リホストを選ぶ企業は63% モダナイゼーションの「第一歩」のはずが、なぜ終着点に変わるのか?「新しい乱世」を生き抜くためのIT羅針盤

国産メインフレームの提供終了が相次ぎ、レガシーシステムの移行は「期限のある経営課題」になった。だが移行プロジェクトで最初に立ちはだかるのは、移行技術やアーキテクチャ「以外の」問題だ。モダナイゼーションがリホストで止まる構造を、ITRの入谷光浩氏が解説する。

» 2026年07月31日 08時00分 公開
[入谷光浩株式会社アイ・ティ・アール]

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この連載について

これまでどの時代でも、時代に適応した者だけが生き残ってきました。

テクノロジーの急速な進化、経済見通しの不透明さ、地政学リスクの顕在化、そして前例なき気候変動――。これまでの経験や常識が通用しにくいこの時代は、まさに「新しい乱世」と言えるでしょう。

今、企業に求められているのは、混迷の中を生き抜いていくために必要な次の一手を見極める力です。

そのための羅針盤となるのが、経営とビジネスを根本から変革し得るエンタープライズITなのです。

本連載では、アイ・ティ・アールの入谷光浩氏(取締役/プリンシパル・アナリスト)がエンタープライズITにまつわるテーマについて、その背景を深掘りしつつ全体像を分かりやすく解説します。「新しい乱世」を生き抜くためのITの羅針盤を、入谷氏とともに探っていきましょう。

 2022年に富士通がメインフレーム事業の終了方針を示して以降、国内企業のモダナイゼーションに取り組むスピードが明らかに加速しました。さらに日立製作所もメインフレーム事業からの完全撤退を発表したことで、国産メインフレームを利用する企業にとって、移行は「いつか検討する課題」ではなく「期限のある経営課題」になりました。

 ただし、レガシーシステムはメインフレームだけではありません。古いバージョンのJavaや.NETで構築され、長年にわたって機能追加を繰り返してきたシステムもレガシー化が進んでいます。技術的にはオープンな環境であっても、利用しているフレームワークやミドルウェアが古く、仕様を理解する人材がいなくなれば、簡単には変更できません。

 アイ・ティ・アール(以下、ITR)の調査では、レガシーシステムの存在に危機感を持っている企業は84%に上ります。そのうちの21%が非常に強い危機感を持っています。多くの企業が問題を認識しながらも、対応を先送りしてきたことが分かります。

レガシーシステムに対する危機感(出典:ITR『ITインフラ動向調査2025』《2025年12月調査》) レガシーシステムに対する危機感(出典:ITR『ITインフラ動向調査2025』《2025年12月調査》)

 経済産業省が「2025年の崖」という言葉でこの問題を提起したのは、2025年になってからモダナイゼーションに取り組むためではなかったはずです。本来であれば、それまでにレガシーシステムを解消し、デジタル時代に対応できる基盤を整える必要がありました。しかし、実際には崖の縁に立ち、足元が崩れ始めてから、ようやく企業は重い腰を上げたと言えるでしょう。

先送りのツケとしての「コストとリスクの“爆上がり”」

 この数年、筆者がモダナイゼーションプロジェクトを支援する機会は明らかに増えました。しかし、現場で最初に直面するのは、移行技術やアーキテクチャの問題ではありません。

 人と予算を確保できないという、極めて現実的な問題です。

 社内では、現行システムの仕様や設計思想を理解する担当者が退職したり、別の部署に異動したりしています。設計書が十分に残されておらず、プログラムを解析しなければ実際の処理が分からないケースも珍しくありません。

 ベンダー側の事情も深刻です。メインフレームや古いプログラミング言語に対応できる技術者は減少しています。企業がRFP(Request for Proposal:提案依頼書)を発出しても、必要な技術者を確保できない、プロジェクトのリスクが高いといった理由から、提案を辞退するベンダーもあります。

 提案を受けられたとしても、提示された費用がユーザー企業の想定予算を大きく上回ることもよく目にするようになりました。ハードウェアやソフトウェアだけではなくクラウドサービスの価格も上昇、さらに人件費も高騰しています。

 つまり、モダナイゼーションを先送りしたことで、移行はさらに難しくなっています。時間が経過するほど、システムを理解する人材と、移行を担えるベンダーの両方が減少し、コストとリスクが上昇しているのです。

なぜ、モダナイゼーションがリホストに“後退”するのか?

