例えば同じリンゴの絵を描いても、幼児のそれと高名な画家の絵はまったく違う。システム開発も、最初に具体的なイメージを固めておくことが重要だ。できればこうした話題は、コーヒータイムや酒の肴の話題とした方が良い結果が生み出せる。
5歳の幼児が描いたリンゴの絵も、印象派のセザンヌが描いたリンゴの絵も、ともにリンゴの絵には違いない。着手のハードルは低いが、人による結果の出来映えに大きな違いがあることはソフトウェアの特徴である。
情報システムというソフトウェアについてもこの特性が当てはまる。ある程度の規模のシステムまでなら、頼む方は丸投げ、受ける方はプログラムの細かい部分からダラダラ書き始めるようなやり方でも作業を進めることができてしまう。
客観的に見れば、使い物にならず、いつどんなものに出来上がるのか分からないような代物でも、やっている当人たちにとっては“リンゴ”以外の何ものでもないわけである。しかし、こんなやり方ではいくら時間やお金をつぎ込んでみても“立派なリンゴ”には仕上がらない。優れたシステムの開発には、技術やシステムの構成方法、モノ作りの手順である開発方法論を習得していることが必須だが、それだけでは十分でない。
忙しい世の中では、最小限のハウツーを覚え、それに聞きかじりの知識を当てはめて、手っ取り早く作業を進めようという動きになりがちだが、質(グレード)の高いシステムを作るには、自分たちの作る作品に対するビジョンと概念(コンセプト)を持ち、これを実現する過程で自在に展開・応用できるいろいろの“考え方”(これも概念)を身に付けておく必要がある。
筆者が以前いた職場では、情報システムの計画書の中に「システム化方針」「設計方針」なる項目を設けていた。計画書を書くプロジェクトリーダーや設計者に期待していた内容は、例えば次のようなものであり、システムによって客観的に決まっているわけではなく、あくまで計画担当者、設計者が決める方針だった。
マーケティング支援システム |
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基幹系システム |
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関西弁でいえば、「どないして、どんなシステムにするつもりやねん?」の答えであった。
重視する問題と、その実現のために捨てるところを明確にしておくことは現実問題として極めて大切であるが、これはかなり難しい問題でもある。課題の求める問題の本質を把握し、システムのコンセプト(概念)が頭の中に描けていないと、なかなか書き切れない。
そうでない人の場合には「ユーザーニーズにマッチした信頼性の高いシステムを、スケジュールを守り低コストで開発する」などといった意味のない優等生的答案や、「セキュリティを考慮し、安全性や操作性が高く、効率を重視したシステムを設計する」といった、そもそも内容的に矛盾するようなことを書いてしまうことになる。
こんな計画書が出てきた場合に相手に問いただそうとしても、「ユーザーニーズをよく整理してシステムを設計します」といった“大工さん・左官屋さん”(第7回「仕事への取り組み方は最初の数カ月で決まる!」の2ページ目参照)的作業レベルの答えが返ってくるのが関の山である。放っておけば、なりゆき任せのシステムになる可能性が高い。システムの概念、システムの全体構造とプロジェクト運営の全体イメージを考えておくこと、そしてそのためにいろいろな概念(物事のとらえ方、考え方、ものの道理……)の重要性に気付くことが大切だ。こうした問題には、休憩時間にコーヒーを飲みながら、あるいはアフターファイブにアルコールの力を借りたリラックスした場で世間話から始める方がいい結果を生み出すだろう。
今回は、コーヒーブレイクの話題、ビアガーデンでの酒の肴にでもしていただければと思い、情報システムの設計や企画にも関係ありそうな“概念”とその展開についての例を紹介する。そのほかのいろいろな考え方にまで話題を広げた対話のきっかけにしていただければ幸いである。結論には至らなくとも、こんな議論を一度徹底的にやっておくと、視野は確実に広がると思う。
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