く基盤が完成する」とシーマン氏は話す。

 それは方向転換ではない。シーマン氏によると、Slackは常に製品原則として「良いホストである」というビジョンを掲げており、エージェント時代に合わせて拡張したにすぎないという。

 「これまでは人間に対する良いホストであることを意味していたが、今やエージェントに対しても良いホストであることが求められる。そのためにアプリフレームワークへの大規模投資を実施し、エージェントが使いにくかった部分を改善した」

新Slackbotの効果とは 「1週間の仕事が数分に」

 Slackは2026年1月、「Slackbot」の国内提供を発表した。仕事のためのパーソナルエージェントとして、ワークスペースや会話、ファイル、関係者を理解し、権限に基づくコンテキストを活用して業務を支援する。ツールの横断検索やコンテンツ作成、会議のスケジュール調整まで、Slackを離れることなく完結できる点が特徴だ。

 Salesforceの共同創業者 兼 Slack CTOを務めるParker Harris氏はプレスリリースで、「Slackbotは、単なるCopilot(副操縦士)やAIアシスタントではない。Salesforceが可能にするエージェンティックエンタープライズへの『入り口』だ」と述べている。

 シーマン氏によると、Salesforce社内だけで、提供開始から数週間でSlackbotの週間アクティブユーザー数が4万人に達したという。

 契約書の読み解きといった複雑な業務から日々のタスク整理まで、用途は多岐にわたる。社内事例として、Salesforceのコンサルティング組織は、顧客向けにビジネスバリューを分析するレポートを作成するためにSlackbotを活用している。以前は1週間を要していた作業が今は数分で完成するという。同組織はSlackbot内にカスタムスキルを構築し、ほぼ自動でビジネスバリュースタディーを生成できるようになったという。

 シーマン氏自身の活用例も教えてくれた。毎月の全社ミーティングで新入社員の名前を一人一人紹介するが、発音が難しい名前もいる。そこでシーマン氏はSlackbotに「全社ミーティングの資料を見て、新入社員の名前の発音を教えて」と頼んだところ、Slackbotは「Google Drive」を自ら検索して該当のプレゼンテーションを見つけ、新入社員のスライドを特定。氏名ごとに出身国の推定と発音のガイドを返してきたという。

 シーマン氏が現在特に力を入れているのが、Slackbotから他のエージェントへの「ハンドオフ機能」だ。会話の中でSlackbotが、「私も答えられるが、こちらのスペシャリストの方が詳しい」と回答し、プロジェクト管理ツールの「Linear」やAIライティングツールの「Writer」「Claude」など最適なエージェントを紹介し、効果的に引き継ぐ仕組みを開発中だという。

 セキュリティ面では、SlackbotはOAuth認証で外部サービスにアクセスする「User Auth」方式を採用している。Google DriveやSalesforceなど外部サービスへのアクセスは常にユーザー自身の権限範囲内に限られ、他のユーザーの情報に触れることはない。プライベートなDMの情報が別ユーザーへの回答に混入するコンテキストリークのリスクについても、「Slackbotは常にその人の情報と認証情報の範囲内でのみ動作する」と明言した。

 データプライバシーについては、採用したモデルを同社が主として利用する「Amazon Web Services」(AWS)のVPC(仮想プライベートクラウド)に配置しており、データがファイアウォールの外に出ることも、サードパーティーのモデル学習に利用されることもなく、プライバシーポリシーで保証しているという。

エージェンティックエンタープライズの「4つの構成要素」

 AIエージェントは各社の注力分野だ。Agentforceでリードを図るSalesforce、Slackの強みは何か。

 シーマン氏は、他社にはない強みとして4つの要素を挙げた。「この4つ全てを備えている会社は他にない」とシーマン氏は言い切る。

 第1は「System of Context」(コンテキストのシステム)だ。Salesforceのデータ基盤である「Data Cloud」にCRMデータ、Slackの会話データ、外部データを統合することで実現する。

 第2は「System of Work」(仕事のシステム)だ。Salesforceの各クラウド製品群に実装した顧客の業務プロセスの膨大な集積だ。

 第3は「System of Agents」(エージェントのシステム)。Agentforceによってエージェントを構築、展開できる。

 第4が「System of Engagement」(エンゲージメントのシステム)としてのSlackだ。

 だが、Slackを使う顧客の中には、Salesforceを利用していない企業もいる。その点についてシーマン氏は、「まずSlackを使うことで生産性を高められる。Slackには活発なエコシステムという魅力もある」としながら、「Salesforceの機能に段階的に触れてもらい、採用してもうらための機会を提供する」と述べる。非Salesforce顧客に対してSlackをSalesforce製品への入り口と位置付け、段階的にそのエコシステムへ引き込む戦略だ。

「エージェント」がユーザーになる将来に向けて

 AIエージェントの普及によってSaaS不要論が出るなど、ソフトウェア業界を揺るがしている。Slackはどのような影響を予期しているのか。

 シーマン氏はまず数字を示した。「2026年1月28日、Slackの1日当たりのメッセージ送信数が過去最高を更新した。ここ数カ月の成長をけん引した最大の要因の一つがエージェントだ」と話す。エージェントがユーザーとしてSlackを使う頻度が増えており、将来的には人間ユーザーと同数のエージェントがSlack内に存在する時代が来るとシーマン氏はみる。既にアーリーアダプターやフロンティアラボ系の企業ではその兆しが表れているという。

 「(Slackの)ユーザーは人間だけではなく、エージェントにも広がる」とシーマン氏は考える。今後のビジネスモデルについては名言を避けつつ、従来の1ユーザー/月モデルへの影響は避けられないとの考えを示した。

 一方で、エージェントの急増が新たな課題も生んでいる。ユーザーのエージェント疲れだ。「どのエージェントをいつ使えばいいか。エージェントが急増する中で、ユーザーが圧倒されないようにすることは避けられない課題だ」とシーマン氏。Slackには「ユーザーが考えなくても使える」という製品原則がある。どのエージェントをいつ使えばいいか。その判断をユーザーに委ねず、適切なタイミングで自然に必要なエージェントが現れる体験を目指している。「まだ完全には解決できていないが、取り組みを続けている」とシーマン氏は述べた。

 最後にシーマン氏は日本市場への強い思いを語った。

 「日本はSlackにとって第2位の市場であり、最も熱心に関わってくれるユーザーコミュニティーを持つ。特にSlackbotとそのパイロット版に関しては、日本のコミュニティーが製品とロードマップに大きな影響を与えてくれた。Slackbotのトーンや個性、遊び心を形作ったのは、日本の顧客の皆さんだ」

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

アイティメディアからのお知らせ

注目のテーマ

あなたにおすすめの記事PR