ブロガーのコミュニティサイト「AlwaysOn」が行った米Google社CEOエリック・シュミット氏へのインタビュー後編。前回「Google CEO、その強さの秘密を語る」では、1998年の設立以来インターネット業界で躍進を続けるGoogleのビジネスモデルと、今後の方向性について語ってもらった。今回は、低迷が続くIT業界の進むべき道筋について、業界をリードするシュミット氏ならではの「哲学」を交えて思いを述べる
――あなたがムーアの法則について述べたことが注目を集めてますね。マイク・マローン(Mike Malone)がRed Herringに書いた記事は、あなたのスタンスを的確に反映していると思いますか?
シュミット氏 まず6カ月前、わたしがどんな主張をしたのかを説明させてほしい。それから、そのどこが誤っていたのかも。
わたしの当時の主張は、以下のようなものだ。まず第1に、われわれはみんなテクノロジについて楽観主義者であること。人々はテクノロジの未来は偉大だと信じていて、それに疑問を差し挟む者はいない。第2に、IT産業は供給によって制限されているのではなく、需要によって制限されていること。われわれの製造能力とすばらしい技術革新があれば、人々の望むだけの量を生産することが可能だからだ。受注残が出ることはない。
3番目は、ムーアの法則はとんでもないスピードで進んでいるため、われわれの産業の収益の増加について原理的な問題が生じているということだ。つまり、「もし技術革新がない」と仮定すると、18カ月ごとに製品のコストパフォーマンスは2倍ずつ良くなっていかなければならない。となると、ムーアの法則通りに進めば、収入は半分に減少するか、もしくは同じ収入を確保しようとするとコンピュータを2倍売らなければいけないことになる。これは日用品(コモディティ)ビジネスと同じだ。
――でもそうしたことは起きていませんよね。もしIT業界が日用品ビジネスだとしたら、みんなとっくに逃げ出しているのでは?
シュミット氏 われわれは何とかそれを回避してきたということだよ。新しいハードウェアが必要になるWindowsのバージョンを次から次へと発表し、そしてまたインターネットを登場させ……。「ハードウェアが与えてくれた速度を、ソフトウェアが持ち去っていく」などというジョークもあった。この10年間、延々と繰り返されたその手の会話を思い出してほしい。ITの市場は、常に需要先導型だったということだ。そしてその需要は、大きく分ければ2つのカテゴリーがあった。ひとつはキラーアプリケーションで、その端的な例はインターネットだ。そしてもうひとつは、海外への展開。
戦略的に見ると、米国市場で発売済みのアプリケーションから収益を上げるというのは、本来見込める市場の半分程度にしかならないし、それ以上の成長も見込めない。それどころかマイナス成長になってしまう。しかしキラーアプリを新しく開発できれば、さらに収益を増やすことができるようになる。
とはいえ、30年以上もその上昇カーブを維持し続けるのは、きわめて困難だ。そしていまこの時点で、次世代のキラーアプリは存在していない。みんな2000年問題の直前にマシンを買い替えて、必要なものは全部買い替えを終えてしまっている。
もし次世代のキラーアプリケーションというものがあるとすれば、それはメディア産業の中にある。そしてそれは、DRM(デジタル著作権管理)によってもたらされることになるのではないかと思う。
だから例えば、もしハリウッドが勝利してわれわれのIT業界が完敗すると、この手の新しいコンテンツやメディアにアクセスできなくなってしまう。そうなると、IT業界には成長はなくなるわけだ。もしその逆にわれわれが勝利を収めてハリウッドが負ければ、新しいメディアが生み出されることになる。利害関係のバランスの問題だね。メディアビジネスの方法論と、IT業界が新しいコンテンツを求めている現状――両者の間には、深い断絶がある。どこにそのバランスを求めればいいのかは分からないし、それは法廷で争われるべき問題なのかもしれない。いずれにせよ、長い時間がかかると思う。
――われわれは現時点でも技術革新の急カーブの上にいると信じているし、それは別にムーアの法則で説明されるようなことではないと思うのですが。ただ「コンテンツにアクセスしたい」というニーズがそれを支えているだけなのでは。
シュミット氏 歯切れの良い言い分だね。でもインターネットブームでさえも、ムーアの法則の帰結であったことを思い出してほしい。切り替えがスピーディーに進んだのは、ムーアの法則があったからだ。無線LANがこれだけ普及したのは、研究者たちがスペクトラム拡散を研究した成果もあったけれど、それに加えてムーアの法則の効果もあったことを忘れてはならない。同じことはあちこちで起きているし、われわれはムーアの法則をどこまで適用するかを再定義する必要がある。
――では、ムーアの法則をIT不況にどうやって当てはめるんでしょうか?
