注目されているIT投資効果測定サービスだが、具体的なサービス内容や効果についてはまだ知られていないことも多い。今回はガートナー ジャパンの「TVO」、ストック・リサーチの「i-COST」、マイクロソフトの「REJ」という3つの代表的なIT投資効果測定サービスを取り上げ、その中身や特徴を明らかにする。
ガートナー ジャパンが2003年3月に発表した「TVO(Total Value of Opportunity)」は、IT投資効果を測定するWebべースのツールである。米ガートナーがIT投資のROIを測定する方法論を作るためにスポンサーを募り、マルチクライアント方式で研究し、開発した手法だ。スポンサーには、ITベンダとユーザー企業の双方が加わっている。米国では2002年8月から提供されている。
TVOの目的は「IT投資をすることによって、事業価値がどう上がるか試算する」(ガートナー ジャパン・営業マーケティング本部 鈴木良雄Gartner Measurementスペシャリスト)ことだ。TVOは、「整合性のある、繰り返し可能な方法論」(鈴木スペシャリスト)であり、IT投資効果の定量的な把握を可能とするツールである。これにより、企業は数多いIT投資案件に優先順位を付けられる。それはすなわち、ロジックに基づいてIT投資の適切さを社外に説明できるということだ。
では、TVOはどのようにIT投資の効果を算出するのだろうか?
TVOでIT投資のROIを試算する際、事業価値の指標として用いるのが「利益」だ。そのIT投資がどれだけの利益を生み出せるか試算できれば、投資すべきか否かを判断できる。それを明らかにするために、以下のようなROI評価プロセスを規定している。
TVO利用の第1ステップは、IT投資の目的を明確にすることだ。MITスローン・スクールではIT投資目的を、(1)変革(ERPやDWH導入などビジネスモデルの維持に必要不可欠なインフラ整備)、(2)更新(コスト削減やITサービスの品質向上)、(3)プロセス改善(業務プロセスの効率向上)、(4)実験(新規の技術やアイデアの検証)、の4つに分類している。ガートナーでは、この4つに加えて、IT投資の「意図」(どんな課題をどのように解決したいのか、どのような効果を出したいのかという企業の大目的)を明確化することを推奨している(表1)。
投資の分類 | ドライバ | 投資の正当化 | 効果に責任を持つと想定される部門 | 投資例 |
---|---|---|---|---|
変革 | ビジネスモデルの維持に必要不可欠なインフラ整備 | 上級管理職間で共同出資 | 全社または関連する事業部門長 | ERPやDWH導入 全社的ネットワークの刷新 デスクトップ環境の全社的標準化 |
更新 | コスト削減やITサービスの品質向上 | 財務上の改善 CIOおよびIT上級管理者の年間IT予算からの出資 |
IT管理者およびサービスプロバイダ | 処理能力の向上 アップグレード 古いシステムの廃棄 |
プロセス改善 | 業務プロセスの効率性の改善 | 財務上の改善 | SBU(戦略的事業部門)または一般業務部門 | カスタマーサービスチャネルの変更 プロセスの時間短縮 印刷コストの削減 |
実験 | 新規のテクノロジ、アイディア、ビジネスモデルの検証 | 上級管理職または事業部門長間で共同出資 | SBU(戦略的事業部門)または一般業務部門 | チャネル間の食い合い実験 顧客のセルフサービス化の試験 新チャネルのコスト分析 |
表1 プロジェクトの投資目的 出所:MIT工科大学スローン・スクール CISR WP 323 “Beyond the Business Case: Strategic IT Investment” |
IT投資の目的を明確化した段階で、TVOに含まれるビジネス・パフォーマンス・フレームワークによって、IT投資が生み出す事業価値(Business Value of IT)を測定する。TVOの特徴は、事業価値を算出するための指標を「事業価値モデル」としてあらかじめ用意していることにある。事業価値モデルの項目にデータを入力していけば、IT投資=プロジェクトが生み出す価値を試算できる仕組みだ。
事業価値モデルは、「需要マネジメント」「供給マネジメント」「部門サポート・サービス」の3つのエリアに分けられ、そのエリアごとにパフォーマンス指標が計54項目設定されている(表2)。同社ではこの事業価値モデルは「最大公約数的なパフォーマンス指標」(鈴木スペシャリスト)と位置付けている。「どんな業態にも通用するビジネス・パフォーマンス指標を盛り込んでいる」という意味だ。
