IT投資効果測定の概要特集:いまから始めるIT投資効果測定(1)

経営に対するアカウンタビリティ(説明責任)が問われている現在、IT投資の妥当性についても客観的な指標が求められている。だが多くの企業では、IT投資の効果測定について何ら解決策を持っていないのが現状だ。そこで注目されているのが、ITベンダやコンサルティングファームが提供するIT投資効果測定サービスだ。SI企業が提示する見積もり額は適正価格なのか? 投資に見合う効果は得られるのか? こうした疑問に答え、ユーザーのIT戦略の一助となるIT投資効果測定サービスの最新動向についてレポートする。

» 2003年05月20日 12時00分 公開
[小林 秀雄@IT]

“コスト”から“効果”の測定へ

 「そのIT投資は適正なのか」。――企業の情報システム部門はいま、経営者からITプロジェクトの正当性について明快な説明を求められている。かつて右肩上がりの経済環境にあったとき、経営者はITの投資額やコストに関心を払っていなかった。ITは情報システム部門に一任し、ITにかかる投資/コストは売上高に対する一定の比率以内ならそれでよかった。

 だが状況は変わった。経営環境が厳しくなるなか、経営者は株主から投資の正当性を求められるようになっている。官公庁も同様だ。独立行政法人化が進むなか、会計検査院から採算性が求められている。そのため企業や官公庁のトップは、これまでのようにIT投資に無関心でいられなくなった。社外への説明責任を果たすためには、CIOや情報システム部門が「この案件の投資は適切です」と論理的に説明しなくてはならないからだ。

 IT投資の妥当性を論理的に説明するには、その効果を定量的に把握しなければならない。ところが投資の「効果」を定量的に算出するための方法を持っているシステム部門はほとんどないという。これが現在、大きな課題となっている。ガートナージャパンが、2002年8月に日本国内の2800社を対象にした調査によると、「IT投資効果を測定するための定量的な手法を持つ企業」は全体のわずか4.2%という結果だった。それに対し、「IT投資効果測定方法が必要とは思うが、開発検討に至らない企業」は55%。つまり、多くの企業がIT投資効果を定量的に測定したいのだが、それができていないのが現状なのだ(参照)。

図 ITの費用対効果測定方法の有無(出典:ガートナー ジャパン/2002年8月国内企業2800社を対象に実施した「IT投資に関する意識調査」結果より)

 ITコストは、積み上げれば算出できる。例えばガートナージャパンでは、メジャーメント・サービスの一環としてITインフラに関する「TCO診断サービス」や「ITコスト効率診断サービス」を提供している。これらはガートナーのコンサルタントによって行われるサービスであり、ほかに「TCOモデリング・ツール」という企業が自己診断するためのソフトも提供している。こうしたサービスやツールを利用することで、企業はITコストを精緻に把握できるようになる。

 もちろん、コストと投資は別物だ。「戦略的IT投資」という表現がある。ITを活用し、新たな事業をスタートさせたり、経営スタイルの転換を目指すことだ。これは経営戦略にほかならない。そこで経営者が知りたいことは「その経営戦略にリンクするIT投資の額は適切なのか。さらにいえば、そもそもそのプロジェクト=投資がどれだけのリターンを生み出すのか」という数値なのだ。ITコストのみならず、IT投資のROIを明確に示すことが望まれているのである。

「IT投資効果測定」に企業トップも関心を持ち始めた

 米国の企業では、IT投資効果の測定ツールやサービスを当たり前のように利用している。だが日本企業の場合、前述したように経営者の「説明責任」が問われることがなかったため、IT投資効果にあまり関心が寄せられなかった。また、経営者自身がITの戦略的な効果を考えることが少なかったという背景もある。だがここ2〜3年で状況は一変。株主に対する説明責任に加え、「ITの活用が企業戦略的な行動に大きなインパクトをもたらす」という認識を経営者が持ち始めている。実際、 IT投資の測定サービスを提供するコンサルティングファームも「日本企業の関心は高まっている」と口をそろえる。