 人と予算を確保した後にも、大きな「壁」があります。どの移行方式を選択するかという問題です。

 経営層は、業務停止やプロジェクト失敗のリスクを避けたいと考えます。そのため、アプリケーションを大きく変更せず、新しい基盤へ移すリホストを支持しやすくなります。

 一方、業務部門は、せっかく大規模に投資するのであれば、現在の使いにくさを解消し、効率性を大きく向上させたいと考えます。その要求を満たそうとすれば、アプリケーションを再設計するリアーキテクチャや、ゼロから作り直すリビルドが必要になります。

 その間に立つIT部門は、リスクと効果の折衷案として、既存の仕様を維持しながら新しい言語や環境へ書き換えるリライトを選びたくなります。現行業務への影響を最小限に抑えつつ、保守性や拡張性を高められると考えるからです。

 経営層、業務部門、IT部門のいずれの主張にも合理性があります。誰かが明らかに間違っているわけではないからこそ、移行方式がなかなか決まりません。そして議論を重ねるほど、最もリスクが低いと見えるリホストへと引っ張られていきます。

 ITRの調査でも、レガシーシステムの移行方式としてリホストを選択する企業は63%に上ります。こうして、「モダナイゼーション」と銘打って始まったプロジェクトが、現行システムを安全に移すことを優先するマイグレーションプロジェクトへと変わっていくのです。

「第一歩」のはずのリホストが終着点になる

 筆者は、リホスト自体が悪いとは考えていません。保守期限が迫り、人材も限られている状況では、まず安定した基盤へ移すことは合理的な判断です。最終的に目指す姿があり、そこへ向かうジャーニーの第一歩として位置付けられているのであれば、リホストも立派なモダナイゼーションです。

 問題は、リホストが事実上の終着点になってしまうケースが多いことです。

 その最大の理由は、リホストが完了すると、経営層からは問題が解決したように見えることにあります。製品の保守終了やメインフレーム撤退といった差し迫った危機を回避できれば、次の段階に向けた投資の優先度は下がります。

 また、第一段階の移行で、当初想定していた以上の予算と人材を使い果たすこともあります。プロジェクト体制は移行完了とともに解散し、その後の変革を継続して担う責任者も曖昧(あいまい)になります。

 さらに、プロジェクトの評価指標は「期限内に、問題なく移行すること」に偏りがちです。開発生産性や変更容易性、データ活用、業務改革といった将来的な価値よりも、障害を起こさないことが優先されます。

 結果として、インフラは新しくなっても、複雑なプログラムや密結合したシステム構造、属人的な運用は残ります。さらに、古い設計や脆弱(ぜいじゃく)性を引きずることで、セキュリティリスクが解消されない可能性もあります。「新しい環境で動くレガシーシステム」になりかねません。

 リホストは、技術的負債を解消するものではなく、「返済期限」を延ばす手段です。そこで得られた猶予期間をどう使うのかが決まっていなければ、技術的負債が再び積み上がります。

AIによって「あるべき姿」が定めにくくなった

 現在のモダナイゼーションをさらに難しくしているのが、AIの急速な進化です。

 少し前まで、モダナイゼーションの目指す姿は比較的明確でした。クラウドへ移行し、アプリケーションをマイクロサービス化し、コンテナやAPIを活用する。DevOpsやCI/CDを導入し、俊敏に変更できるクラウドネイティブなシステムを構築することが、代表的な目的地と考えられていました。

 もちろん、こうした取り組みの重要性が失われたわけではありません。しかし、生成AIやAIエージェントの急速な進化によって、クラウドネイティブ化だけをモダナイゼーションの完成形として描くことは難しくなりつつあります。

