「AI使うなら値引きできる?」の“暴論”に、日立はどう立ち向かう? レガシー刷新でのAI活用の現在地AI活用の現在地と人の役割(後編)

生成AIはレガシーシステム刷新の現場で具体的にどのように使われているのか。ユーザー企業自身がAIを使いこなす時代にベンダーが担う役割とは。

» 2026年07月23日 08時00分 公開
[田中広美ITmedia]

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 生成AIの登場によって、レガシーシステム刷新における課題が解消されつつある一方で、人間の役割はさらに重要になっている。前編では、日立製作所(以下、日立)のレガシーシステム刷新における生成AI活用の在り方を通じ、生成AI活用の現在地と、AI時代に人間が担う役割に迫った。

 後編となる本稿では、レガシー刷新の現場で生成AIが具体的にどう使われているのか、そして、ユーザー企業自身がAIを使いこなす時代にベンダーが担う役割を掘り下げる。

本稿で扱う内容

  1. 刷新プロジェクトを止めずに動かすために
  2. 大規模プロジェクト、最大の難所に日立は生成AIをどう適用している?
  3. AI時代にベンダーが担うべき役割の変化

刷新プロジェクト中止をどう回避する? 日立が実施していること

日立の保田政輝氏(筆者撮影) 日立の保田政輝氏(筆者撮影)

 レガシーシステムの刷新プロジェクトの現場でAIはどのように使われているのか。日立の保田政輝氏(金融第二システム事業部 金融システム第四本部 担当本部長 兼 Modernization CoE)は、刷新に踏み切れないユーザー企業に共通する悩みとして次の4つを挙げた。

  1. 画面や業務ロジック、データベース、外部システムとの連携といったシステム構成要素が強く依存し合う密結合状態になり、複雑化したことによる保守性の低下
  2. 改修の積み重ねで似たような機能や処理が増え、システムが肥大化している
  3. 業務とシステムの双方を熟知した人材が高齢化し、現場から失われつつある
  4. 人に依存する運用のコストが増し、若手が定着しにくくなっている

 これらの要素が積み重なった結果、ブラックボックス化したシステムは「どこから手を付けるべきか」の判断自体が難しくなっている。さらにシステム刷新には長い期間とコストがかかるが、その間も現行業務は止められない。新旧のシステムを並行運用するダブル体制によって、現場の人的負荷も増す。

アセスメントから始める段階的刷新

 こうした難題が積み上がるシステム刷新プロジェクトで、まず重要なのは社内の方向性を統一することだ。「刷新プロジェクトを途中で止めてしまわないためにも、強いリーダーシップの下、トップダウンでプロジェクトのゴールを定めることが重要です」(保田氏)

 ゴールを決めた後も、全システムの刷新にいきなり乗り出すのは現実的ではない。日立が顧客に提案するアプローチは、現状調査と課題整理(アセスメント)から始める段階的な刷新だ。同社が2025年10月から提供を開始した「モダナイゼーション powered by Lumada」は、生成AIを活用してシステムの構造や業務との対応関係、刷新の優先順位、適切な移行手法を見極めるためのサービスだ。

 保田氏によると、アセスメントの結果を基に作成するロードマップの前半には、事業部門が効果を実感しやすい領域を配置することが多い。具体的には、営業支援システムや顧客向け画面などの機能改善がそれに当たる。基幹システムの刷新は数年単位の長期プロジェクトになるため、早い段階で目に見える成果を出す「クイックウィン」を実現することで、事業部門の協力を得やすい環境を作るのが目的だ。

 「典型的なパターン」として保田氏が挙げるのは、まずマイグレーションでメインフレームからオープン系の環境にシステムを移し替え、その後のモダナイゼーションでシステムの構成や処理の作り方を見直す「二段構え」だ。移行と刷新の実施時期をずらすことで、現場の負荷とリスクを分散する狙いがある。

2段構えで進めるシステム刷新(出典:日立の提供資料) 2段構えで進めるシステム刷新(出典:日立の提供資料)

プロジェクト最大の“難所”、AIで何が変わった?

 この後に待ち受けているのが、刷新プロジェクトの“難所”である刷新の実行フェーズだ。日立はこれらの工程で生成AIをどのように使っているのか。

 本題に入る前に、用語の意味を整理しておきたい。システム開発の品質を保証する代表的な考え方に「V字モデル」がある。設計工程(要件定義、基本設計、詳細設計)を左側に、それぞれに対応する検証工程(単体テスト、結合テスト、システムテスト)を右側に配置し、V字型に並べて両者を対応付ける開発モデルだ。単体テストは1つのプログラムが仕様通りに動くかどうか、結合テストは複数のプログラムをつないだときに想定通り動くかどうかを確認するためのものだ。

 レガシーシステムの刷新で特に重要になるのが「現新照合テスト」だ。これは、現行システムと新システムに同じ条件を与えて実行し、出力結果が一致するかどうかを確認するテストを指す。レガシーシステムの仕様書には現状が反映されていないケースが多く、「現行システムと新システムが同じ動きをすること」自体が品質保証の柱になる。

日立の中村知倫氏(筆者撮影) 日立の中村知倫氏(筆者撮影)