ストック・リサーチ プリンシパルコンサルタントの大槻繁氏

 「i-COST」というIT投資効果測定サービスを提供しているストック・リサーチの大槻繁プリンシパルコンサルタントは「当社の顧客の多くは省庁や金融機関、大手製造業などです。また対象となる案件の規模も、かつては数千万円クラスでしたが、最近では10億円以上の規模のプロジェクトが増えています」と語る。「投資はするが、投資額についてはきちんと管理する」という企業の意向が鮮明になっていることが読みとれる。

 ちなみにIT投資効果測定サービスに関心を持つ企業の担当者はCIO、担当部門は経営企画部門が多いという。「経営企画部門に上がるシステム開発の稟議を承認していいかどうかの相談に乗ることもあります」(大槻プリンシパルコンサルタント)。ITコスト削減に関しては情報システム部門からの依頼もあるが、新たな案件に関しては、経営企画部門が関与する傾向が増えているとのことだ。

IT効果測定に際し考えておくべきこと

 そこでIT投資のROI(Return On Investment)の測定方法に目を転じてみよう。ROIとは「投資に対する利益率」を意味する。分子を利益額とし、分母を投資額として計算すればROIがでる。これが基本だが、ITをめぐる投資対効果測定はそれほどシンプルではない。まず、次の2つの点をきちんと認識しておかなければならない。

1 戦略的“投資”とインフラ維持のためのコストを区分すること

 ITのROIを考えるとき、分母のI=インベストメントには財務会計上の“投資”だけではなく、“コスト”が含まれることが多い。

 SCMシステムを例にとって説明すると、SCM実現のために販売管理システムと生産管理システムの連携を図ることが「投資」となる。これに対し、例えばネットワークなどは、ITインフラの最たるものとして「コスト」に含まれる。簡単にいえば、「コストは現状のビジネス・プロセスの維持に必要なもの」であり、投資は「明日のビジネスを生み出すためのもの」だ。

 “投資”はハードウェア調達やシステム開発費など見積もりや請求書ではっきりしているものが多いが、問題になるのはその妥当性だ。一方、“コスト”の方はライセンス料、メンテナンス費のような見えるコストばかりでなく、エンドユーザーの運用コストなど見えないコストも考えられるので注意が必要だ。

 その両者をきちんと区別して積み上げていく必要がある。

2 効果”“バリュー”をどう評価するか

 次に分子だ。ROIは投資利益率などとR=リターンが“利益”と翻訳されるが、ITのROIでは“効果”ととらえた方がよいだろう。「売上高の向上」「人件費の削減」といった見える利益であれば簡単だが、「顧客満足度の向上」「社員のルーチンワーク負担の削減による知的生産性の向上」といったような見えない“バリュー”をどう評価するかという大きなテーマがある。

 そして当たり前のことだが、ITのみでビジネスは成り立たない。もう1度SCMを引き合いに出して説明しよう。SCMを実現するためには、社内の各部門の組織連携が不可欠だ。さらに原料の調達先や商品の販売先との連携も欠かせない。個々の組織を統合する能力のレベルによって、SCMの効果に差がでる。IT以外の要素もとらえて投資プロジェクトの効果を見る視点が求められる。

 以上2点を認識したうえで、IT投資対効果について考えてみることが大切だ。ITベンダが提出する見積もりは果たして適正なのか? また、プロジェクト実現のためにITベンダが提案してきたテクノロジは本当に、そのプロジェクトを成功に導くものなのか? 経営者にとって、ブラックボックスのように思えるITをめぐる投資金額とその中身の妥当性=ビジネス上の効果を提示する。それが、IT投資効果測定サービスの役割だ。

何をどうやって測定するのか

マイクロソフト・コンサルティング本部 プリンシパルコンサルタント 関口敏生氏

 IT投資の効果測定の基本は、「企業からのヒヤリング」と「計算式」の2つによって行われる。例えばマイクロソフトのIT投資効果測定手法である「REJ」(Rapid Economic Justification)では、まず「ビジネス・アセスメント(ビジネスの理解)」から始める。最初にビジネス上の目標と、それを実現するための施策、そして目標を評価する指標を聞く。ヒヤリングは、経営層、現場、情報システム部門など、プロジェクトにかかわるステークホルダーに対して行われる。そのヒヤリングを通じて、「ITで解決できることを提示する」(マイクロソフト・コンサルティング本部 関口敏生プリンシパルコンサルタント)ことがREJの出発点となる。

