情報システム部門の生産性が上がらない理由システム部門Q&A(9)(2/2 ページ)

» 2004年06月05日 12時00分 公開
[木暮 仁,@IT]
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システムを利用しても生産性が上がらない理由

 情報検索系システムの利用はしているけれど、利用部門も情報システム部門も生産性向上が実現しないことがあります。情報検索系システムの運営を誤ると、かえってその運用のために大きなコストが掛かってしまいます。

1.情報システム部門の“過保護症”

 情報検索系システムの普及に当たり、ユーザーには簡易ツールの習得やデータファイルの理解が困難だとの理由で(それを説明するための努力が大変だとの理由もありますが)、個別帳票メニュー提供形式を採用しがちです。個別帳票メニューは一見便利なのですが、ユーザーの多様なニーズに応じて多くのメニューを作成するために、情報システム部門の労力は増大してしまいます。

 そこで「公開ファイル提供方式にしよう」ということになりますが、今度は多ファイル症候群、ラージファイル症候群になる危険があります。多ファイル症候群とは、○○帳票出力用ファイルのような「帳票直前ファイル」群を提供することです。「ユーザーが適切なファイルを特定するのが困難だ」とか、「ジョイン(RDBの結合)処理の概念が難しい」との深情(?)により、結局、≪多様なニーズに合わせて多くのファイルを作ることになるので、情報システム部門の労力は増大したままです。

 あるいは少数のファイルで何でもできるようにと、非常に多数の項目で各コード項目の名称も加えたファイルを提供することで陥るラージファイル症候群があります。そのため大容量になり、レスポンスは悪化します。このようなファイル提供では、ファイル群の維持管理も困難になります。

2.ユーザーの“過度体裁愛好症”

 情報システム部門が「過保護症」ならば、ユーザー側にも「過度体裁愛好症」があります。

 例えば、支店別府県別売上集計を得たいとき、図1のような小計・中計・大計のベタ打ちの表を作成するのであれば、汎用的なツールを簡単に入手できます。ツールではこの作業が10分でできるとし、手作業では1週間かかるとすれば、生産性はかなり向上します。

図1 単なる集計表          図2 デザインした集計表

 ところがユーザーはこれでは満足しません。図2のように、すぐけい線を引きたがります。また、大計・中計・小計のようにデザインしたくなります。そうなるともはや汎用ツールは使えません。さらに数表だけではつまらないので、グラフにしたがります。それも表計算ソフトの標準グラフではあまりにも平凡ですので、図3のような「作品」に仕上げます。

図3 集計表を「作品」に

 当初から図3にするのならば大したことはありませんが、そこに至るまでに、いろいろな努力をするのですね。決して図3で満足したのではなく、努力している間に1週間が過ぎたので、仕方なく打ち切ったのです。すなわち、パソコンを利用してもユーザーの生産性は向上しないのです。

 ここで注意するべきことは、図1から図3までのプロセスにおいて、体裁はよくなったでしょうが、特に情報が追加されたのではないということです。本来の業務は名古屋支店の業績を改善することですから、11分後には上司に報告して対策を練る必要があったのに、図1→図3の作業が必要だとは思えません。すなわちサボっていたのです。ヒマなときは喫茶店でサボる人もいるでしょうが、その場合はサボっていることを自分も周囲も知っています。忙しいときにそんなことはしません。それなのに、図3にしようとパソコンに向かっていると、自分も周囲も真剣に仕事をしているような錯覚をしてしまいます。

 しかも、この現象は周囲に伝染します。A君が図3のような帳票にしているのに、Bさんは図1を部長に見せるわけにはいきません。“超図2”にしようと頑張ります。この結果、「全社員のコピーライター化」という現象が出現し、組織的なサボタージュが堂々と行われることになります。しかも、ユーザーが表計算ソフトの知識があれば図1や図2を自分で作れますが、知識のない人に過度体裁愛好症と過度依存症が併発すると、このような2次加工までも情報システム部門や周囲の人に依頼するようになります。

では、どうするか?