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
表2 事業価値(Business Value of IT) ※著作権はガートナージャパンに帰属 |
事業価値モデルについて、もう少し深く見ていこう。各エリアはサブエリアに細分化され、そのサブエリアごとに指標が用意されている。例えば需要マネジメントのエリアには「マーケティング」、「販売」、「プロダクト開発」のサブエリアがあるという具合だ。「マーケティング」では、市場規模や市場シェアがパフォーマンス指標として設定され、「販売」では販売機会や成約率、営業コストなどがパフォーマンス指標となっている。これらのパフォーマンス指標を合計すると54項目となる。項目ごとに5〜10程度の質問が設けられており、それに答えてデータを入力していくと事業の現状値が導き出される。同様に、各質問に対して新規案件の目標値を入力すれば、新規案件の事業価値が試算できることになる。
質問は、情報システム部門で答えられるものは少なく、ガートナーのコンサルタントが参加して、事業部門にヒヤリングする形で行われる。また、目標値を入れる際には、試算を現実的なものとするために、やはりコンサルタントに加わってもらうのが望ましいという。
事業価値モデルを活用すると、「この投資案件は100億円の事業価値がある」という形でアウトプットを得られる。投資によるリターンが定量的に試算できるわけだ。だが、試算はそこで終わりではない。さらに、「ITケーパビリティ」「TCO」「将来の不確定要素」を評価して最終的にROIを算出する。中でも大きな要素となるのが、ITケーパビリティだ。
ITケーパビリティとは、導入を予定しているITソリューションの機能や価値について、「情報の共有化」「ビジネス・プロセスの改善レベル」「TCOの削減」などの観点で評価する。ここで、ITソリューションが「100億円の事業価値」を本当に達成できる処理能力を持っているかどうかを見極める。ここでも、ベンダとのディスカッションと計算式によって評価していく。計算に当たっては、ITケーパビリティのうち、企業が特に重要と思うものを選択する。それをガートナーで用意した計算モデルを用いて、最終的にIT投資によって得られるROIを数字化する仕組みだ。例えば「ROIは117%」というようにアウトプットされるという。
ストック・リサーチはITのROIを定量的に把握するため、2つの手法を用いてシステム規模/開発コストを測定している。「ファンクション・ポイント(FP)法」と「COCOMO(Constructive Cost Model)法」だ。この両者は米国で開発され、実際に適用されたデータが蓄積されているITコスト評価手法である。FP法もCOCOMO法もオープンな手法なので、「誰がしても同じ計算ができる」(ストック・リサーチ 大槻繁プリンシパルコンサルタント)という点が特徴だ。ストック・リサーチはこの2つを統合し、さらに日本での実績データを加味しつつ、「i-COST」という独自のコスト分析手法としてまとめている(図1)。
■ストック・リサーチが米国において標準的なコスト評価モデルをベースに独自開発したコスト分析手法
■システムの初期構築コストについて、ファンクション・ポイント法とCOCOMO法を用いて分析
■運用コストについては、運用モデルの分析をもとに算定を実施
■定量的な評価方法なので、システムの価値はすべてキャッシュフローに帰結させることができる
■米国標準の分析手法を活用した高い信頼性。銀行システムや官公庁での実績
ITベンダが開発コストを見積もる際、多くのケースではソース・コードの行数や技術者の人月を根拠としている。しかし大槻プリンシパルコンサルタントは、「ユーザーから見れば、ソース・コード行数や人月はどうでもいい話」と指摘し、「ユーザーにとっては、どういう機能がどれくらいの品質でどのくらいの期間で提供されるのかがポイントになる」と述べる。システムの機能、品質、開発期間をモデル化して計算するのがi-COSTの目的だ。
FP法は、システムの外部機能に着目してコストを算出する手法。その名前が示すとおり、システムが持つ機能の数を数え上げ、その総量を開発コストのべースとするものだ。機能はシステムの操作に相当する。例えば、銀行のATMへの暗証番号の入力は1個の操作であり、それが1つの機能に当たる。システムの機能数=操作数を数え上げれば、ファンクション・ポイントの数が出る。これがシステムの規模になる。つまり、システム規模をファンクション・ポイントの数として外部から計算できるわけだ。これがFP法の基本である。
