ITの設計思想はFail Safeの概念だけではない。「知識や能力がない人でも仕事ができるような環境を作るため、さらなるマニュアル化や自動化」を目指すか、「教育を重視して人の能力アップでの対応」を目指すかという思想がある。この2つの使い分けを真剣に考えるべき時期に来ている。
Fool Proofの“Proof”はWater Proof(耐水)などのProofと同じく、何かに耐えて目的が達せられることを意味している。「知識や能力がなくとも(Foolに耐えて)、誰でも容易に仕事ができるようにしよう」という概念で、「教育や訓練で人のレベルを上げて問題に対処していこう」という方向とは逆の考え方だ。マニュアル化や自動化の背景には、“人助け”の発想から効率や商売大事の考え方までいろいろあるが、従来は“良い方向の取り組み”として扱われてきたように思う。しかし、これからもそう考え続けて本当によいのだろうか。限られた経営資源をFool
Proofの推進(マニュアル整備や自動化)に向けるか、人の教育に向けるか、問題ごとに真剣に考えてみる必要があると思う。
マニュアル化ができる範囲は、標準的な作業や事前に予想できる事態への対応に限られる。しかし最近のトラブルでは、文字通りの不測事態、その場での臨機応変の判断が求められ、初期対応を誤ると取り返しのつかなくなるケースが増えてきた。作業レベルのハウツーにすぎないマニュアルに頼る考え方はそろそろ限界に来ているように思う。
臨機応変の対応には、その問題に対する概念(基礎的なその分野の知識、原理原則、問題構造、判断基準や倫理感などからなる)理解が必須である。原子力のプラントなら核反応や放射能に関する基礎的な知識が必修科目であろうし、医療や食品の分野でトラブルが発生した場合には、患者や消費者の安全が最初でかつ最後の判断基準のはずである。
情報システム分野では、例えば基幹系システムなら「ダウンさせるな、データを保護しろ」が設計や運用管理のポイントであろう。ハウツーではなく、このような“基本”の教育や組織への徹底がいま求められていると思う。
では、Fool Proofの実践である「自動化」についてはどうか。例えばカメラの露光やピント調節の自動化やパソコンのGUI(やりたいことを指示すれば、細かいことはすべて機械が処理する一種の自動化)は、これら商品の普及に大いに貢献した。
1987年にアップルコンピュータが出していた「Human Interface Guidelines」(Addison-Wesley)にあるGUIの設計思想は、1970?80年代のヒューマンインターフェイス分野の研究成果を踏まえた明快なものであったが、1990年代後半以降のパソコンの世界は、GUIを思想なきファッションにしてしまった。
もともとは一目瞭然が狙いであったはずの“アイコン(絵文字)”は、いまでは説明の文章を見ないと(あるいは見ても)意味の分からないものが多くなっているし、システム間を通じた操作の一貫性などを意識している人は、いまどれくらいいるであろうか。Visual
Basicで一見それらしい画面ができればそれで良い、という問題ではない。よく考えずに形だけまねて済ませてはいないだろうか。簡単にできてしまうが故に、設計者は大切なことを考えなくなってしまったのではないだろうか。
簡単にできれば、間違いも簡単に犯す。ユーザーが、ボタンをうっかりクリックして大問題を起こしてしまうのも必然の結果である。
その昔、単線の鉄道でポイントの切り替えは、小雪の舞うプラットホームの端で、身の丈以上もある大きな重いレバーを渾身の力を込めて、責任感あふれる駅長さんが操作していた。ウッカリミスなど起こりようがなかった。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.