 加えて、V字モデルの「右側」である検証工程には生成AIが組み込まれている。同社の中村知倫氏(アプリケーションサービス事業部 テクノロジートランスフォーメーション本部 AIソフトウェアエンジニアリング部 兼 Modernization CoE)はこれについて次のように解説する。

 「従来はプログラムを実行せずに、コードの書き方や潜在的なバグを機械的にチェックする『静的解析』と、人の目によるレビューを組み合わせてレビューを実施してきました」。現在、日立は生成AIを「1段階目のレビュー」として加え、人によるレビューはより重要な観点に集中させている。

 ここで、生成AIに品質保証の一部を任せて大丈夫なのかという懸念が生まれる。「生成AIの出力が100%正しいとは保証できません。しかし、これは人によるレビューも100%正しいと保証できないのと同じです」(中村氏)

 人とAI双方のレビューを実施することで、全体の網羅性を高めていく。こうした人とAIを補完的に組み合わせる発想に基づき、日立は品質保証のプロセスを設計している。

最難関「現新照合テスト」にAIをどう適用する?

 刷新プロジェクトで最も難しい工程の一つが、冒頭で説明した現新照合テストだ。単体テストや結合テストは、仕様書から「この入力に対してはこういう出力になるはず」というテストの条件と確認内容(テストケース)を作れる。しかし、レガシー刷新では、業務仕様がブラックボックス化しているために、そもそも「何を期待する結果とするか」を仕様書から導けないケースが多い。

 そのため、現新照合テストでは本番に近いトランザクションデータを使い、現行システムと新システムの両方を動かして結果を突き合わせる方法を取らざるを得ない。出力が一致しなかったときに、原因が新システムの不具合なのか、それとも現行システムの古いバグを新システムが意図せず修正してしまったのか、人が一つ一つ目視で追っていく。膨大な工数がかかるからこそ、現新照合テストは“難所”と呼ばれている。

 この工程にも、日立は生成AIの適用を試みている。仮想的な実行環境で現行システムと新システムを動かし、不一致が起きた箇所とその原因候補を生成AIに提示させる仕組みだ。これにより、原因調査の効率化を狙う。

それでも残る、人の手による設計

 生成AIの活用が進む一方で、刷新プロジェクトには人の手でしか進められない領域もある。その中で代表的なのが「処理方式設計」だ。システム全体をどのような制御方式で動かすか、性能や障害対策をどう作り込むかを決めるもので、システム開発における上流工程に当たる。

 特に難しいのは、メインフレームベンダー独自のミドルウェアが絡む部分だ。仕様書が非公開の機能に対し、日立はまず既存ドキュメントの解析や有識者へのヒアリングを徹底して仕様を可視化する。その上で、どうしても埋めきれないブラックボックス部分に限り、外側からの動作調査で仕様を補っている。

 「外部の振る舞いとしてどういう動作をしているかをヒアリングや調査で確認し、そこから再設計しています」(保田氏)

 内部の処理ロジックがブラックボックス化している場合、外から観察できる入出力や応答を手がかりに、新しい環境で同じ振る舞いを実行する設計に落とし込む。この際、どのように再設計するかという判断は、AIではなく人が下す必要がある。

刷新後に始まる「再レガシー化」をどう防ぐ?

 ここまで、刷新プロジェクトを動かす上での組織課題と、開発・検証工程での生成AI活用を見てきた。しかし、レガシーシステム刷新は、新しいシステムを稼働させて終わりではない。

 保田氏は「刷新後のシステムが再度ブラックボックス化してしまうケースもあります」と語る。再レガシー化を防ぐには、刷新のタイミングで「土台」を作っておく必要がある。

 保田氏が語る、再レガシー化を防ぐための「3つの土台」は次の通りだ。

1. 疎結合を前提としたITデザインの統制

 疎結合とは、システムの構成要素を緩やかにつなぎ、一部の変更が他の部分に波及しにくい状態を指す。技術的に疎結合な構造を採用することと併せて、全社でシステムを統一することも重要だ。各部門でシステムを導入、運用するために設計思想がバラバラになれば、認証方式やデータ連携の方式が統一されにくくなる。こうした状況を放置すると、全社で見たときにシステム間の依存関係が強まり、再び密結合な状態に戻ってしまう。これを避けるため、部門横断でITデザインを統制する仕組みを組み込む必要がある。

2. 定期的なアーキテクチャの棚卸し

 システム全体の構造や設計方針(アーキテクチャ)は、業務の変化や新しい技術の登場により、実態と徐々に乖離していく。定期的に見直し、現状を更新する運用ルールを刷新時に決めることで、アーキテクチャ図と実態が一致している状況を保つ。

3. データ活用とのセット設計

 刷新したシステムから、業務の利用状況やシステムの稼働状況を自動的に収集する仕組みを整備する。この仕組みによって、「どの業務にどのシステムがよく使われているか」「どこに性能のボトルネックがあるか」をデータで把握できる。人の勘に頼った運用に先祖返りさせないために重要な仕組みだ。