一方COCOMO法は、過去のシステム開発プロジェクトに関するデータを集積することによって、「このプロジェクトなら開発コストはこのくらい掛かる」という数式を確立している。COCOMO法の数式で用いる要素は「コスト・ドライバ」と呼ばれ、25〜30程度ある。コスト・ドライバとしては、システムの難易度やシステムが扱うデータ量、作り手のスキルや組織の成熟度などが挙げられる。それをパラメータとして数式に入れるとコストが計算できる仕組みだ。FP法が「外部機能」の数に着目するのに対し、COCOMO法は、データベースの規模や開発サイドの能力といった「システムの内部構造」に着目している。
i-COSTは、この両者の手法を統合するとともに、構造分析法を用いて運用コストも測る。そこから得られるシステムの価値を「キャッシュフロー」として算定する。これがi-COSTの全体像だ。
さらに投資効果を見る場合、初期投資と運用コストを把握することが重要だ。「システムのライフサイクル全体として投資額を見ていく」(大槻プリンシパルコンサルタント)ために、同社ではコスト算定手法を開発している。具体的な手順としては、まず運用フローを推定・把握する。システム障害が発生した場合、誰がどのように原因を特定し、誰がいつ機器を調達するかといった運用手順を把握するわけだ。次に、機器がダウンする確率と復旧に要する時間も計算する。ダウンする確率と復旧までの時間を掛け算し、さらにそれに時間当たりのコストを掛ける。こうして運用コストを割り出していく。
運用コストの算定は時間を要するという。例えばERPの運用コストを見る場合、300項目についてヒヤリング・推定するので、算定に2カ月かかるケースもある。しかし同社によれば、運用コストに対する企業の関心は高まっているという。以上が、運用も含めたi-COSTのシステム開発コスト算定の概略だ。
一方、システムが生み出す効果はキャッシュフローでとらえる。そのキャッシュフローに対して、コストが精緻に分かれば投資対効果が見えてくる。システム開発は実は投資プロジェクトだから、本来はユーザー企業の側で試算しておくべきものだ。同社はシステムが生み出す価値についても予測する。電子商取引(EC)システムならどのくらいの売り上げが得られるか、基幹系システム導入の場合なら人員削減による効果をキャッシュフロー・ベースで算定する。それによって、投資がいつ回収できるかが分かる。
このように、i-COSTは世界的に蓄積・公表されているデータと数式をもとにIT投資案件のコストを算出する。ユーザーは銀行や官公庁など大組織が多くを占める。また最近では、数百億円から1000億円規模のプロジェクト案件が増えているという。実際に、ユーザー企業が同社に試算を依頼するのは、(1)プロジェクトをスタートさせるか否かを判断するフェイズ、(2)ベンダを選定するフェイズ、(3)プロジェクトが進行しているフェイズとさまざまだ。(1)の場合、キャッシュフローでシステムが生み出す価値を調べ、システム・コストを算出して投資の効果をレポートする。(2)の場合は、ITベンダが提出した見積もりを精査するのが目的だ。(3)は、プロジェクトの進ちょくが期待どおりに進んでいないケースだ。システムの品質や開発期間を見直す際に、i-COSTを用いる。
i-COSTが出すアウトプットは明確だ。例えば「人月ベースで約3億円」というITベンダの見積もりが、i-COSTで試算したところ「2億円」と出た。逆に、「安過ぎる」見積もりにも有効だという。i-COSTで試算した開発コストに比べて大幅に低い額の見積もりが出された場合、「後々問題の起こる可能性が高い」というアドバイスができるからだ。
マイクロソフトの「REJ(Rapid Economic Justification)」は、IT投資の効果を測定するコンサルティング・ツールとして利用されている。ワールドワイドではジョンソン&ジョンソン、ナビスコ、パナソニックUSAなど300以上のプロジェクトに適用されているという。日本でも2000年から、山陰合同銀行や協和発酵、大塚商会などのプロジェクトでREJが利用されている。
REJはもともと、MITスローン・スクールのジョン・ロッカート教授が提唱したクリティカル・サクセス・ファクター(CSF)というメソドロジーに基づいて開発されたITのビジネス価値を測るためのフレームワークだ。REJは、(1)ビジネスの理解、(2)ソリューションの適用、(3)ソリューションの総合価値を測る、(4)リスク調整後の価値、(5)財務分析の5つのプロセスで実行される(図2)。