シュミット氏 6カ月前のわたしの主張を思い出すと、なんだか絶望的な気持ちになる。だってわたしの主張は基本的には、IT業界はもう2度と復活しないんじゃないかというものだったからね。
――「2度と」はちょっと言い過ぎでは……。
シュミット氏 では、どうやって成長を取り戻せばいいと思う? わたしの現在の主張は、IT業界の成長を促す唯一の方法は「情報へのアクセスを拡張させること」というものだ。情報へのアクセスを、特化した市場からより一般的な市場へと拡張させることだ。
この意見はかなり説得力があると思う。これまでのテクノロジの波を経験してきたのなら分かると思うけれど、その特筆すべき特徴に、「ある分野に特化したものは必ず一般化していく」ということがある。サン・マイクロシステムズのワークステーションはきわめて特別な分野のためにデザインされたマシンだったが、やがて一般的に利用されるようになった。Webにしても、もともとは一般向けに情報を提供するためのものではなかった、などなど。そうした可能性を持つ現在の市場を考えてみてほしい。例えばWi-Fiのローミングがそうだ。Wi-Fiの無線LANでローミングサービスが実現すると、情報へのアクセスの方法が根本から変わってしまうだろう。これは成長への大きな起爆剤となる。
――AlwaysOnのコミュニティでは、ワイヤレスが次世代のキラーアプリになるのではないかと議論されています。毎年1億台以上のパソコンが出荷され、そして中国では毎月500万台の携帯電話ユーザーが生まれています。そうやってネットを使い出したユーザーは、やがてより低価格の機器を使ってWebサーフィンするようになり、そしてネットへの依存度が高まり、最終的にはパソコンの購入へと向かうのではないかということです。
シュミット氏 IT産業に関する現在のわたしの意見は、わたしが当初打ち出した主張は大筋では間違っていなかったということだ。IT業界における技術革新の性質を考えれば、正しいことが分かってもらえるだろう。研究者たちはチップの集積度を上げていくのに忙しいし、その技術革新は2015年までは止まらないだろう。IT業界の景気を上向かせるただひとつの方法は、ここに座って状況を嘆いていることではなく、情報アクセスの拡張について議論することだ。
このコンテクストにおいては、状況はGoogleの主張に沿っているといえる。なぜなら、Googleは一貫して情報アクセスの拡張ということをメインに掲げているわけだからね。そして同時に、その状況はブログにもワイヤレスにも有利に働いている。だからいま、IT業界としては、有意義な市場を見つける努力をすべきだし、人々が何に重点を置いているかを考える必要がある。それができないのなら、急落する株価やレイオフされて不満を言っている人たちと一緒に座り込んでなさい、ということだ。
――ではIT業界が景気を取り戻すためのそうした市場はどこからやってくるのでしょうか? 大手メーカーがあなたの言うような情報の拡張モデルにフィットするようなラインアップを提示できるかどうかは心もとないと思うのですが。
シュミット氏 それは簡単なことだよ。社会の中で、仕事はどこから生まれている? 中小のベンチャー企業だろう? 社会の中で、経済成長はどこが促進している? それもベンチャー企業だ。ここ2、3年の間に起きたことを考えてみればいい。ベンチャーを起業するための障壁は、マグニチュード級の規模であっという間に取り払われた。われわれはこの変化がいかに大きいかをまだ認めていない。だってみんな、相変わらずフォーチューン誌のトップ企業500社とか1000社とかにしか注目してないからね。でもGoogleのAdwords広告を見てみると、そこには聞いたこともないような天文学的な数の企業が存在している。
われわれは、経済成長の原動力は小企業から生まれてくるということを忘れている。以前、われわれは中国の経済成長について議論してみたのだけれど、彼らの成長の原動力はどこから生まれてきたと思う? やはり小規模なベンチャー企業からだよ。ベンチャーが経済を動かすという原理は、米国以外の国にも当てはまるということだね。
新しいプレーヤーの数がきわめて多いことをわれわれは喜ぶべきだし、それはチャンスの多様性を生み出していることにもなる。そして、そうしたサイクルはすでにスタートしている。IT業界の外では、そうした例は枚挙にいとまがない。例えばメディア産業では、デジタル編集のコストが2000ドルにまで下がっていて、スティーブン・スピルバーグの無数のクローンたちが大量に参入してきている。創造性と社会に与える衝撃という意味では、重大な変化が起きつつある。そしてそれは今後、何年かにわたって影響を与えていくことになるだろう。
――AlwaysOnでも、次のステージはビデオジャーナリズムだと思われています。しかしわたしたちと同じようなことを考えている人たちは、いまでは無数に存在している。これはみんなにとって大きなチャンスですよね。
シュミット氏 産業の成長はどこからやってくる? フォーチュン誌のトップ企業1000社と上位1万社の間からか、あるいは上位1000社と上位5万社の間からかもしれないね。そうしたベンチャーにどうアクセスし、どう理解し、どうコミュニケーションを取り、そしてどうやって一緒に仕事をするか。それがカギになる。そして情報へのアクセスを拡張するということは、それらすべてを可能にしてしまうことでもあるんだ。
ジェフ・ルート(Jeff Root)
シカゴ出身。北米や中央アメリカのコスタリカなどでSEO(検索エンジン最適化)に携わる。日本には10年前から何度も行き来しており、現在はECジャパンのチーフSEOスペシャリスト。ニュージーランド在住
佐々木 俊尚(ささき としなお)
元毎日新聞社会部記者。殺人事件や社会問題、テロなどの取材経験を積んだ後、突然思い立ってITメディア業界に転身。コンピュータ雑誌編集者を経て2003年からフリージャーナリストとして活動中
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