 今後、人間が詳細な要件を定義し、設計し、プログラムを実装するという開発の進め方そのものが変わる可能性があります。人間は実現したい目的や制約条件を示し、AIが設計、実装、テストの多くを担うようになれば、求められる開発基盤やアプリケーションの構造も変わります。

 業務システムの利用方法も変わるでしょう。従業員が個々のシステムを直接操作するのではなく、AIエージェントが複数のシステムを横断し、必要なデータを参照しながら業務を実行する形が広がる可能性があります。そうなれば、既存システムを全面的に作り直すことよりも、APIなどを通じてAIエージェントから安全に利用できる状態にすることが優先されるケースも出てきます。

 つまり、AIによって変わるのは、開発を効率化する方法だけではありません。システムを誰が開発し、誰が操作し、どのように業務を実行するのかという、エンタープライズシステムの前提そのものです。AIが今後どこまで進化するかを正確に予測できない以上、数年後に求められるアプリケーション構造や開発基盤を、現時点で一つの完成形として定めることは困難です。

 だからといって、AIの進化を見極めるまで何もしないという判断も適切ではありません。AIの進化を待っている間にもシステムは古くなり、対応できる人材は減少します。必要なのは、将来のあるべき姿を一つに決めることではなく、今後どのような変化が起きても対応できる体制をつくることではないかと考えています。

今求められているのは、進むべき道を決めることではない

 これからのモダナイゼーションで重要なのは、将来の技術構成を正確に予測し、一つの完成形を描くことではありません。技術や事業環境が変化したときに、最適な選択をし直せる体制をつくることです。

 その第一歩は、現在のシステムを理解できる状態に戻すことです。どの機能がどの業務を支え、どのデータやシステムに依存し、どこに固有の業務ルールが埋め込まれているのかを明らかにします。現状を理解できなければ、リホスト、リライト、再構築、SaaSへの置き換えのいずれが適切かを判断することもできません。AIはコード解析や仕様の復元、依存関係の整理など、ブラックボックス化したシステムを解明する手段として活用できます。

 次に必要なのは、将来の選択肢を過度に狭めないことです。特定の製品やクラウド、開発方式を唯一の正解として固定するのではなく、データを取り出せるか、他のサービスと連携できるか、別の基盤へ移行できるかといった観点を設計や契約に組み込みます。将来変更する可能性が高い領域と、安定稼働を優先する領域を見極め、それぞれに必要な柔軟性を持たせることが重要です。

 さらに、モダナイゼーションを一度限りの大型プロジェクトにしないことも必要です。システムの状態や技術的負債を継続的に評価し、事業環境や技術の変化に応じて、対象範囲や優先順位、移行方式を見直せる仕組みが必要です。

 目的地が見えにくい今、企業に求められるのは、進むべき道を最初から一つに決めることではありません。環境の変化に応じて進路を選び直せる余地を残すことが重要だと筆者は考えます。

筆者紹介:入谷光浩(アイ・ティ・アール 取締役 / プリンシパル・アナリスト)

IT業界のアナリストとして20年以上の経験を有する。グローバルITリサーチ・コンサルティング会社において15年間アナリストとして従事、クラウドサービスとソフトウェアに関する市場調査責任者を務め、ベンダーやユーザー企業に対する多数のコンサルティングにも従事した。また、複数の外資系ITベンダーにおいて、事業戦略の推進、新規事業計画の立案、競合分析に携わった経験を有する。2023年よりITRのアナリストとして、クラウド・コンピューティング、ITインフラストラクチャ、システム運用管理、開発プラットフォーム、セキュリティ、サステナビリティ情報管理の領域において、市場・技術動向に関する調査とレポートの執筆、ユーザー企業に対するアドバイザリーとコンサルティング、ベンダーのビジネス・製品戦略支援を行っている。イベントやセミナーでの講演、メディアへの記事寄稿の実績多数。

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