ガリガリ君の赤城乳業が実現した「クリーンコア」 需要激変に即応する現場オペレーションをどう構築した?

需要激変のアイス市場で戦う赤城乳業。同社はERPの標準化(クリーンコア)を厳守しつつ、ビジネスの生命線である現場のオペレーションを外出し開発で迅速化。相反する「守りと攻め」を両立させたプロジェクトの全貌を聞いた。

» 2026年07月01日 07時00分 公開
[谷川耕一ITmedia]

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 「ガリガリ君」で知られる赤城乳業の氷菓、アイス製品の製造販売は、気温によって需要が爆発的に変動する。この激変に即応する現場のスピードと、厳格なデータガバナンスをいかに両立させるか――。

 この難題に対し、同社が2026年1月の新基盤本稼働で導き出した答えが、クラウドERP「SAP S/4HANA Cloud Public Edition」を中核とした「クリーンコア」の確立だった。コーポレート領域の標準化を徹底する一方で、現場のスピードが求められる製造販売領域は「サイドバイサイド」(Side-by-Side)開発で対応する戦略を選択。システムの一貫性と現場の即応性を融合させた、ユーザー主導型プロジェクトの全貌を聞いた。

左が吉橋高行氏、右が石井敏行氏(筆者撮影、以下同)

爆発的な需要変動に向き合うアイス製品ビジネス――在庫適正化が生命線

 同社が営むビジネスは、一般的な食品製造業と比べても需要変動の影響を受けやすい。気温に連動して需要が大きく変動する点が特徴であり、課題でもある。製品の特性上、溶解によって商品価値が失われるため、厳格な冷凍物流と需要に即応した供給体制の両立が求められる。

吉橋高行氏

 赤城ホールディングスの吉橋高行氏(取締役 財務本部 副本部長 兼 情報システム部 部長)は、このビジネスの難しさを次のように語る。

 「赤城乳業にとって、在庫の適正化はビジネスの要です。アイスクリームは気温や季節によって需要が爆発的に変動するため、正確なPSI(生産・販売・在庫)管理と、迅速かつ緻密な意思決定が会社の命運を握るからです。作りすぎれば保管コストや廃棄リスクが跳ね上がり、足りなければ即座に機会損失につながってしまう。このコントロールこそが会社の生命線なのです」

 こうした在庫の適正化を支えるには、需要変動に即応できる現場のスピードが欠かせない。一方で、従来のオンプレミス環境では、標準化領域と差別化領域が複雑に混在していた。その結果、法制度変更への対応コストの増大や、ビジネス変化に対する柔軟性の低下といった課題が生じていた。

迫る「ECC 6.0の保守終了」と「ホールディングス化」への移行

 情報システム部門は、現場課題への対応に加え、システムのタイムリミットにも直面していた。当時利用していた「SAP ERP(ECC 6.0)」は拡張パックが「EhP5」以下であり、一般的な「SAP ERPの2027年問題」よりもさらに早いタイムリミット(2025年末の保守期限)が迫っていたためだ。

 さらにこの時期、グループ内ではもう一つの変化が進んでいた。グループ全体の経営効率化やガバナンス強化を目指した、組織のホールディングス化(2024年9月に移行)の検討だ。旧システムの保守期限への対応とグループ体制の見直しが重なり、単なる延命ではなく、将来を見据えた基盤の再設計が検討課題となった。

 経営のガバナンスとデータの一貫性を確保するバックボーン(SoR:記録のためのシステム)を確保しつつ、現場との接点となるシステムやデータ分析を担う仕組み(SoE/SoI)をどう設計するか。アイス製品ビジネスの強みを損なうことなく、グループ新体制を支える次世代基盤の構築に向けた検討がスタートした。

3つの基盤を束ねた提案を評価、「SAP必須ではない」から始めた選定

 基幹システムの刷新に当たり、赤城乳業は複数のベンダーやソリューションを慎重に比較検討した。吉橋氏は「実は、クリーンコアの部分だけならば、最初からSAPが必須だったわけではありません。他のベンダーのソリューションも含めてフラットに検討を進めていました」と振り返る。