 これら3つの土台を実効性のあるものにするため、日立が力を入れているのが「マイグレーションナレッジベース」だ。保田氏によると、過去のプロジェクト管理書から基本設計書、テスト計画までの成果物を蓄積することで、生成AIによって必要な情報を引き出せるようにした仕組みだ。属人化していたノウハウを組織の資産として残し、刷新後も知見が個人に張り付かない形に整える狙いがある。

AI時代ならではの「新しいブラックボックス化」

 AI時代のリスクとして保田氏が挙げるのが、生成AIが新たなブラックボックスを生むことだ。同氏は多くの組織が抱えがちなリスクとして、次の2つを挙げる。

 「1つ目が『野良AI』の乱立です」(保田氏)。営業部門が契約書要約用の生成AIサービスを独自に契約し、請求書をチェックする経理部門はまた別サービスを使っている企業もある。IT部門の知らないところでAIツールが導入されることで、誰がどのデータをAIツールに送っているのか、AIの出力結果を業務でどのように利用しているのかが見えなくなる。

 「2つ目がプロンプトの属人化です」(保田氏)。生成AIで質の高い出力結果を得るためにはプロンプトを作り込む必要があるが、そのノウハウは共有されないことが多い。特定の業務担当者が編み出した優れたプロンプト構築のノウハウが、担当者の異動や退職とともに失われれば、出力の精度が維持できなくなる。COBOL人材の不足や、システム有識者の枯渇と同じ問題が生まれているわけだ。

 「こうした“新しいブラックボックス化”を防ぐには、AIの活用とAIのガバナンス(組織として統制する仕組み)を切り離さず、設計と運用の両面でセットにする必要があります」(保田氏)。具体的には全社で使うAIサービスの選定基準やデータ連携のルール、プロンプトを組織の資産として蓄積する仕組み、AI出力の品質をチェックする体制などを刷新プロジェクトで設計すべきだ、と同氏は話す。

 ここで重要なのは、AIに関するガバナンスはベンダーに丸投げできないという点だ。どの業務にAIを使い、どの判断を人が下すかは、自社の業務を熟知しているユーザー企業自身が決めるべきものになる。

AI時代にベンダーが担うべき役割とは?

 ここである問いが浮かび上がってくる。再レガシー化を防ぐためにも、ユーザー企業がシステム刷新とAI活用に主体的に取り組むべきだという機運が加速したとき、ベンダーが担うべき役割は何か。

今回の取材から見えてきたのは、ベンダーの仕事の重心が下流工程から上流工程へと移りつつある姿だった。

 ここまで見てきたように、テストの一部やコーディングといった下流工程では、生成AIによる代替が急速に進んでいる。

 こうした中で、ベンダーが担う役割として中村氏が挙げるのが、システムを「どう作ったか」を組織に残す仕事だ。

 「この業務でこういう処理を実現したい」といった業務的な要件を実装にどのように落とし込むか、システムがどう動くのかを可視化して残す仕事は、システムを作ったベンダー側にしか担えない。「『このシステムはこういう設計の意図で作られている』というところを残すのが、我々ベンダーの責務です」(中村氏)

 加えて、AI時代にベンダーが担う役割としての比重を増しているのが、上流工程の人材育成だ。例えば、現状調査と課題整理から刷新の方向性を示すアセスメントや、「どのシステムから刷新すべきか」「どの業務にAIを導入すべきか」といった方向性の提案は、業務側とシステム側の双方を理解し、両者を橋渡しできる人材でなければ務まらない。

「効率化による値引き」ではなく「業務転換の共創」へ

 ベンダーの役割が変われば、ユーザー企業との関係性とビジネスモデルも変わらざるを得ない。AIで開発工程が効率化される中で、ユーザー企業から「効率化できるなら、その分の費用を下げてほしい」という反応も出てくるだろう。

 これに対し、保田氏はベンダーの提供価値は効率化にとどまらないと語る。AIを使った刷新プロジェクトの過程で、日立側にはユーザー企業のシステムと業務に対する深い理解が蓄積される。この知見を業務変革の支援に振り向けたい、というのが同氏の構想だ。

 「まずスケジュール短縮や品質向上というAI活用のメリットを提供します。その上で、AIで蓄積したノウハウを活用して、お客さまの業務のあり方の再構築に向けて、共創するパートナーとして活動したいと考えています」(保田氏)

 この取材後、日立はAnthropic(注1)やOpen AIといったAIベンダーとの協業を発表した。モダナイゼーションにAIを適用するスピードはさらに加速しそうだ。

 現在、受託開発から共創パートナーに、日立以外も含めて多くのベンダーがその立ち位置を移行しようとしている。ベンダーが担う役割は、システムを作ることから、ユーザー企業の業務変革、そして事業変革の実現に重心が移りつつある。

 ユーザー企業からすると、パートナー企業と今後、どのような関係を築くべきかが重要になる。今後も受託開発の発注先を求めるのか、共創パートナーとしていくのか、それともシステム開発を内製化に切り替えて、パートナー企業には人材育成の支援を求めるのか――。どの選択肢を取るにしても、ベンダーがAIをどのように活用しているかがパートナー選びの判断を大きく左右することは間違いなさそうだ。

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