「ビジネスの理解」とは、プロジェクトにかかわるステークホルダーにヒヤリングして、ビジネス・アセスメントすることを指す。具体的なアプローチ法としては、トップダウンとボトムアップの2つがある。トップダウンとは、ビジネスの目標およびその目標を達成するための施策や、目標達成レベルを示す指標をヒヤリングすること。それに加え、現場の社員にインタビューする。企業の上と下にヒヤリングすることで、目標に対する阻害要因をクリアにするわけだ。その阻害要因の中で、「ITで解決できるのはここです」(マイクロソフト・コンサルティング本部 関口敏生プリンシパルコンサルタント)と示していくという。
次のプロセスが、ビジネス上の課題を解決するために、どういうテクノロジが必要かを見極めることだ。システム連携ができていないなら、EAIの適用を考えるという具合だ。ここでは、具体的な個別の製品は出てこない。
そして3番目のプロセスでは、ソリューションを導入した場合のITコストとビジネス価値を測る。ここではガートナーのTCOモデルを用いて、マイクロソフト製品の導入コストやハードウェア費用、システム開発費などのITコストを試算する。ビジネス価値は、IT導入によるビジネス上のメリットを明らかにすることであり、それがREJのポイントだという。例えばシステム連携によって手作業がなくなれば、人件費が削減される。日本企業では米企業のようにレイオフがないが、効率化によって生み出された時間を人件費に換算してビジネス価値を算出する。また、従業員の生産性向上に関しては、従業員に対して質問表を用意し、「IT導入によって課題が解決されたら、1週間当たりどれくらい生産性が向上するか」を聞き、標準偏差で効果を割り出す。サプライチェーンの改善効果であれば、売り上げの増加額など期待される数値を企業の経営サイドから聞く。それによって、IT投資がもたらす効果を定量的に把握する。企業から課題や効果を聞き取る手法に、CSFを用いているのがREJの特徴だ。
4番目のプロセスでは、「そのコストでシステムができるか」「新しいテクノロジを社内で運用管理できるか」「ERPを導入するなら、プロセスの標準化がなされているか」といったリスクを評価する。ここで、「楽観値」「適切値」「悲観値」という3段階で評価し、最後に企業の意思決定者に対して財務的な視点からの説明を行う。以上のプロセスを終えるのに平均2カ月程度の期間を要するという。
同社がREJを用いてコンサルティングを行ったある会社は、ITインフラの整備を進めることにしたのだが、4年間で投資に対するリターン(内部収益率)が25%得られるという結果が出た。悲観値でも、28カ月で投資が回収できる試算だ。また、大塚商会は、ユニファイド・メッセージング・システムの導入に当たり、REJで定量的な投資効果の測定を行った。そのケースでは、ROIは246%、投資の回収期間は13カ月という結果を得ている。 こうした定量的な効果測定をすることにより、CIOや情報システム部門は経営者に対してIT投資の意義を明快に説明できることになる。
関口プリンシパルコンサルタントは、「REJフレームワークは、本業=企業価値を生み出す活動とIT投資が関係あるかを見極め、投資に対してキャッシュフローがどれくらいもたらされるかをシミュレーションできます。これを使えば、どんな投資案件でも効果を測れます」と自信を見せる。続けて、「投資後に、実際のリターンを定量的に測定することが重要」とも指摘する。ビジネスに対するITの貢献度測定をサイクルとして実行していくことで、ITガバナンスを高めていくことができるからだ。
以上、3社のIT投資効果測定サービスについてレポートした。第1回で述べたように、CIOは厳しい経営環境の中、IT投資の効果について明快な説明をすることが求められている。定量的にIT投資の効果を試算するサービスは、そのよりどころとして注目されている。
小林 秀雄(こばやし ひでお)
東京生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。雑誌「月刊コンピュートピア」編集長を経て、現在フリー。企業と情報技術のかかわりを主要テーマに取材・執筆。著書に、「今日からできるナレッジマネジメント」「図解よくわかるエクストラネット」(ともに日刊工業新聞社)、「日本版eマーケットプレイス活用法」「IT経営の時代とSEイノベーション」(コンピュータ・エージ社)、「図解よくわかるEIP入門」(共著、日本能率協会マネジメントセンター)、「50のキーワードで学ぶ情報システムの提案営業の実際」(日経BP社刊)など
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.