 しかし、フラットに他社ソリューションと比較したからこそ、SAP製品の強みがあらためて明確になった。同社は長年SAP ERPを運用してきた実績があり、その堅牢(けんろう)性や、企業のコア業務を支える業務プロセスの網羅性を評価し、パブリッククラウド環境でも、業務標準としての特性は継承されると判断した。現行の業務プロセスや社内に蓄積されたノウハウを確実に引き継ぎながら、基盤の高度化を図ることを考えた際に、SAPを軸とする構成が妥当だと判断した。

 そうした中、同社が最終的にパートナーとして選定したのがフリーダムだった。フリーダムの提案は、同社が評価するSAP S/4HANA Cloud Public Editionを中核(クリーンコア)とし、そこにローコード開発プラットフォームの「OutSystems」、データ連携基盤(EAIツール)の「ASTERIA Warp」を組み合わせたハイブリッド型のアーキテクチャだった。

 「フリーダムが最初から、SAPとAsteria、さらにOutSystemsを組み合わせたエコシステムで提案してくれた点を高く評価しました。特にASTERIA WarpにSAP専用のアダプター(コネクター)が用意されていたことは、システム間の密な連携をスピーディーに実現する上で大きな安心材料となりました」(吉橋氏)

アドオンを排したクリーンコアの厳守――標準化とガバナンスの確立

 今回のプロジェクトでは、赤城乳業をはじめとするグループ全体でアーキテクチャの切り分けを重視した。財務会計(FI)や販売管理(SD)といった、共通化・標準化すべきコーポレート領域は、アドオン(追加開発)を一切排除したクリーンコアとして、SAPの標準機能のまま実装する方針を採った。

 そのために同社は「Fit to Standard(標準への適合)」によってクリーンコアを厳格に守る方針をとった。このアプローチの具体的な成果の一つが、並行して進められ、一足早く立ち上がったグループのホールディングス会計システムだ。

 一般に、独自のこだわりや特殊な商習慣が混入しにくいホールディングス側の会計業務は、事業会社のような製品、取引ごとの細かな差異が少なく、標準化を進めやすい領域と言える。同社はこの性質を捉え、システム側に業務を合わせるFit to Standardを徹底した。その結果、業務の標準化とガバナンス強化という当初の目的を達成し、新体制を支えるグループ会計基盤を着実に立ち上げた。

現場の強みと性能を支える、もう一つの鍵「サイドバイサイド」の徹底

 しかし、赤城乳業が挑んだ本丸である製造販売のシステム刷新においては、「Fit to Standard」を最優先する一般的な考え方とは一線を画すアプローチが採られた。吉橋氏は、昨今のERP導入のトレンドを次のように語る。

 「今のERP導入ではFit to Standardばかりが強調されがちですが、クリーンコアを維持することはあくまで大前提。私たちはむしろ、その先のサイドバイサイドこそが重要だと考えています。事業会社としての強みや差別化のポイントは、標準機能だけでは対応できません。ここをいかにサイドバイサイドで実現しクリーンコアと連携させるかが鍵であり、クリーンコアを汚さずに独自性を実現することにこだわりました」

石井敏行氏

 この方針のもと、情報システム部門は実務レベルの切り分けを進めた。その中心的な役割を担ったのが、情報システム部 課長の石井敏行氏だ。同社は、購買や生産、生産系システム、そして実態に即した緻密な原価計算の領域で、生産管理パッケージ「AMMIC」およびOutSystemsを活用したサイドバイサイド開発を採用した。

 「例えば、入金の消し込み処理や売掛金の残高管理など、これまでの業務プロセスをSAPの標準画面だけで実現するのは難しい領域がありました」と石井氏は実務的な背景を語る。さらに吉橋氏も、「事業会社として差別化すべき武器や、食品業界特有の複雑なリベート(割戻金)対応などは、クリーンコアの標準機能ではカバーしきれません。これらをいかにサイドバイサイドで実装し、クリーンコアを汚さずに構成するかのコントロールが重要でした」と付け加える。

