業務の30%をAIエージェントがこなすIT運用部門、なぜ「パワポ文書」を禁止したのか?NTTドコモソリューションズに聞く「AIエージェント実装」のリアル(前編)

業務の約30%をAIエージェントに任せているNTTドコモソリューションズのIT運用部門。同部門が、AI活用に取り組む中で、日報や週報での「パワポ文書」を禁止したのはなぜか。一見、デジタル化に逆行するようにも見える施策の狙いを聞いた。

» 2026年09月11日 08時00分 公開
[田中広美ITmedia]

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NTTドコモソリューションズの駒沢健氏 NTTドコモソリューションズの駒沢健氏(筆者撮影)

 IT運用の約30%をAIエージェントに任せている部門がある。NTTグループのITシステムの構築・運用を担うNTTドコモソリューションズ(旧NTTコムウェア)のプラットフォームサービス部だ。最終的には70%に引き上げることを目標としているという。

 AIエージェントへの関心が高まる一方で、実装でつまずく企業も多い。本稿では、AIエージェント実装の前段となる、AI活用に向けた社内データ整備における課題解消を見ていく。

 AIに業務を任せるには、参照する社内データがAIによって理解できる形であることが求められる。しかし、AI活用を前提としたデータが整備されておらず、特に業務マニュアルや議事録、電子メール、チャットログといった非構造化データに手が付けられていないケースは多い。

 実はプラットフォームサービス部も以前は同じ課題を抱えていた。この課題に対して、同部を率いるNTTドコモソリューションズの駒沢健氏(ネットワーククラウド事業本部 プラットフォームサービス部 部長)が打ち出した施策の一つが、「パワポ文書」の禁止だった。

なぜ「パワポ文書」を禁止した?

 駒沢氏は2024年7月、プラットフォームサービス部のメンバーに対し、日報や週報などの社内報告書をテキストのみで記述するルールに切り替えることを伝えた。

 プラットフォームサービス部の業務範囲には、AIOps(AIを活用したシステム運用の自動化・効率化)、SRE(システムの信頼性を維持・向上させるエンジニアリング手法)、FDE(顧客の現場に入り込み開発や運用を担う技術者)、セキュリティ運用が含まれる。

 この部門がAI活用に取り組み始めたのも2024年7月のことだ。プラットフォームサービス部では従来、日常業務に関する問い合わせを受けた際、「知っている人に聞く」状況が常態化していた。

 AIを業務に適用するには、社内データの整備が欠かせない。問い合わせ対応であれば、社内ルールや規定の文書をAIが参照できる形に整える必要がある。そこで、プラットフォームサービス部は社内文書を検索対象とするRAG(検索拡張生成)のチューニングに取り組んだ。

 しかし、当初は期待した精度の回答は返ってこなかった。「社内文書に『パワポ文書』が多く混在しているのがその原因の一つだと考えました」と駒沢氏は振り返る。いわゆる「パワポ文書」では主語や述語が省かれやすく、イメージ画像や図版、口頭での説明が加わって初めて「意味の通る内容」になる。人間同士であれば暗黙の了解で報告書として機能するが、“行間”が補われていないためにAIは文脈を読み取れず、作成者の意図もくみ取れない。

(編注)本稿における「パワポ文書」は、前提となる知識の共有や口頭での説明が加えられて初めて意味が通る、図解や箇条書きを多用している文書を指す。プラットフォームサービス部で実施された施策は、「Microsoft PowerPoint」を利用した文書の作成自体を禁じるものではなく、テキストのみで報告書を作成するものだ。

 駒沢氏は、問い合わせ対応の回答精度が期待を下回った点について、「パワポ文書」以外に次の2つの要因があったと振り返る。

  1. ファイルの乱立: 完成版に至る以前の「0.6版」「0.7版」とナンバリングされたファイルやその複製コピーが散在し、AIがどのデータを参照すべきか判断できなかった
  2. 人間の問いかけ方: AIに適切な指示を与える「プロンプトエンジニアリング」以前に、「何を問うべきか」という課題を正しく設定できる人材が不足していた

「従業員の成長」と「AIの進化」の両輪で課題解決

 プラットフォームサービス部がテキストのみでの報告書に切り替えたのは、前述した通り2024年7月だ。「われわれの組織では、日報や週報といった報告文書をテキストだけで書く運用に切り替えました。正しい日本語で状況を表現し、さまざまな関係者に意図が的確に伝わる文章を書くトレーニングを実践しています」(駒沢氏)

 駒沢氏は、「Microsoft Word」(以下、Word)のみで会議を実施する米Amazon社に言及し、狙いについて次のように語った。「Amazonの意思決定会議がWordのみで行われるという話は有名です。言葉によって『何がポイントなのか』『議論の論点はどこか』『どこで意思決定すべきか』を正確に表現しなければならないということです」

 「パワポ文書」の禁止以降、部門メンバーに変化が表れた。駒沢氏は「この約半年で、メンバーの文章作成能力は確実に向上しました」と手応えを語る。「AIをうまく使いながら文書を作成していることや、多くのステークホルダーにわれわれの取り組みを報告する機会を作ったことも“効いている”と思います」

  駒沢氏はもう一つの変化として、AI側の進化を挙げる。用語や概念の関係を「AはBの一種だ」「CとDは同じものを指す」といった形で体系的に定義する技術「オントロジー」の進歩だ。部署によって呼び方が異なる用語を同じ概念として結び付ける仕組みで、製品名や略称の表記揺れも吸収できる。文章が多少不完全であっても、AI側が文脈をくみ取って補える領域が拡大したわけだ。

 「人間側の『正しく書く能力』の向上と、それを支える『テクノロジーの進化』。その双方が歩み寄り、かみ合い始めたと実感しています」(駒沢氏)。こうして、プラットフォームサービス部におけるAI活用の土台が整った。

AI活用を成果に結びつけるために何が必要か?

 多くの企業のフェーズがAIの導入から活用へと移る中で、ROI(費用対効果)が厳しく問われるようになっている。AIでコストに見合う成果を出すために何が必要なのか。

 この問いに対し、駒沢氏は「どの業務でどのような事業成果を目指すのかというビジネスシナリオの整理が重要です。ビジネスシナリオの整理を最優先で進めるのが、まさに『アウトカムセントリック(成果中心主義)』の考え方そのものだからです」と答えた。

 現状の日本企業におけるAI活用は、画像生成やAIとの対話によって思考を整理するだけで終わり、成果に結びつかないケースが多いことに駒沢氏は懸念を示す。成果を定義しないままAIエージェントに取り組めば、同じことが繰り返されるというのが駒沢氏の見立てだ。

 「ビジネスシナリオが明確でなければ、トークンが大量に消費されるばかりです。一方で、『どの目的に沿ってどんな成果が得られたのか』『それは費やしたコストに見合う成果なのか』を検証、評価することすらできません。そこで、まず目的(Why)とアウトカム(成果)の定義を決め、その間を『いかにAIで実装するか』という順序に発想を転換します」

 次回は、プラットフォームサービス部が業務にAIエージェントをどのように実装したのかを紹介する。併せて実装段階で立ちはだかった“壁”とその解消方法、本格実装の前に定義しておくべき重要ポイントを整理する。

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本記事は制作段階でChatGPT等の生成系AIサービスを利用していますが、文責は編集部に帰属します。

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