 マイクロソフトはいうまでもなくIT企業だが、出発点には「ビジネスありき」の発想があるという。そしてゴールには「ITがビジネスに与える価値を測ること」がある。これは、IT投資効果測定サービスを提供する各社に共通している考え方だ。 ヒヤリングと計算に基づいて、そのプロジェクトを進めるべきかやめるべきかを提言するのがIT投資効果測定サービスの最終的なアウトプットだ。例えばガートナージャパンではプロジェクトの進退について「3段階か4段階で示す」(村田正憲バイスプレジデント兼ソリューション本部長)という。場合によっては、プロジェクトの停止を提言することもある。

ベンチマークやBSCを用いたIT投資効果算出法

 ITに限らず、経営そのものを評価する手法も存在する。その代表的なものが、ベンチマークやバランスト・スコアカード(BSC)である。ITベンチマークは、IT資産やIT活用能力を他社と比較して自社のポジショニングを測定し、そこからIT投資の有用度を見出すものだ。IT投資効果測定の手法には、これらのマネジメント手法をIT(プロジェクト)に適用するものと、情報システム費用の算出に着目するものとがある。

 バランスト・スコアカードの手法をITに援用する典型が、ガートナーが提供する「ITスコアカード」である。バランスト・スコアカードは、「財務」「顧客」「内部プロセス」「学習と成長」という4つの視点でKPI(Key Performance Indicator)を策定する。そのKPIと実際の企業行動とを定量的に比較・参照しつつ、問題点を明らかにし、企業の革新を進めていくのがバランスト・スコアカードの考え方だ。

ガートナージャパン バイスプレジデント兼ソリューション本部長 村田正憲氏

 ITベンチマークもITスコアカードも、「これまでの投資の結果が、どのように機能しているのか」を把握するのに最適な手法だ。ガートナーでは、ITスコアカードに加えて、2003年3月に「TVO(Total Value of Opportunity)」というIT投資効果ツールを用いたCIO向けサービスを開始している。これはまさに「新しいIT投資の案件を評価するもの」(村田氏)だという。TVOは、投資目的・事業価値・ITケーパビリティから成る「ビジネス・パフォーマンス・フレームワーク」という同社が開発した事業価値評価モデルに基づき、SCMやCRMなどのITソリューション導入の投資効果を測定してROIをはじきだす。

 一方、IT投資額が適切かどうかを客観的に示す手法として用いられているのが「ファンクション・ポイント法」や「COCOMO法y」である。ファンクション・ポイント法は、IBMによって1970年ごろに開発されたもので、情報システムの機能数に着目し、開発費用を概算する手法だ。COCOMO法も米国のコンサルティング会社によって開発され、システムの難易度や組織の成熟度などコスト要因(コスト・ドライバ)をパラメータとして情報システムの開発コストを計算するコスト算出モデル。両者とも、実例データが公開されている。ストック・リサーチのi-COSTはこの両者を融合し、プロジェクトの価値とコストを計算する手法だ。さらに、プロジェクトを実行したバックアップに生じる事業価値をキャッシュフロー・ベースで予測したうえで、プロジェクト実行の可否やベンダが提出した見積もりの適性度を精査する。

 今回は、IT投資の効果測定サービスが着目される背景と測定サービスの概略をレポートした。次回は、各社が提供している測定サービスの内容について、より踏み込んで紹介する。

Profile

小林 秀雄(こばやし ひでお)

東京生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。雑誌「月刊コンピュートピア」編集長を経て、現在フリー。企業と情報技術のかかわりを主要テーマに取材・執筆。著書に、「今日からできるナレッジマネジメント」「図解よくわかるエクストラネット」(ともに日刊工業新聞社)、「日本版eマーケットプレイス活用法」「IT経営の時代とSEイノベーション」(コンピュータ・エージ社)、「図解よくわかるEIP入門」(共著、日本能率協会マネジメントセンター)、「50のキーワードで学ぶ情報システムの提案営業の実際」(日経BP社刊)など


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