 大量・高速な物流が動くアイス製品ビジネスの現場では、一分一秒を争うスピードで在庫状況や出荷指示を確認する必要がある。石井氏は、当時の性能確保における“設計の妙”を次のように解説する。

 「現場のビジネススピードに追随するには、高いシステム性能が求められました。例えば、在庫一覧の表示などは、パブリッククラウドERPへ都度アクセスを発生して処理するのではなく、OutSystemsで構築した外側のデータ層で保持させることで、現場が求める即応性を担保する設計にしています。もし、膨大な在庫データを閲覧するために、現場が画面を開くたびにERPの奥深くで処理する仕様にしてしまっては、求めるスピード感が出ず最前線のニーズには合いません」

 つまり、現場が触れるフロントの画面や、即応性が求められるデータ処理は、ローコードツールOutSystemsを使って外側(サイドバイサイド)に構築し、高いレスポンス性能を確保した。一方で、「OutSystems側で発生した日々のトランザクションデータは、ASTERIA Warpを介して確実にSAPへと戻し、一貫性と正確性を担保している。これによって「SAPのデータは常に正しい」という信頼できる唯一の情報源(シングルソース・オブ・トゥルース)としての環境を作ったと石井氏は説明する。

 業務標準はSAPのクリーンコアで堅牢に守り(SoR)、現場が求める操作性や差別化が必要な領域はOutSystemsによるサイドバイサイドで外出しして担保する(SoE《System of Engagement》、SoI《System of Insights》)。こうしたハイブリッドな構成により、同社は自社のビジネスに適したアーキテクチャを形づくった。

ベンダー任せにしないユーザー主導のPMと、ここから始まる「攻めのDX」

 この大規模なハイブリッド環境の構築をスムーズに進める要因の一つが、赤城乳業のプロジェクトマネジメント(PM)に対する姿勢にある。

 吉橋氏は「クリーンコアは動かさない、ビジネスコアはOutSystemsで柔軟に変える。この変革を進めるには、プロジェクトマネジメントをSIer任せにせず、ユーザー企業である私たちが主導権を握ることが重要でした。この『ユーザー主導型』の体制を取ったことで、今後は自分たちでシステムを育てていく基盤が整いました」と振り返る。

 情報システム部門がビジネスの要件を深く理解し、アーキテクチャの手綱を握り続けたことで、複雑なシステム連携もスケジュール通りに進んだ。2026年1月のカットオーバー以降、大きなトラブルもなく安定稼働が続いている。

 さらに、今回の刷新は同社の情報システム部門の役割や、今後のシステム内製化の進め方にも変化をもたらしつつある。実務を統括した石井氏は次のように手応えを語る。

 「例えば物流の現場では、夏場に受注したデータを倉庫ごとのレイアウトに変換して送信する手間がありましたが、今はOutSystemsとASTERIA Warpの連携により、画面上のワンクリックで送信できるようになりました。オペレーションが大きく簡略化され、現場の属人化やミスも減っています」

 吉橋氏も、「SAPの標準機能(ABAP)で追加開発をすれば数カ月かかるような改修も、OutSystemsを活用すれば3分の1以下のスピードで実現できます。社内で自走(内製化)を目指せるようになったことは大きな強みだと感じています」と、スピード感と内製化への期待を強調する。

 パブリッククラウドERPへの全面移行を果たし、次世代のデジタル基盤という新たなスタートラインに立った赤城乳業。クリーンコアとサイドバイサイドに領域を明確に分けたシステムデザインを採用した結果、社内の開発や業務改善のスピードが上がり、柔軟に対応できるようになったと両氏は口をそろえる。

 吉橋氏は、今回の基盤刷新の位置付けと今後の展望を次のように語る。

 「あくまでも基幹系、つまりSoRの部分はクリーンコアで堅牢に守る。一方で、私たちのビジネスにおいて重要な差別化ポイントは、SoEやSoIといった『攻めのIT』の領域にあります。ここをサイドバイサイドで柔軟に実現できるようになったことで、守りと攻めの両方を備えた環境が整い、DXを本格的に進めるための土台ができたと考えています」

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