 上記のような状況を回避するために、情報検索系システムの運営で留意するべき事項を列挙します。

1.ユーザーに最小限の知識を強制する

 図4のように、ユーザーの便宜性を追求すれば、情報システム部門の負荷が増大するし、情報システム部門の負荷を減少させるには、ユーザーの知識向上の労力が増大します。両者の合計が最小になるのが最適な方法ですが、現実にはユーザーの過度依存症と情報システム部門の過剰保護症のために、かなりユーザー便宜性側に偏っているケースが多く見られます。

図4 ユーザーと情報システム部門の負荷の関係

 車の運転には免許が必要なように、情報検索系システムの利用でも、最小限の知識が要求されます。それにより全体費用が急激に低下することを認識させる必要があります。

 個別帳票メニュー提供方式は便利ですが、それですべてをカバーさせることはできません。むしろ、公開ファイル提供方式をベースにして、個別帳票メニュー提供方式はよく用いるもの、あるいは加工が複雑になるものなどに限定するべきです。ユーザーが個別帳票メニュー提供方式に慣れてしまうと、後で公開ファイル提供方式に切り替えるのが困難になります。

 なお、個別帳票メニュー提供方式でのメニュー作成を情報システム部門にさせると、情報システム部門は過剰保護症により、それに無節操に応えようとするので、それを業務統合部門の支援グループにさせるのが適切であることは、前回の「システム部門縮小化に打ち勝つ!」で示しました。

2.オンライン・ユーザー辞書を整備する

 最小限必要知識を引き下げる工夫をする必要があります。それには使いやすい簡易ツールの導入は効果があるのは当然ですが、それにも増して、データやファイルの解説書(ユーザー辞書)を作るのが効果的です。すなわち、用語(項目名)の統一をして、その意味を明確にすること、ファイルでは上記の売上数量や売上金額のような疑問に対する説明を記述した辞書を作り、それを簡易ツールと連動したヘルプ機能として組み込むようにします。

 また、先に行った処理をプロトタイプとして登録しておき、それを必要に応じてカスタマイズできるような機能も必要です。そのプロトタイプもユーザー辞書に組み込んでおきます。このようにすれば、公開ファイル提供方式での利用に必要な知識を大幅に減少させることができます。逆にいえば、ユーザー辞書を組み込みやすい簡易ツールを採用することが重要です。

3.利用現場での指導が必要

 過度体裁愛好症を予防するのはかなり困難です。現場での上司や情報化リーダーが適切に指導・注意するしかありません。情報化リーダーの人選が重要です。パソコン坊やを任命すると、業務の遂行よりもパソコン技術(帳票体裁の改善)に興味を持ち、その技術を広めようと努力します。過度体裁愛好症のウイルスをまき散らす危険があります。

4.利用部門に自覚させる

 そもそも情報検索系システムは、ユーザーのニーズに起因するのですから、ユーザーがそれなりの努力をするのが当然です。それが、どういうわけか情報システム部門が情報検索系システム普及の責任者にされてしまいます。それが問題の起源なのです。

 ところが以前は、ユーザーは情報が必要になると、情報システム部門へ「おーい木暮、○○を出してくれ」と電話をすればそれでOKでした。すなわちユーザーは音声応答・AI(人工知能)付きのコンピュータを持っていたのですから、情報検索系システムのような不便な代物には関心がありません。それで情報システム部門は、ユーザーに頼み込むことになります。それを説得するために過剰サービスをすることになり、それが過度依存症を招く原因になります。

 ダウンサイジング環境での総費用TCOが大きいことが指摘されていますが、そこでも過度体裁愛好症による組織的サボタージュは認識されていません。これを加えたらTCOは非常に大きくなりましょう。このような見えないコストを利用部門に自覚させる必要があります。

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筆者プロフィール

木暮 仁(こぐれ ひとし)

東京生まれ。東京工業大学卒業。コスモ石油、コスモコンピュータセンター、東京経営短期大学教授を経て、現在フリー。情報関連資格は技術士(情報工学)、中小企業診断士、ITコーディネータ、システム監査、ISMS審査員補など。経営と情報の関係につき、経営側・提供側・利用側からタテマエとホンネの双方からの検討に興味を持ち、執筆、講演、大学非常勤講師などをしている。著書は「教科書 情報と社会」「情報システム部門再入門」(ともに日科技連出版社)など多数。http://www.kogures.com/hitoshi/にて、大学での授業テキストや講演の内容などを公開している


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